ジャン・コクトーがよく訪れた客船の寄港地ヴィルフランシュ・シュル・メールとその近郊

ジャン・コクトーがよく訪れたニースとエズの間にある大型豪華客船の寄港地ヴィルフランシュ・シュル・メールをご紹介します。 *こちらのページは、観光ガイドの代わりとすることが目的ではなく現地ガイドの経験から便利で役に立つ情報を提供できたらという思いから作りました。 *お勧め情報はステファニーの個人的な意見です。 コートダジュールを目指してくるクルーズが停泊することが多く、重要な海上都市となっています。地中海の地元料理や新鮮な魚を組み合わせた様々な料理を堪能することができます。 ☆地理・人口 ニースの6km東隣、モン・ボロンの丘を越えたところにあります。今日ヴィルフランシュ・シュル・メールには、年間で5800人の住民が住んでいます。経済は観光業がメインで、フランスのコートダジュールのクルーズ客船の寄港地の中で最も活発な港の一つです。有名な大型豪華客船としては、ディズニーマジック、セレブリティソルスティスエノックス (RCCL)などがあります。 ☆歴史 ヴィルフランシュ湾は、丘に囲まれ守られているため、ギリシャやローマ時代から船のための停泊地として使われます。 西ローマ帝国の崩壊(5世紀)で、ヨーロッパは不安定になり、異邦人からの侵略を受けます。住民たちは、丘の上の鷲ノ巣村へ逃げ込みます。住民たちの避難した場所に「モン・オリヴォ(ラテン語のMons Olivaで、オリーブに囲まれた山だったのでしょう)」という名前がつけられます。 1295年プロヴァンス伯でナポリ王のアンジュー家シャルル2世が、海辺に新しい町を作ることに決めます。鷲ノ巣村から海辺に移り住む住民に対しては、「免税や特権を与える<Villam Francam>の都市を作る」とう文章を作成します。ヴィルフランシュという名前の由来はここからきています。 継承戦争後、1388年からほぼ5世紀にもわたってヴィルフランシュはサヴォイア公国の支配下に入ります。 16世紀には、神聖ローマ皇帝カール5世とフランソワ1世の対立が長い間続きます。 サヴォイア公国の領地は、神聖ローマ皇帝カール5世の2つの領地の往来を妨げていました。カール5世は、甥にあたるサヴォイア公爵を財政的に支援し、ニースの海岸線の要塞化を促します。それに対し、フランソワ1世は、カール5世の2つの領地の往来を妨げるために、 ニース伯領はアンジュー家の継承地だと主張します。 1554年からサヴォイア公爵、エマニュエル・フィリベールのリーダーシップの下でヴィルフランシュの要塞化が進み、サヴォイア公国の兵器庫、軍港として使われていきます。 1860年国民投票の後、ヴィルフランシュとニース伯領はフランスの地となることを認め、サヴォイア公国の支配下から抜け出すことになります。 この豊かで激動の歴史の中でも、ヴィルフランシュ・シュル・メールには、多くの歴史的な建物などが残っています。 漁業は、ヴィルフランシュの歴史的な活動です。漁師の家族たちはお互いに支え合い、しっかりしたコミュニティを築きました。 1860年には、ヴィルフランシュ、ボーリュ、サンジャンカップフェラ、で270名の漁師の登録がされていましたが、今では数わずかとなっています。 ☆観光案内 旧市街は、中世の趣が残っていて、階段や坂道がたくさんあります。メイン通りのポワリュ通り(第1次大戦中の兵隊さん通り)にいくつかの小さな路地が交差しています。オブスキュール通り(暗闇通り)は、今でも洞窟のように薄暗く、何メートルも続いていて、中世の不安定な時期に住民の避難場所として使われてきたようです。 ヴィルフランシュは、ジャン・コクトーが頻繁に訪れた港町で、1957年には港にあるサン・ピエール礼拝堂の修復装飾をしたことで知られています。壁画には、キリストの使徒になる前は漁師だったサン・ピエール(ペテロ)の生涯を街の娘たちや漁師たち、魚たちなどヴィルフランシュの風景の中に描き、ヴィルフランスの漁業組合に贈ったそうです。 ジャン・コクトーは、サン・ピエール礼拝堂のすぐ向かいにあるwelcomeホテルに滞在していました。今でもジャン・コクトーが泊まっていた部屋に宿泊することもできます。 サン・ピエール礼拝堂 閉館日:毎週火曜日、11月中旬〜12月中旬 (2017年は12月21日まで閉館) 開館日時:4月−9月10時-12時/15時-19時、10月−3月10時-12時/14時-18時 入館料3ユーロ ☆イベント 2月のニースカーニバルの時期にヴィルフランシュの港で海軍花合戦が行われます。 2019年は2月18日(月)に開催予定です。 ⭐︎ホテル ヴィルフランシュには、4星ホテル、デザイナーズホテル、プールのある素晴らしい港の景色を望むホテルなど10軒のホテル、計220台のベッドがあります。また、3つの住宅型ホテル、30の家具付きアパート 、2つのシャンブルドットもあります。 サン・ピエール礼拝堂のすぐ向かいにあるwelcomeホテルにジャン・コクトーは滞在していました。今でもジャン・コクトーが泊まっていた部屋に宿泊することができます。 ☆レストラン 港沿いにあるLa Mere Germaineは新鮮な魚介類が美味しいレストランとして有名です。ブイヤベースが有名で、1人分60ユーロ程度です。 ☆アクセス ニースから電車でモナコ・イタリア方面へ1駅です。SNCF PACAのサイト バスでは、ニースから出ている81番でオクトロワ(Octroi)下車 バス会社Ligne d’azurのサイト ☆リンク ヴィルフランシュ・シュル・メール観光局(英語) ☆近郊の街 ⭐︎サン・ジャン・カップ・フェラ(Saint Jean Cap Ferrat) サンジャンカップフェラ半島は、19世紀終わりからリゾート地として有名になります。 その前は、ヴィルフランシュ・シュル・メールの一部で、乾燥した岩のある土地だったため、聖ジョン・ハムレット教会と港の周りに漁師や農家のいくつかの小さな家があるだけでした。 1876年に水道局が貯水池を作り、半島にも水が供給されるようになったため、多様な植物が育つ環境となります。その頃から、ニースの家族たちが車で来て、オリーブの木の下でピクニックをしたり、港の近くのレストランで食事をしたりするようになります。 独立 1388年以来、サヴォイア家が所有していたニース伯領は、1860年フランスの一部となります。