世界のスターが集まるシックな街サントロペ


フランス人にとって、サントロペは、世界のスターが夏を過ごしたり、別荘を持っていたり、自分の船で来たりする高級リゾート地です。
リゾート地のイビサ島のようなものですが、もっとシックな場所です。まだほとんどアジア人観光客がいない穴場です。

IMG_0875
サントロペが人気になった発端は、サントロペに別荘を持っていたブリジット・バルドーです。その頃から人気になり、世界のスターたちがサントロペを愛するようになり、「サントロップ(Saint Trop)」と呼ばれるようになりました。

ブリジット・バルドーは、今でもサントロペに住んでいます(今では老婦人です)。引退して動物たちと暮らしています。

私はフランスの有名な俳優ルイ・ド・フュネスが出ている映画「サントロペの憲兵」で、サントロペを知りました。多くにフランス人にとって忘れられない映画です。私はこの映画が大好きだったので、両親がサントロペの憲兵隊を見に連れて行ってくれました。

⭐︎サントロペの歴史

サントロペの名前の由来は、帝政ローマの第5代皇帝ネロの元にいたローマ将校のトープ氏です。トープ氏はクリスチャンに改宗したことで皇帝ネロの怒りをかい、68年に首を切られます。遺体は、雄鶏と犬と一緒にピサから船に乗せられて流されます。船は、地中海のリグーリアの流れに乗って、サントロペの岸へたどり着くのです。そうして、守護聖人「聖トロペ:サントロペ」と呼ばれるようになります。赤と白のサントロペの旗の色は、旧ジェノバ共和国のものです。

サントロペは、古代にマルセイユに定住していたフェニキア人が最初に移住します。交易のための航海を容易にするために、地中海に沿って停泊港を作ります。おそらく現在のサントロペの街があるあたりに停泊港「アテノポリス」が作られます。ローマ人がガウルを侵略している間、この都市は「ヘラクラ」と呼ばれます。

ローマ帝国の崩壊後、プロヴァンスは様々な侵略にあい、住民は追い出されます。1000年の終わりには、サントロペには誰も住んでいませんでした。

972年、プロヴァンスのウィリアムは最後の侵略者を追い払い、今はサフレン塔と呼ばれている塔を造ります。

15世紀にルネ王は、侵略とペストで荒廃し人が少なくなったプロヴァンスを再建するために対策をねります。1441年、ルネ王は、ジャンドコッサ氏のためにギモー男爵の領地を作ります。この地域の弱点だったサントロペ湾だったので、この地をどうしても守らなければいけなかったのです。彼はイタリアの紳士、ラファエルドガレッジオ氏にこの任務をゆだね、21世帯のジェノバ人家族を連れてきて、都市を再建し要塞を作ります。

当時の要塞の一部が今でも残っていて見ることができます。都市の防衛と保護をする代わりに、ジェノバ人家族は税金を免除されます。

1558年に王は、都市の大尉の指揮下であれば、軍隊を作る権利を与えます。1637年にサントロペ軍はスペインのガレー船を21隻追い払います。1672年には、ルイ14世が砦の王室守備隊を作り、これらの軍隊はなくなります。(現在は海軍博物館がこの砦の中にあります)

サントロペは伝統的な活動(漁業、造船所、貿易、農業)に加えて、16世紀からは最初は海賊から海岸を守るため、そして王国を守るために多くの船乗りや航海士を輩出します。

ピエール=アンドレ・デ・サフレン(Pierre-Andre de Suffren、1729-1788)は、王室の将校で、バイリと呼ばれ、ルイ16世のと艦隊の指揮官で、何世紀にもわたって最も有名な人物です。

IMG_06951600年にはフランス国王アンリ4世の2番目の王妃で、ルイ13世の母であるマリー・ド・メディシスが立ち寄ります。

フランス革命の間の1793年、政治家のポール・バラスは、町の名前を「ヘラクラ:Heraclea」に戻すように説得します。

19世紀には、海軍に関連する活動が発展します。1860年にサントロペでは、”天使の女王”と呼ばれる、3本マストの740トンの大きな商船作られます。サントロペは成長し、繁栄していきます。

1866年には港にBailli de Suffren像が建てられます。
1913年、ナポレオン3世の大臣エミール・オリヴィエ(Emile Ollivier)氏は、自分の所有するMoutte城のすぐ前にある、Salins海を見下ろす岩に建てられた墓に埋葬されます。

その後、画家、知識人、芸術家がこの村を発見し、文学、音楽、映画の世界の有名な人々が訪れ、サントロペは世界で最も有名な村のひとつとなります。

iphone 082
⭐︎サントロペの観光情報

今では、本当に特別な場所です。夏には大変混雑しているのに、冬にはあまり観光客がいません。
多くのホテルやお店は冬の間閉まっているところが多く(コートダジュールよりも)夏にのみ営業しています。

サントロペに行く大きな問題は、アクセス できる道が非常に少ないことです。半島になっているため、皆が同じ道を通ることになってしまうのです。ニースからは、100kmなので、オフシーズンには1時間ちょっとでつけますが、夏には3時間かかることもあります…

夏の渋滞をさける方法としては、船があります。
ニースまたはカンヌ発の船が出ていて、現場で数時間過ごした後、その日に帰れます。
その他には、St Tropezの向かいにあるSainte Maximeまでの船がでているのでそこまで船で行くだけでも大渋滞を逃れることができます。

IMG_9091サントロペは、とても小さな漁村で、海が美しいです。多くの豪華ヨットが停泊していたり、白い砂浜が半島の周りにあります。
サントロペの村の中に、週に数回市場があります。エルメスやディオールのような多くの高級ブティックや素敵なデザイナーショップがたくさんあります。
Rondiniの靴店はよく知られています。サントロペで手作りされたサンダル “Tropezienne”で特によく知られています。

サントロペで、トレンディなファッションは、ビーチボヘミアン、シックなヒッピースタイルです。皆が日焼けしていて、サンダルをはいています。

IMG_9089レストランは特に景色がいい場所だと非常に高いです。多くは「観光客向け」ですが、いいお店を見つけることができます。
港では、私は “Sénéquier”が大好きです。非常に高いですが、雰囲気はモナコのカフェ・ド・パリのようです。
テラスからは、人々や、美しい車、かわいい女の子、が通り過ぎるのを眺められます。少しの間、ぼーっと眺めているのも気持ちがいいものです。クラブサンドイッチやカプレーゼサラダ(モッツァレラが特に美味しいです)がお勧めです。

他にサントロペで食べなければならないものは:トロペジエンヌ・タルトです!シュークリームみたいなタルトで、夏に食べても、軽くて美味しいです。例えば、Sénéquierパティスリーでは(レストランでは、とても大きい!)小さなサイズのタルトを見つけることができます。

IMG_0693-1村の涼しい通りをお散歩することをお勧めします。城砦の眺めは素晴らしいです。

サン トロペから少し離れたラマチュエル・ビーチは、白い砂でとても有名です。レストランとブティック「クラブ51」はとても有名で、快適なところなので、立ち寄られるといいでしょう。

サントロペのホテルは他のすべてと同じように高額で、ハイシーズンには、部屋を確保するのは非常に難しいです。
Hotel de laMessardièreは、村のすぐ横にある城は、サントロペの豪華さの象徴です。