1904年に、ヴィルフランシュ・シュル・メールから分離し、サン・ジャンは独立した自治体となります。まずは、サンジャン・シュル・メールと名づけられ、1907年にサンジャン・カップ・フェラという名前となります。 観光業の発展 1900年代初頭、冬の観光が、コートダジュールで展開していきます。その穏やかな気候にイギリス人やロシア人など裕福な外国人の家族が魅了され、人気の目的地になります。サンジャンカップフェラにはベルギー国王レオポルド2世や貴族がやってきます。 1904年、ベッドフォードホテル(現在のホテルロイヤルリビエラ)が半島の入り口に建てられます。1908年、裕福な国際的な観光客のためにグランドホテルが、緑豊かな半島の岬に建てられます。 1950年代には、夏の観光が流行り始めます。エディット・ピアフ、チャーリー・チャップリン、エリザベス・テイラー、リチャード・バートン、ジャン・ポール・ベルモンド、ロジャー・ムーア、トニー・カーティス、デヴィッド・ニーヴンやロミー・シュナイダーなどの芸能人やドゴール、ジスカールデスタン、レイモン・バール、ウィンストン・チャーチル、ジョージ・ブッシュ、ビルクリントンなどの政治家もやってきます。アンリ・マチスやジャン・コクトーなど有名な芸術家もサンジャンカップフェラに滞在します。 ドイツ出身のユダヤ人の芸術家シャルロッテ・サロモンは、ホテルベルオロール(現在のホテルヴィラカップフェラ)に2年間滞在し代表作「人生?あるいは劇場?」を作製します。もっとも有名な画家は、ジャン・コクトーです。彼は素晴らしいフレスコの壁画をサント・ソスピール荘に、市役所の結婚式場に壁を飾るフレスコ画を作製します(事前予約で見学可能)。 ベルギー国王レオポルド2世は、1889年からカップフェラの土地を取得し始め、数年後に半島の西側に50ヘクタールにわたる土地を得ます。 現在は、半島にたくさんある豪華な邸宅ですが、最初は、隣町のボーリューシュールメール(現在のプロムナードモーリス・ルヴィエ)へ続く海岸沿いに建てられました。一番最初に建てられた「Lo Scoglietto」(現在「フルール・デュ・カップ」)の所有者は、チャーリー・チャップリンやデヴィッド・ニーヴンでした。他にも有名人たちが所有する邸宅が数多くあります。 ⭐︎観光案内 徒歩ではアクセスが難しい場所ですが、ジャンコクトーが描いた素晴らしいフレスコの壁画がサント・ソスピール荘にあります。 2018年から2020年まで工事中で見学はできないようですが、以前訪問できたときは、いつもとりこになっていました。 サンジャンカップフェラ半島の先にあるグラン・ホテル(Grand Hotel du Cap Ferrat)にある、海に面した景色が素晴らしいカフェ(クラブドルフィン)では、ゆっくりとお茶ができ私のお気に入りです。 お時間がおありの方は、砂浜の素敵なla plage de passableでのんびりされるのもお勧めです。岬を一周する散歩道(11キロ)の一部をゆっくりお散歩されるのも気持ちいいです。お子さんでも歩ける道があります。 数多くあるお金持ちの邸宅の中でも、最も豪華な邸宅「ロスチルド邸」が半島の中にあります。「夢の別荘」と言われていて、予約なしで見学ができます。7ヘクタールの大きな敷地なので、邸宅と庭を見学するには1時間ぐらいかかります。中にはカフェもあってお茶をしたり、軽食が食べられます。5月には船のデッキに見立てたという庭園にバラが咲いて素敵です。 06230 Saint-Jean-Cap-Ferrat Tél : 04 93 01 33 09 365日オープン:10時〜18時 7月・8月:10時〜19時 11月から1月:月曜日〜金曜日14時〜18時 / 土日祭日10時〜18時 開場は閉館時間の30分前まで ティールーム:2月〜10月:11時〜17時30分、11月〜2月:土日祭日 アクセス:電車:Beaulieu-sur-Mer駅下車徒歩25分もしくは、駅前のバス停からバス81番 »Plage de Passable »下車 ⭐︎リンク サン・ジャン・カップ・フェラ観光局(英語) ⭐︎ボーリュー・シュル・メール サン・ジャン・カップ・フェラの半島の付け根をモナコ方面へ少し行ったあたりにあるのが、ベルエポック時代の建物が残っている温暖な高級保養地ボーリュー・シュル・メールです。 高級ブティック、カジノ、高級ホテル、高級レストランが集まり、蟻の湾(Baie des Fourmis)の前にある小さな絵のような港には豪華な船が停泊しています。ゆっくりと海辺を散歩したり、カフェのテラスでゆったり過ごすのがおすすめです。 Sancta Maria de Olivo礼拝堂には展示物があって、見学されてもよいでしょう。 夏の間は、小さなアフリカ(la Petite Afrique)と蟻の湾(Baie des Fourmis)という静かで素敵なビーチでゆっくり海水浴も贅沢ですね。 イベントとしては、7月に行われる「夜のギター(Les Nuits Guitares)」と9月に行われる「 ボーリュークラシックフェスティバル」があります。テニスも盛んで、4月にジュニア国際トーナメントが行われています。 観光名所としては、ギリシャの邸宅を再現したヴィラ・ケリロス(Villa Kérylos)が村の真ん中にあります。 ヴィラ・ケリロスには、地中海の住居に似せて、白いカララ大理石でできた12本の柱に囲まれた大きな広場が中心にあります。古代ギリシア宮殿の装飾の細部まで再現されています。洗練された家具が最も特徴的です。オリーブの木々とブドウ畑、ザクロ、キャロブ、キョウチクトウやアイリス、松やヒノキなど、フランスのリビエラの太陽の下で、ギリシャの雰囲気を再現しています。 開館時間: 1月〜4月、11月〜12月:午前10時〜17時、 5月と10月:10時〜18時、 6月〜9月:10時〜19時 閉館日 1月1日、5月1日、11月1日、11月11日、12月25日。 ガイドツアーは無料(フランス語のみ):毎日11時、14時30分、16時、冬11時または15時。 オーディオガイド:フランス語、英語、イタリア語、スペイン語、ドイツ語、ロシア語、ギリシャ語 Villa Kérylos 住所:Impasse Gustave Eiffel 06310 Beaulieu-sur-Mer 電話 : 04 93 01 01 44 ⭐︎リンク ボーリュー・シュル・メール観光局(英語)

秋冬のコートダジュールの魅力

夏が終わり、秋と冬になるとコートダジュールの太陽や海、自然の色は変わってきます。こちらでは、秋と冬のコートダジュールの魅力についてご紹介したいと思います。 秋冬のコートダジュールの魅力 ☆冬も暖かいコートダジュール ☆歴史的にも冬の保養地として栄えたコートダジュール ☆秋・冬のコートダジュールのメリット ☆オリーブオイル作りの見学 ☆秋・冬のコートダジュールのデメリット ☆冬も暖かいコートダジュール コートダジュール Côte d’Azur、紺碧海岸というのは、1888年に出された地中海沿岸の旅行について書かれた作家ステファン・リエジャール(Stéphen Liégeard)の本『ラ・コート・ダジュール』がきっかけだったと言われています。フランスのカンヌやニース等、ヴァール県、アルプ=マリティーム県、モナコへ沿って伸びるヨーロッパ海岸線一帯をさしていて、イタリア人やイギリス人は、フレンチ・リヴィエラとも呼んでいます。 緯度からいえば、ニースは北海道に位置しますが、地中海性の温暖な気候のため、コートダジュールは、冬でも暖かいです。年間を通して雨が降ることは比較的少なく、フランスで最も太陽に恵まれた(日照時間が長い)地域です。 Niceの気候 – 海抜4m地点 月 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 年間 平均的最低気温 (°C) 5.3 5.9 7.9 10.2 14.1 17.5 20.3 20.5 17.3 13.7 9.2 6.3 12.4 平均気温 (°C) 9.2 9.7 11.6 13.6 17.4 20.9 23.8 24.1 21 17.4 12.9 10.1 16 平均的最高気温 (°C) 13.1 13.4 15.2 17 20.7 24.3 27.3 27.7 24.6 21 16.6 13.8 19.6 日照時間 (時間) 158 171 217 224 267 306 348 316 242 187 149 139 2 724 降水量 (mm) 69 44.7 38.7 69.3 44.6 34.3 12.1 17.8 73.1 132.8 103.9 92.7 733 参照 : Données climatiques officielles à Nice (moyennes mensuelles sur la période 1981-2010) 春は、平均的な最低気温は8度〜14度、最高気温は15度〜20度と暖かくなり、観光シーズンが始まる時期です。3月の最後の日曜日から10月の最後の日曜日まではサマータイムで、特に夏は日がとても長く6月21日には22時まで太陽が出ています。6月の平均的な最低気温は17.5度、最高気温は24度程度で、7、8月の平均的な最低気温は20度、最高気温は28度程度ですが、夏は湿度が低いため日陰では日中でも過ごしやすいです。 8月の終わりから秋にかけて雷雨があります。9月は暑すぎずとても快適です。10月から11月は、雨がよく降り日が短くなる時期です。この時期に水を貯めておくことになります。10月はまだ日中に20度まで上がることもあるので海に入っている人も多いです。 冬は、12月の平均的な最低気温は6度、最高気温は14度程度なのでホワイト・クリスマスにはならないです。1月が一番寒くて平均的な最低気温は5度、最高気温は13度程度です。日中は太陽が出てくるので気温が上がります。沿岸地域では霜が降りることは滅多にありませんし、雪が降ることはまれですが、アルプス山脈は近くにあって(車で2時間、スキー場も近くにあります)、毎年山には雪が降ります。2月は平均的な最低気温は6度、最高気温は13度程度です。ニースのお店ではロングコートは売っていませんし、手袋や毛糸の帽子も滅多に使うことはありません。時々ブーツを履くことはありますが、温暖なので数日間だけです。 ☆歴史的にも冬の保養地として栄えたコートダジュール 温暖な気候のコートダジュールは、18世紀からヨーロッパ各国の王侯貴族の冬の保養地として栄え始め、イギリス人やロシア人が冬を過ごしに来ています。20世紀の終わりから、ヴィクトリア女王などヨーロッパの王族、貴族がニースを訪れるようになります。この頃に現在のネグレスコホテルが建てられています。1925年からは冬シーズンだけでなく夏にも観光客が訪れるようになります。終戦後は、富豪、著名人、芸術家たちがコートダジュールを訪れるようになります。ルノワールやマチスは、病気の療養のためにコートダジュールで冬を過ごすようになります。当時コートダジュールで冬を過ごすと長生きできると言われていました。他にもシャガール、ピカソなど20世紀を代表する芸術家たちが、訪れ、定住し、創作していたため、現在も美術館という形でコートダジュールに残っています。 ☆秋・冬のコートダジュールのメリット 秋・冬は、夏・春よりも雨が降りやすく気温は低めではありますが、フランスで一番太陽に恵まれた地域ですので、保養地として、あえて秋・冬にくる人たちもたくさんいます。夏よりも観光客が少なくなるので、美術館巡りや街や村の散策がゆっくりできます。エズ村やサンポールなどは夏は人が多くてビューポイントでは写真を撮るのに待ったりしないといけませんが、冬は空いていてほとんど貸切状態で好きなだけ写真が撮られます。 また、秋冬は、夏に比べて航空券やホテルの金額がお得ですし、予約も取りやすいです。エールフランスやルフトハンザでも東京から秋冬のクリスマスシーズン・カーニバルシーズンを外せば往復で1人10万円以下の航空券もあります。夏は、1人15万円は超えてしまいます。 ホテルは、例えばBooking.comのサイトでは、ネグレスコホテル はクリスマスシーズン・カーニバルシーズンを外せば秋冬は夏の半額の料金で泊まれます。他のホテルも秋冬は、夏よりもかなり割安な料金で宿泊ができ、同じ予算でも秋冬の方がより良いホテルでゆったりと過ごすことができます。 お店やホテルのスタッフたちも秋冬は比較的余裕があるので、夏よりも親切に対応してもらえるというメリットもあります。 秋は紅葉もきれいで、キノコ、トリュフ、栗、ジビエなどの旬の食べ物が食べられます。冬は、12月はクリスマスマーケットなど楽しいイベントが目白押しで、1月半ばから2月頭までのだいたいどこのお店でもセールをしているので、秋・冬物のお買い物にとてもお勧めです!2月半ばからはニース・カーニバルとマントンのレモン祭りが開催され観光客で賑わいます。コートダジュールのイベントカレンダーをみる フロリアン(Florian)というお菓子工場で、コートダジュールの名物の柑橘類の果物の砂糖漬けのフルーツ(フリュイ・コンフィ)を作っている所を冬の間は見学できます(無料)。2月-8月はスミレ、ローズ、ジャスミンなどの花びらの砂糖漬け(コンフィ)を作っています。また、年間を通してチョコレートやキャラメル、飴等を作っているところも見学可できます。 CONFISERIE FLORIAN DU VIEUX NICE 住所 14, quai Papacino, 06300 Nice 電話 +33 (0)4 93 55 43 50 月曜-日曜 ニースカーニバル中 : 8:30-12:30 / 14:00-18:30 – 7月、8月 : 9:00-12:30 / 14:00-19:00 -12月 : 9:00-19:00 -その他 : 9:00-12:00 / 14:00-18:30 閉館日12月25日、1月1日の午前中 ☆ニース近郊のオリーブオイルを作るムーラン見学 オリーブの収穫時期の11月から3月までは、地元産のオリーブオイルを作っているところが見学できます。 ・Alziari(ニース)住所318 Bd de la Madeleine Nice 月曜-金曜9:00-12:30(入場は 11:45まで) /14:00-18:00(入場は17:00まで) アクセス:ニース市内から3番のバスの終点 La Madeleine下車徒歩10分弱 ニースのお土産にもお勧めしているアルジアリのオリーブオイルを作っているムーランの見学ができます。 ・Huilerie Sainte-Anne (グラース) 住所138 Route de Draguignan 06130 GRASSE 月曜-土曜9:30-12:30 / 14:00-18:00 オリーブを伝統的な木の歯車装置によって動く石のひき臼でつぶして作っている所を見学できます。 アクセス:グラース旧市街地から1時間半から2時間に1本出ている30番のバスに乗り「Pont de Sainte Anne」下車(15分程度)徒歩 ・Moulin […]

マンドリュー・ラナープルとミモザ祭り

モンドリューラナープルは、ニースの西36キロの海沿いに位置していて、毎年2月に行われるミモザ祭りは、最近ではコートダジュールの主要な冬のイベントであるニースのカーニバルとマントンのレモン祭りと並ぶお祭りとして認識されるようになりました。昨年のミモザ祭りには、6万人以上が訪れています。 地元のタネロン山で栽培された9トンのミモザを使って山車が造られ花合戦が行われます。このように地元の民間伝承の面を保持しながら、地元のミモザ農園の人々の活動を支援しています。 ☆マンドリュー・ラ・ナプルとミモザの歴史 ミモザは実は、オーストラリアからきた常緑樹です。マンドリューラナプールに冬の間滞在していたVallombrosa公爵、モーレイズ侯爵またはイギリスの元大蔵大臣ブルーハム氏(Lord Brougham)のうち誰がこのミモザを植えたのかははっきり分からないのですが、ミモザはすぐにこの地に順化し、すぐに園芸家や庭師たちに経済的利益を与えるようになります。 20世紀の初頭にすぐにパリの公園でミモザが見られるようになります。また業界団体と最初の商用農園が造られます。そしてミモザを栽培する人々はどんどん増えていき、市場は発展して行きます。毎日の様にミモザの花を載せた電車がカンヌやラナープルの駅から北フランスや外国へと出荷していきます。 1929年2月13日、-9°という寒波がやってきて、ミモザの歴史の中で最初の打撃となります。農園は凍結してしまいます。その後、2年かけてミモザ栽培は元に戻り、Gandolphus市長のもとで1931年2月16日に最初のミモザ祭りがマンドリューラナプルで開催されます。 1956年、再び-12°Cという寒波がやってきて、ミモザ、柑橘類やオリーブの木が大きなダメージを受けます。いくつかの古いミモザの木は捨てられることとなります。そして、農園は比較的温かいタネロン(Tanneron)山地に集中していきます。 そして流行が変わり、新しい花が世界の市場に到着します。ミモザはすぐに枯れてしまうと批判を受けます。クリザール花栄養剤が見つかったことが革命をもたらし、ミモザは8日間咲き続けるようになります。残念ながら、1970年の巨大な火事に続き、1971年厳しい霜がすべての農園を破壊します。植林援助金を受けますが、再起動は大変困難となります。 今日では、ミモザの花がモンドリューラナプールの町のシンボルとなり、協力的な”ユーロップミモザ”を通じて切り花を栽培・販売し続けられています。 ☆ミモザ祭り 正式に1931年にミモザ祭が初めて開催され、今日では広く認識される盛大なフラワーパレードとなっています。モンドリューラナプールは、黄色いミモザの開花とともに賑やかになります。毎年冬1月〜2月の数ヶ月間ミモザは開花し、魅惑的な匂いを放ちます。ミモザが満開のときには丘や庭園が金色に輝き、「冬の太陽」だといわれています。毎年2月に「ミモザ祭り」が行われ、伝統と地元の民間伝承がなされています。 このミモザ祭りの機会に下記のイベントも行われます。 ・ミモザ女王の選挙 ・ミモザの森や温室、香水工場を訪れミモザの全てを学ぶバスツアー ・タネロン山へのガイド付きハイキング ・そして外せないのが週末のパレード 祭りの組織は自治体の住民、アソシエーションや実行委員会に委託されています。 採りたてのミモザを載せた山車が、毎年選ばれたテーマに沿って創られパレードとなって行進します。 毎年のだいたいのスケジュールは 最初の金曜日の夜にはイルミネーションパレード(見学無料) 土曜日の午後からミモザ女王選挙が行われます。 日曜日の午後14時30分にはミモザの花合戦(座席料13ユーロ程度) 翌土曜日にはイルミネーションパレード(座席料9ユーロ程度) 翌日曜日にはミモザの花のパレード(座席料13ユーロ程度) 有料席以外にも無料立ち見エリアもあります。 詳細はこちら 2020年は2月19日(水)~26日(水)に開催予定です。 マイコートダジュールツアーズでは、貸切チャーターでミモザ祭りの時期にミモザを満喫できるコースへご案内しています。 内容は下記のような流れを予定しています。 ミモザ街道の一部をタネロン山に向かってドライブ(途中で写真ストップ) ミモザの温室を訪問 マンドリューでランチもしくはお茶(自由時間) ニースへ戻る ご参加をご希望の方は、お問い合わせください。 ミモザ街道 (La Route du Mimosa) ミモザ街道は、Bormes les Mimosasから Le Rayol, Ste Maxime, St Raphaël, Mandelieu-La Napoule, Tanneron, Pégomas, Grasseまでの8つのステップに分けられた1月から3月までミモザの魅力を満喫できる130キロに渡る道です。 ☆ラ・ナプール城 (Chateau de La Napoule) 海沿いにラ・ナプール城があります。14世紀に造られた塔を基礎に、アメリカ人彫刻家ヘンリー・クルー (Henry Clews)夫妻が改造したお城で素晴らしい建物です。夏の間は海沿いのテラスのカフェでコーヒーやお茶が飲め気持ちがいいです。詳細はこちら 電車の駅から近くです。カンヌからは22番のバスで「port de la napoule」下車。 ☆レストラン ナプル港近くにあるL’Oasisロアジスは、24年間ミシュランの2つ星がついているガストロノミーレストランです。地元の人にも旅行者の方々にも人気です。このレストランのビストロはお手軽な料金で美味しい料理が食べられます。 La Palméaも評判です。 ☆ホテル 海沿いにあるPullman Cannes Mandelieu Royal Casinoは景色もよくサービスもよいと評判です。レストランもあります。 ⭐︎アクセス マンドリューの中心街と電車の駅は離れていますので、中心街に行かれる場合は駅からバスをご利用下さい。ミモザ祭りのパレードは海沿いで行われるので駅から歩いて行ける距離です。 ・電車:カンヌからマルセイユ方面行きのTERで10分程度「マンドリュー(Mandelieu)」下車 2.30ユーロ 電車の時刻表はこちら(2016年) ・バス:①マンドリューの中心街へ行くには、カンヌ駅もしくはカンヌ市庁前からPalm Expresseというバスで30分程度「Gare Routière de Mandelieu マンドリューのバスターミナル」下車 1.50ユーロ  Palm Expresseのバスの時刻表はこちら(2016年9月) ②パレードの行われる海沿いやラ・ナープル城に行くには、22番のバスで「port de la napoule」下車 1.50ユーロ 22番のバスの時刻表はこちら(2016年9月) ☆リンク マンドリュー・ラナープル観光局のサイト カンヌ近郊の路線バス Palm Bus

コートダジュール・イベントカレンダー

コートダジュールで開催されるイベントの予定をこちらでお知らせします。ご旅行のご予定を組まれる際にご参考にして頂けたらと思います。日程変更があることもありますので、主催団体に必ずご確認ください。 1月 モンテカルロ・ラリー 2020年1月20日~26日 モンテカルロ国際サーカスフェスティバル 2020年1月16日~26日 ラリー・モンテカルロ・ヒストリック 2020年1月29日~2月5日 2月 3月 ニース・カーニバル 世界の王様 2020年2月15日(土)~2月29日(土) マントン・レモン祭 2020年2月15日(土)~3月3日(火) ヴィルフランシュシュルメール花合戦 2019年2月18日(月) モンドリュラナプル・ミモザ祭 2020年2月29日(水)~26日(水) トゥーレットシュルルー・スミレ祭 2020年2月29日(土)~1日(日) 4月 モンテカルロ・ロレックス・マスターズ 2020年4月11日(土)-19日(日) ムアンサルトー・はちみつ祭 2020年4月26日(日) 5月 モナコePrix モナコヒストリックカー・グランプリ2020年5月8~10日 カンヌ国際映画祭 2020年5月12日(火)~23日(土) グラース・バラ国際展示会 2019年5月10日(金)~12日(日) F1モナコグランプリ 2020年5月21日(木)~24日(日) ロチルド邸バラ祭 2019年5月4日、5日 6月 トライアスロン アイアンマン 2020年6月14日(日) ツールドフランスニース 2020年6月27日、28日 ムージャン・国際ガストロノミーフェスティバル Les Etoiles de Mougins 2020年6月か7月 7月 アマチュアのツールドフランス 2020年7月5日(日) アンチーブ国際ジャズフェスティバル 2019年7月12日~21日頃カンヌ花火大会7月グラース花火 7月13日もしくは14日 モナコ国際花火大会 7月~8月 アンチーブ花火大会 2019年7月13日~8月24日 8月 グラース・ジャスミン祭 2020年8月頭 ヴァロリス・陶器祭カンヌ花火大会 8月 アンチーブ花火大会 2019年7月13日~8月24日 モナコ国際花火大会 7月~8月 9月 ニーストライアスロン2019年9月7日、8日 ヴィルヌーブ・ルベ グルメ祭り 2019年9月 モナコヨットショー 2019年9月25日~9月28日 10月 カーニュシュルメール乗馬祭り ムアンサルトー本祭り2019年10月4日-6日 栗祭り ニース サンポールなど 11月 アンチーブスイーツチョコレート祭り2019年11月2日(土)、3日(日) カーニュシュルメール食品ワイン祭2019年11月7日~11日 ニース・カンヌマラソン 2019年11月3日 モンドリューガストロノミー祭り 2019年11月 栗祭り 2019年11月 アンチーブ 2019年11月カーニュシュルメール 12月 クリスマス市場(各地) リンク コートダジュールで行われるイベント情報(仏語) マントンの観光局のサイト モナコ政府観光会議局(日本語)

国際映画祭で有名な高級リゾート地カンヌ Cannes

毎年5月に行われるカンヌ国際映画祭で有名なカンヌの町をご紹介します。 タイトルをクリックするとその内容へジャンプできます。 ☆地理・人口 ☆歴史 ☆イベント(カンヌ国際映画祭) ☆観光案内 ☆ホテル ☆レストラン ☆アクセス ☆周辺(レランス諸島) ☆リンク *こちらのページは、観光ガイドの代わりとすることが目的ではなく現地ガイドの経験から便利で役に立つ情報を提供できたらという思いから作りました。 *お勧め情報はステファニーの個人的な意見です。 ☆地理・人口 ニースから南西に34キロにある海沿いの町カンヌは、毎年5月に開催されるカンヌ国際映画祭で有名です。普段の人口は7万人程度ですが、フェスティバル(国際映画祭)の時期には、3倍の21万人を超える人がカンヌに滞在しています。また映画祭以外にも世界の不動産関連業界関係者が集まるMIPIMやMAPIC、世界のテレビ業界関係者が集まるMIPTV、国際映像コンテンツ見本市のMIPCOM、国際音楽産業見本市のMIDEM、国際広告祭のカンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル(Cannes Lions)、Tax Free World Exhibition、カンヌ・ヨットフェスティバル(Cannes Yachting Festival)、富裕層向け旅行商談会ILTMなどの国際展示会やSalon de la Gastronomieなど一年を通して行われています。見本市やイベント開催中は、いつもよりも街中が賑わっていて、人気のレストランの予約がなかなか取れないこともあります。 ☆歴史 現在、原史時代に最初にやってきたのはリグリア人だったと言われています。現在シュケ(Suquet)のある岬に定住し、要塞を作ります。見晴し台からサント・マルグリット島にある岩の上にあるVauban要塞をお互いに見張り合っていたと言われています。実は、古代では島の方が重要だったようで、島の記録の方が残っています。航路の交わる場所にあり、断崖と岬によって防御することが比較的簡単で、西からやってきた帆船にとっては最後の安全な停泊地として使われます。 この島には考古学の研究によると新石器時代から人々が住んだ形跡があり、鉄器時代にはかなりたくさんの人が住んでいたようです。ギリシャの地理学者が、大きい島をLeroと名付けます(そこから現在はレランス諸島:Lerinsと呼ばれています)。 カンヌという名前は、リグリア語の単語で「高さ」という意味があり、CannetやCagnesなどの名前も同じ起源があります。(1030年にRodoard氏の息子が大修道院長へ寄付した時にカンヌという名前が記されます。) 古代ローマ人もこの重要な場所を見逃すことはなく、紀元前5世紀頃に共和政ローマになるとすぐに島を占領し、要塞を強化します。同時にカンヌの地もローマに占領され、“ローマの平和”をしばらく享受します。ローマ帝国時代にキリスト教が力を持つようになり、ヨーロッパ中に布教活動が始まり修道院を建てるようになります。4世紀の終わりにオノラという修道士(後に聖オノラ Saint Honorat)がレランス諸島にやってきて修道院を建て、弟子がどんどん集まり、2世紀に渡り西キリスト教の威信のある場所として知れ渡ります。 476年にローマ帝国が崩壊するとともに北の異国人(西ゴート族、ブルグンド族, ロンバルディア人)やイスラム教徒のサラセン人によって攻撃を受けます。サラセン人がもっとも強力となり、レランス諸島とカンヌでは虐殺が行われ大きな被害を受けます。修道院長や僧侶たちも被害を受け、その数は500人に登ったと記されています。 950年頃プロバンス伯ギヨームがサラセン人を追放します。その後、町や生活を再建していきます。まずは海からくる攻撃に対する防衛を強めます。プロバンス伯は、(現在シュケの位置する)崖の上に城を再建します。 シュケの時代 カンヌの町の頂上にローマの要塞があります。1000年にレランス諸島の僧侶に所有権が渡されます。僧侶たちはサラセン人から身を守るため、鐘楼や城壁を作ります。900年から15世紀の終わりまでは、シュケの歴史は、レランス諸島の大修道院と密接な関係を持ちます。(photo : Abbaye de Lérins) 1388年にはニースがサヴォイア家に属し、カンヌが国境の町となります。1447年には、カンヌの町は市となりますが、僧侶たちの影響は強く残ります。 1481年にプロバンスはフランスに併合します。カンヌは、サヴォイア家との国境にあることから様々な侵略を受けます。カール5世によってサヴォイア家との30年戦争の際、18世紀のオーストリアの継承戦争の際、そしてイギリス人も島々を短期間占領します。1635年にはスペイン人が島々を占拠し、サント・マルグリット島に要塞を建てます。この要塞は、刑務所として使われ、レオナルド・ディカプリオが主演し映画にもなった「鉄仮面の男」が、1687年から11年間収容されています。1689年には、プロテスタントのパスターも収容されています。 そのような中でも主に農業を中心に、規制された漁業も行いつつ人々は生活を送ります。貧しい生活でしたが「カンヌ人は仕事に没頭し勤勉だ」と17世紀の王室の報告に記されています。 革命の後、1815年ナポレオンがエルバ島を脱出し、カンヌに野営します。 カンヌの発見 1834年にはヨーロッパ中でコレラが流行します。同年にイギリスの元大蔵大臣ブルーハム氏(Lord Brougham)がイタリアへ行く予定だった所、プロバンスでコレラが流行していたため入国を拒否され、戻って来た時にカンヌに立ち寄り、大変気に入ったため邸宅を建てます。その後毎冬にイギリスの貴族たちがカンヌに集まるようになり、たくさんの高級邸宅が建設されます。皇帝、王、王妃、王子、ブルジョワなどが冬を過ごしにやってくるようになります。現在でもクロワ・デ・ギャルド (Croix des Gardes)と呼ばれる緑豊かな丘に、当時の大邸宅が建っています。 この時期に、モーパッサンはヨットに「Bel Ami」と名付け、海の上で本を書き、詩人Stephen Liegeardが「コート・ダジュール(紺碧海岸)」と名付けます。 1838年には、港がやっと作られ、ヨットがあふれます。1863年には駅ができます。当時はパリまで22時間20分でした。村が町へと変容して行き、西側のla Bocca地区まで広がって行きます。人口は、1814年には3000人だったのが1914年には3万人を越え、現在では7万2千人強となります。 世界大戦が始まると人口増加は止まり、ホテルは病院となります。その後、カンヌは夏の海水浴場としても使われるようになり、国際映画祭の開催地となります。 ☆イベント-カンヌ国際映画祭 1930年代後半にヴェネチア国際映画祭がファシズムの影響を強く受けていたことにショックを受けて、アメリカ人やイギリス人がフランスで国際映画祭を開催するように勧めます。候補地はいくつかあったようですが、太陽と海があって最も適した場所としてカンヌが選ばれます。映画祭の目的は「様々な映画の技術を発展させ、様々な国の映画製作者間でコラボレーションの精神を育てること」です。1939年に開催される予定だったのが結局戦後の1946年になってから初めての国際映画祭が行われます。1947年フランスにおいて最初の大会議場がカンヌに造られます。 最初の頃は、フェスティバルは観光と社交イベントという趣が強かったのですが、すぐに映画業界のプロにとって避けては通れないイベントとなり、現在では4000近くのジャーナリストが参加し最もメディアで取り上げられるようになります。 カンヌ国際映画祭の時期に訪れて雰囲気を味わうのは楽しいと思います。この時期には道路が大変渋滞しますので電車で行かれることをお勧めします。ホテルはとても高くて、映画祭の時期全ての日程を予約しないといけないこともあるようです。 2020年は5月12日(火)から23日(土)に開催予定です。 毎年カンヌ国際映画祭と同時期に香水の都グラースで国際バラ展示会(Expo Rose)が開催されています。一日で両方訪れることも可能です。グラースについてはこちらの記事をご覧下さい。 ☆マイコートダジュールツアーズでは、カンヌとアンチーブツアーをご提供しています。 公共交通機関の乗り継ぎで1日かかるところを半日でまわることのできるお得なツアーです。 カンヌ映画祭や世界の不動産関連業界関係者が集まるMIPIMやMAPIC、世界のテレビ業界関係者が集まるMIPTV、国際映像コンテンツ見本市のMIPCOM、国際音楽産業見本市のMIDEM、国際広告祭のカンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル(Cannes Lions)、Tax Free World Exhibition、カンヌ・ヨットフェスティバル(Cannes Yachting Festival)、富裕層向け旅行商談会ILTMなどの国際展示会やSalon de la Gastronomieなどにご参加されるお客様のために、ニース空港送迎やカンヌ発着の貸切チャーターサービス(日本語ドライバー)なども行っております。 ☆観光案内 カンヌは一年中訪れることができ、人々が生活している町なので、エズとは違って冬の間もお店が開いています。しかし、やはりたくさんの別荘があり、冬の間は雨戸が閉まっているのをよく見かけます。 国際映画祭が行われる会場パレ・デ・フェスティバルを起点に、海沿いのクロワゼット大通りには高級ブティックが立ち並びます。華やかなカンヌで上級リゾート気分を満喫します。残念ながら、赤いじゅうたんは一年中は敷かれていません。会場の前の広場に映画祭に参加した俳優や監督たちの手形がありますので、ぜひ黒澤明氏の物を探してみてください! カンヌの旧市街地からの景色は素晴らしいのですが、シュケの丘の上まで上がらないといけません。丘の上にあるNotre Dame d’Espérance教会は、16世紀に建てられ、近年改修されています。中はゴシック様式で、ポーチはルネッサンススタイルで、パイプオルガンは1857年の物です。第二次世界大戦中には、教会は病院として使われていました。今日では、毎年7月にシュケのミュージカルナイトが教会前の広場で行われています。教会前の城壁は、16世紀に旧墓地に造られ、隣の県のエステレルまでの見晴らしは素晴らしいです! また丘の上にあるラ・カストル博物館は、オセアニア、ヒマヤラ、アメリカ、地中海のアンティークなどのコレクションが展示されています。中のサンタンヌ礼拝堂には、世界中の音楽楽器が展示されています。また19世紀のプロバンスの絵画、カンヌや沿岸の景色が描かれた絵画なども3つの部屋に展示されています。9世紀に造られた109段の階段のある塔の上からの眺めは最高です。 開館(10月-3月)10時-13時 / 14時-17時(月曜日休館) (4月-6月、9月)10時-13時 / 14時-18時(月曜日休館) (7月、8月)10時-19時 6月-9月の水曜日は21時までオープン 入場料:6ユーロ 丘の下にあるサンタントワンヌ通り(Saint Antoine)は、カンヌで最も古い道の一つです。40の商店が並んでいます。1500年には、旧市街地には階段はなく、全て坂道で道の真ん中に汚れた水やゴミをすてる水路が流れていました。19世紀には、町を清潔にし、廃墟を壊しました。今日では、地元の郷土料理屋の通りとなっています。 少し東へ行くとForvilleプロバンス市場が開かれる建物があり、月曜以外の毎朝、地元産の新鮮な野菜、果物、魚などが売られていて、週末は大変な賑わいようです。 市場のすぐ南を東西に通っている細いメナディエ通り(rue Meynadier)にはお土産やなどが並んでいます。 クロワゼット通り(bd de la Croisette)には有名高級ブランドが並んでいます(ニースよりもお店の数は多いです。)パリに本店のあるマカロンのお店Ladurée とダウンジャケットで有名なMonclerもオープンしました。 またクロワゼット通りと平行して北側に通っているアンチーブ通り(rue d’Antibes)にはファッションブランド、シューズ、アクセサリーなどを扱う様々なお店が並んでいて華やかな雰囲気の中ショッピングが楽しめます。 バスで10分でつく丘の上にある隣町のル・カネには、2011年6月にオープンしたナビ派を代表するボナール美術館(Musée Bonnard)があります。アクセス方法は、カンヌ駅前のバスターミナルか市役所から1番か4番のバスに乗って10分「ボナール美術館・市役所前(Musée Bonnard, Marie du Cannet)」で降り、市役所の入口を背に左に少し歩くとすぐ左手にあります。 開館(10月中旬-4月中旬)10時-18時 木曜は20時まで (4月中旬-10月中旬)10時-20時 木曜は21時まで 休館 月曜日、1月1日、5月1日、11月1日、12月25日 入場料:5ユーロ  臨時展示のある時は7ユーロ ボナール美術館の左側を上がり教会の横を通りさらに上がるとSaint Sauveurというギャラリーや可愛いお店が並ぶ道に出ます。右に下るとレイモン・ペイネの壁画「恋人たちの壁 (Le Mur des Amoureux)」があって、左に上がった所にあるPlace bellevueからはカンヌの海が見えます。 隣村のマンドリュー・ラナープルの素敵なナープル城もカンヌから22番のバスでアクセスしやすくなって、観光にお勧めです。マンドリュー・ラナープルの記事をよむ ☆ホテル 映画祭の時期に有名人たちが宿泊しているカンヌのホテルは、マジェスティック(Majestic Barriere)、カルトン(Carlton)、マルティネ(Martinez)です。カンヌにはたくさんのホテルがあり、国際映画祭の時期を外せば、それほど高くはありません。 カンヌからルカネに向かって徒歩20分の静かな住宅街にあるキミ・レジデンスは、ホテルよりも割安で部屋を借りられ、小さなキッチンや冷蔵庫が付いていて自炊もできて便利です。16部屋あるのでグループでの宿泊も可能です。スーパーも近くにありますし、日本語が少しわかるスタッフがいるのでお勧めです。 カンヌの市場から徒歩5分、ビーチにも近くてとても便利なAir Bnbのアパルトマンもお勧めです。居間のソファーでくつろぐこともできますし、キッチン道具も揃っていて自炊もでき、ゆっくりゆったり過ごせます。日本人オーナーなので日本語でやりとりができて安心です。 ☆レストラン レストランは、ミシュランガイド2つ星のお店が2つあって、1つはクロワゼットのホテル・マルティネの中にあるラ・パルムドール(La Palme d’Or)です。もう一つはカンヌから車で10分の隣町ル・カネにブリュノ・オジェー氏が営むVilla Archangeがあります。一つ星は、クロワゼットにあるGrand hotelの中にあるLe Park 45です。2つ星シェフのブリュノ・オジェー氏は、ビストロ Bistrot des Angesもル・カネの同じ敷地内に営業していて、美味しい料理をお手軽な料金で食べられます。 映画祭会場の近くにあるプロバンス料理のレストランとしてはLa Potinière、フランス料理のスタンダードな物も食べられるLE CAVEAU 30はお勧めです。 CAVEAU 30 45 Rue Félix Faure 06400 Cannes 04 93 39 06 33 映画祭の会場からは少し離れますが、地元の人もよくいくお店は、La Caveがあります。少し狭く感じられるかもしれませんが、活気があって賑やかなビストロです。 La Cave 住所:9 Boulevard de la Republique, 06400 Cannes 電話:04 93 99 79 87 他にも地元で人気のフランス料理のお店は、 L’affable 住所:5 Rue la Fontaine, 06400 Cannes 電話: 04 93 68 02 09 DA BOUTTAU – AUBERGE PROVENCALE 土日もオープン 住所: 10 Rue Saint-Antoine, 06400 Cannes […]

マントンのレモン祭り Fête du Citron® Menton

レモンやオレンジなどの柑橘類が豊かに育つマントンでは毎年レモン祭りが行われていて、2020年は87年目となります。マントン観光局によるとニースのカーニバルやモナコのF1の時よりもレモン祭りの際に有料の観覧席に入った観客数が多いこともあるとか。レモンやオレンジでできた巨大なオブジェがパレードする姿はマントンでしか見られません。フランスでとても大事なイベントの一つです。 毎年テーマが決められていて、2020年のテーマは世界のお祭りです。 2020年は、2月15日(土)-3月3日(火) に開催されます。 ☆マントンのレモン マントンのレモンとイタリアやスペイン、コルシカ島のレモンの違いは、まず鮮明な黄色い色をしているということです。マントンでは何種類かのレモンが栽培されていますが、形は卵形をしています。一つの枝にたくさんの実が生るのも特徴です。 一般的には一つの枝に5個以下の実がなりますが、マントンのレモンの木の枝には15個実がなることもあります。また、マントンのレモンは、酸味が強くエキスがたくさん詰まっていて、皮にたくさんのエッセンシャルオイルが含まれていると言われています。マントンでのレモンの栽培は、一時期衰退していたこともありましたが、再び盛んになりました。現在は、15程の農家がマントン周辺(MentonやRoquebrune、Sainte-Agnès、Castellar)でレモンを栽培し、毎年200トン近く生産しています。マントン市や農協、農業信用金庫などが支援をして90年代に5000本以上のレモンの木が植えられました。またコルシカ島やアンチーブ、ヴァルボンヌの農学研究所と協力して、化学物質を使わずに生物を使って、柑橘類を食べてしまう虫を退治する方法を研究している所だそうです。例えば、ヤノネカイガラムシという主にアジアに分布していた虫がマントンにもきていて柑橘類を食べているため、日本からハチを2頭持って来てこの虫を退治してくれるかどうか実験している所だとのことです。 ☆レモン祭りの歴史 1895年にホテルの経営者たちが、マントンの町を活気付けるために冬の間にパレードをしたらどうかと市に提案します。そして、カーニバルの伝統に沿ってイベントが始まります。1896年からマントンのパレードは、マントンの住民とお金持ちの避寒客を楽しませます。 1929年には、マントンは世界で一番レモンを生産します。ホテルの営業者がリヴィエラホテルの庭にお花や柑橘類の展示をする案を考え、翌年にはパレードにもオレンジやレモンが登場するようになります。 そして、1934年に、マントン市が企画したレモン祭り(Fête du Citron®)が開催されるようになります。 2年後には、ビオヴェ庭園に柑橘類と花の展示がされるようになります。フランソワ・フェリエ氏がレモンとオレンジの山車やオブジェをデザインします。 そして、年々訪れる人々が増えていき、数十年前からレモン祭り(Fête du Citron®)の際に飾られる柑橘類でできた巨大なオブジェを見に世界中から観光客が集まってくるようになります。今ではCORSOと呼ばれている2つ目の出し物である夜の部は、元々は、“Moucouleti” もしくは “Moccoletti”というマントンの人たちの楽しいイベントでした。それぞれが小さなロウソクを手に持ち、隣の人のロウソクの火を消し自分のロウソクの火をできるだけ長く保つようにするゲームでした。 ☆2019年のレモン祭り ・金の果物のパレード(CORSI DES FRUITS D’OR) 日時:2019年2月17日(日)、24日(日)、3月3日(日)14時30分スタート 場所:海沿いのプロムナード・デュ・ソレイユ(Promenade du Soleil) 観覧席(要予約):大人25€ 子ども(6-14歳)10€ 立ち見席:大人12€ 子ども(6-14歳)6€ ・夜の光のパレード(Corsi nocturnes) 日時:2019年2月21日(木)、2月28日(木)21時(花火の後スタート) 場所:海沿いのプロムナード・デュ・ソレイユ(Promenade du Soleil) 観覧席(要予約):大人25€ 子ども(6-14歳)10€ 立ち見席:大人12€  子ども(6-14歳)6€ ・光の庭園(Jardins de Lumières) 日時:2019年2月16日(土)、22日(金)、3月1日(金)20時30分~22時30分 場所:ビオヴェ庭園(入り口はカジノ・バリエールの前) 観覧料金:大人13€  子ども(6-14歳)8€ ・レモンとオレンジで作ったオブジェの展示場 日時:2019年2月16日(土)-3月3日(日) 場所:ビオヴェ庭園(入り口はカジノ・バリエールの前) 2月16日(土)は14時にオープンします。 開園時間:月-土曜日10時-18時/日曜日9時-18時 80トンのオレンジとレモンで形作られたオブジェ 入場料:大人12€  子ども(6-14歳)6€ 祭りの期間には、職人(手作り)サロンが開かれているので、マントンの柑橘類や地中海の手作りの商品を買うこともできます。また、柑橘類を栽培している農家をガイド付きで訪れることも可能なようです。詳しくはこちら ☆マイコートダジュールツアーズでは、レモン祭り当日の通訳を行っています。また、1日で3国巡りツアーの自由時間にマントンで「レモンとオレンジで作ったオブジェの展示場」を見学することも可能です(入場料は別途現地でかかります)。 詳細はこちら マントンのレモン祭りと同時期にニースのカーニバルも行われていますので、同日に両方訪れることも可能です。ニースのカーニバルについてはこちらをご覧下さい。 またカーニバルの時期は、航空券やホテルの予約が取りにくくなりますので、早めにご予約を取られることをお勧めします。 ☆リンク レモン祭りの公式サイト マントンの観光局のサイト ☆アクセス マントンの記事をご覧ください。

ニースのカーニバル Carnaval de Nice

☆カーニバルのテーマ 約130年に渡る歴史のあるニースのカーニバルは、ヨーロッパの3大カーニバルの一つといわれ、毎年100万人以上の観客が集まり、フランスで最も大きなイベントです。毎年2月中頃から2週間開催され、2020年は2月15日(土)から2月29日(土)まで開催されます。 カーニバルでは、毎年「王様」をモチーフにテーマが決められ、2020年は、「世界の王様」がテーマです。 ☆カーニバルの歴史 カーニバルの伝統は中世まで遡ります。カーニバル(carnival)の語源は、肉を取り去るというラテン語「carne levare」だと一般的に言われています。この時代には、カトリックの伝統、四旬節によって40日間の断食をする前に豊かでたっぷりの食事を楽しむ習慣がありました。このお祭り気分の期間は、ダンスパーティや仮面舞踏会、ダンス、プロバンス地方の民族舞踊であるファランドール、様々な展示会などのイベントも同時に開催されていました。 最も古い記録は、1294年にプロバンス伯シャルル・ダンジュがニースでカーニバルの陽気な日々を過ごしたと記され、1830年にはピエモン・サルディーニャ王国のシャルル・フェリックスとマリ・クリスティーヌに敬意を表して初めて行進が企画されました。30近くの一行が王と王妃のために行進し、カーニバルの始まりを知らせていました。1872年までは、それぞれのインスピレーションのままに仮装した大勢の人々が通りで紙吹雪や小麦粉、卵などを投げ合い、お祭りは最高に盛り上がっていました。 1873年にはニース出身のサエトン氏がニース市の後援をもとに「祭り委員会」を作り、フェスティバルに広がりを作るように企画準備をすることになります。フロート(山車)の行進、有料の観覧席、構造化された演出など、アイデアを出してゆきます。1873年2月23日に第1回目のカーニバルが街に入場します。現代的なカーニバルの誕生です。 アレクシス・モッサとその息子グスタヴ・アドルフが 1971年までニースを行進した中で最も派手なフロートの模型を作り、グロテスクで想像を絶する見事な独自性や現代性をカーニバルにもたらしてくれました。 1882年に、それまでは県庁の前で固定されていた藁とぼろ切れでできた質素な操り人形の「王」が初めて行進に参加しました。行進は、街の中心を10の異なる行程を廻り、その後、祭りは街界隈で夜遅くまで続きました。 当初フロート(山車)は小さな物が作られていましたが、現在ではフェスティバルのシンボルとして最も知られ、巨大化しています。 第一次、第二次世界大戦の期間中は、カーニバルも影響を受け、何年かは開催されませんでした。 ☆カーニバルの見所 マセナ広場には大規模な飾りが付けられ、長さ12m、幅3m、高さ8〜16mほどの巨大な18台のフロート(山車)が「5大陸の王様」の物語を紡ぎながらカーニバルの行進をします。2013年のフロートのデザインは、国際的な新聞で活躍している漫画家やニースの文化をよく知っているアーチストなどが提供しています。フロートは伝統的には厚紙と小麦粉と水の練り物で作られ、今でも見られます。また、鉄材を使ったり、自動で動く仕掛けが施されたり、膨らませることができるエアートランポリン式のフロートも登場し、進化し続けています。フロート作りで一番有名なのが、ポヴィニャファミリーで、4代目のジャン・ピエール氏は24回賞をもらっているそうです。カーニバルのファイナルには、夜の海へ船に乗った王のフロートが流され、浜辺から火矢が放たれ火葬されます。 巨大でカラフルなパレードは、世界の至る所から来た1000名ものミュージシャンやダンサーたちによって盛り上げられます。このパレードがまず一つ目の見所です。 二つ目の見所は、夜のネオンに照らされたイルミネーションパレードです。とても素敵です。 三つ目は、花合戦です。マセナ広場周辺で行われます。 ☆花合戦 美しい花々によって飾り付けられた長さ7m、幅2m、高さ6mのフロートに奇抜な衣装を着たカーニバル女王たちが乗り込み観客にミモザやガーベラ、アイリスなどの花々を投げてゆきます。1台当たり約20kgの切り花を2人がかりで観客の元へ渡します。フロートの飾りに使われる生花は、1台当たり3,000本で、強く甘い香りが漂っています。花が観客に向かって投げられると、このお祭りの縁起物をもらおうと観客の間で取り合いの花合戦が行われるのです。このような光景がカラフルな花々でいっぱいの20台のフロートの周りで繰り広げられます。初めて花合戦が行われたのは1876年、以来毎年行われています。元々は、花を交換するという簡単な形をとっていたのですが、少しずつショーの形となってきたようです。また、当初は当時の観光客である欧州の名士たちを楽しませるために開催されましたが、今では地元の花生産者たちの仕事をたたえるために継続されています。今日、このイベントで使われる花の80%がコートダジュール産で、花の質の高さや多彩さが評価されています。 花のフロートに乗るカーニバル女王たちは、インターネット投票で選ばれています。ランキングの上位20名が花合戦の花のフロートに乗ることができます。 ☆観覧席 会場となるマセナ広場とプロムナード・デザングレの一部の観覧席(指定席)は、1人26ユーロ(6才〜12才は10ユーロ)、立ち見の入場料は12ユーロ(6才〜12才は5ユーロ)です。夜のパレードと昼のパレード(花合戦は含みません)は、仮装して行くと立ち見入場料が無料です。パレードが行われるアルベール1世公園周辺の歩道は、以前は無料開放されていましたが、5ユーロで立ち見ができます。人ごみではスリにご注意ください。セキュリティを通るのに混雑しますので開始1時間前には会場に行かれることをお勧めします。 観客同士が紙吹雪やパーティスプレーをかけ合って楽しむのもカーニバルの習慣で、いつも髪の毛やコートのポケットに紙吹雪などが入ってしまう状況ですので、多少汚れてもいい服装で出かけられることをお勧めします。特に子どもたちは、何でも許されるこの機会に大人にいたずらをしかけるのをとても楽しんでいます。 チケットは、事前(15日以上前)にインターネットや電話、郵便で購入ができます。ニース観光案内所内でもチケットの購入ができます。早く予約すると15%オフの料金でチケットが買えるようです。カーニバル期間内ですと売り切れの可能性が高いようです。プログラムなど詳細はこちらをご覧下さい。 またカーニバルの時期は、航空券やホテルの予約が取りにくくなりますので、早めにご予約を取られることをお勧めします。 マイコートダジュールツアーズでは、カーニバル当日の通訳を行っています。 詳細はこちら ニースのカーニバルと同時期にマントンのレモン祭も行われています。

ニースでスポーツ アイアンマン フランス

コーソルの野原

コートダジュールの温暖な気候とバラエティーに富んだ地形は、スポーツをするのにもってこいです。 毎朝海沿いの通りにジョギングする人があふれ、週末はあちらこちらの道でサイクリングをする人を見かけます。 毎年6月の最後の週末に、トライアスロンの大会である「アイアンマンフランス」がニースで開催されます。 アイアンマンフランスは、ハワイで開催されるワールドチャンピオンシップの予選の場でもあります。当然難度も高く、トライアスロン選手達にとってとても重要な大会です。 波が穏やかで水温が快適なこの時期の地中海で、3800メートルの距離を泳ぎます。スタート地点は広く泳ぎやすいので、他のコースよりも快適です。サイクリングコースは、海辺と内陸の山並みの両方を通るのでバラエティーに富んだコートダジュールの美しい風景を満喫できます。しかし同時に、上り下りが激しいので大変です。気候については、気温は高くても湿度が低いので、日本の選手にとってはとても楽に感じられる様です。 マラソンでは、ニース中心街を出発して海沿いを通ってニース空港まで走ります。南仏の強い日差しが降り注ぐ中、雰囲気は最高に盛り上がります。 アイアンマンフランスは、トライアスロンのプロ選手にとってもアマチュア選手にとっても見逃せない大会でしょう。そして、その開催時期はコートダジュールを訪れるのに最適な季節でもあります。初夏のコートダジュールは、日が長くはなるけれど、また暑すぎず、観光客も多すぎない、観光しやすい時期なのです。 私の周りでもアイアンマンフランスに参加する選手が何人がおり、毎年色々とお手伝いをしています。この知識を生かして、日本から参加される選手が快適な滞在ができる様に通訳&アシスタントとしてお手伝いさせていただきます。ホテルや短期アパートの手配、空港でのアシスタントおよび通訳、自転車郵送の手配はもちろんのこと、サイクリングコースを事前にご案内したり、当日の書類手配や移動のお手伝いなど。お気軽にご相談ください。(マイコートダジュールツアーの通訳・コーディネートサービスへ) 2020年のアイアンマンフランスは6月14日(日)に開催される予定です。こちらのサイトでご確認ください。 ⭐︎リンク アイアンマンフランス ニース

モナコF1グランプリ

F1グランプリはまさにモナコのシンボルです。 開催されるのは毎年5月の最後の週末。同じ時期にカンヌで映画祭が開かれるので、コートダジュール地方全体が最高に盛り上がる季節です。 (ニース空港や町中でセレブに出くわす可能性が一番高い季節とも言えますね。)