優雅なリゾート地 モナコ公国

コートダジュール観光で絶対に外せないモナコ公国は、街がF1グランプリのコースになっていることやコージャスなモンテカルロのカジノ広場、グレース・ケリー、安全なこと、高級リゾート地としてよく知られています。 タイトルをクリックするとその内容へジャンプできます。 ☆ 地理・人口 ☆ 歴史 ☆ 観光案内 ☆ イベント ☆ ホテル ☆ レストラン ☆ ショッピング ☆ アクセス ☆ リンク *こちらのページは、観光ガイドの代わりとすることが目的ではなく現地ガイドの経験から便利で役に立つ情報を提供できたらという思いから作りました。 *お勧め情報はステファニーの個人的な意見です。 ☆ 地理・人口 ニースから東へ19キロに位置するバチカンの次に世界で2番目に小さな独立国モナコ公国、ベルエポックの優雅な建物やゴージャスなカジノが並び、世界中のジェットセッター達が集うモンテカルロは言わずと知れたリゾート地です。人口は、約3万人程度で、土地は、2平方キロメートルです。面積は小さいのですが、住民はとても多いので、人口密度はとても高いです。コートダジュールと違って、高層ビルが建ち並び、建物と建物の間が狭いのが特徴といえます。また、モナコ居住者のうちモナコ人は20%のみで、とても国際的な街です。 フランスからモナコへ入る際にパスポートは必要ありません。残念ながら国境でパスポートにスタンプは押してもらえませんが、市役所か観光案内所へ行くと押してもらえます。 19世紀末にモナコにカジノが作られたのをきっかけにモナコは裕福な国となりました。当時は95%の収入は、カジノから得ていましたが、現在では5%です。モナコ居住者(5年以内モナコ在住のフランス人を除く)には所得税はかかりません。裕福な人たちがモナコに住む理由はそこにあります。 ☆ 歴史 モナコの地にはまずリグリア人が住んでいたと言われています。そしてローマ人によって、その後当時のイスラム教徒達によって支配されます。1297年にジェノヴァのグリマルディ家がモナコに住み始めます。そのご子孫たち、貴族、公たちは700年に渡ってモナコを統治します。1489年にモナコは独立し1524年にスペインの保護下となり、1641年にはフランスの、そして1815年から1860年までサルディーニャ王国の保護下に入ります。1860年にはSpélugues台地にモンテカルロを建設し始め、1868年には鉄道を開通させ、発展していきます。 1906年にはモナコ公アルベール1世が海洋学の研究を行い海洋研究所を創り、その後海洋博物館を建設し世界中で有名となります。1949年に就任したモナコ公レニエ3世が1956年にハリウッドの有名女優グレース・ケリーと結婚し、さらに経済的・国際的に発展していきます。現在はグレース・ケリーの長男アルベール2世が持続可能な発展や地球上の生物の多様性を維持していくための取り組みを行っています。 グレース・ケリーは、交通事故で亡くなったのですが、フランスでは自殺だったという説や単なる事故だったという説がありますが、実際の所事故の原因は分かっていません。日本の若い女性でグレース・ケリーの名前を知らない方でも、エルメスのケリーバックはおそらくご存知だと思います。このカバンはグレース・ケリーのためにデザインされたのではなく、既に当時販売されていました。グレース・ケリーは妊娠初期にすぐには公表せずに、この40センチの大きさのあるカバンでお腹を隠しパパラッチにすぐに分からないようにしていたと言われています。それ以来彼女の名前でこのカバンは有名になりました。 ☆ 観光案内 モナコは世界で最も安全な国の一つです。おそらく、たくさんの裕福な人たち住んでいますしたくさんの銀行があるためでしょう。住人60人に対して1人の警察官が配置されていて、どこにでも防犯カメラがあります。モナコではスリはいません。住人や観光客は安心して過ごす事ができます。高級バックや宝石を身につけて夜散歩することができます。 モナコには、雰囲気の違ういくつかの地区に分かれています。旧市街地を含むモナコ・ヴィル(Monaco Ville)、カジノや高級ホテルのあるモンテカルロ(Monte-Carlo)、港の近くのコンダミーヌ(Condamine)、ショッピングセンターや住宅街のあるフォンヴィエイユ(Fontvieille)、ビーチのあるラルヴォット(Larvotto)などの地区に分けられています。 モナコ・ヴィルはロシェ(Rocher)とも呼ばれていて、岩の上にあるため歩いて行くのは少し大変です。1番か2番のバスで行かれることをお勧めします。 Le Rocher 旧市街地 ロシェ(岩山)と呼ばれている旧市街地の見所をご紹介します。 旧市街地は外せない場所です。大聖堂は、グレース・ケリーが結婚をし、埋葬されている場所です。いつも花が手向けられているお墓を見る事ができます。宮殿の一部は、訪れる事ができます。衛兵は11時55分に交代します。観光客に人気です。夏の間は、観光客がたくさん集まり何も見えなくなりますので、なるべく前の方に場所を確保することをお勧めします。 旧市街地は、よく手入れされていて古い建物だという印象はありません。観光でいらした方は、よくディズニーランドに似ていると言われています。生活感はあまりありませんが、この街に住んでいる人たちもいます。 お時間がおありでしたら、モナコ海洋博物館は特にお子さんには面白いと思います。水族館はとても近代的です。見て回るのには最低1時間は必要です。 平日でしたら旧市街地にある市役所へ行かれるとパスポートにモナコのスタンプを押してもらえます。観光案内所でももらえます。 宮殿の横からはモナコの素晴らしい景色が見られますので、写真スポットとしてお勧めです。 ・大公宮殿 Palais princier (グランアパルトマン) 大公宮殿は1215年にジェノヴァ人による要塞跡に建てられています。 16世紀のフレスコ画や巨大なルネッサンス様式の暖炉で飾られた王冠室など見所がたくさんあります。 公開日: 4月2日-10月31日 10時-18時 1月-4月1日、11・12月閉館 料金(歴史博物館とセット料金):大人: 8€、子供(8歳-14歳): 4 € アクセス:1番か2番のバスで終点Monaco ville Place de la Visitation 詳細はこちら(英語・仏語) ・歴史博物館 Le Musée des Souvenirs Napoléoniens et des Archives du Palais この博物館には特にナポレオンのフランス帝国の時期の貴重な古文書や資料が展示されています。 毎日開館(変更されることがあります) : 12月-4月1日(12月25日、1月1日):10時30分-17時(16時30分までに入場) 4月2日-10月:10時-18時 (17時30分までに入場) 入場料 12月-4月1日大人: 4 €、子供(8-14 才) ・学生: 2 € 4月2日-10月 (歴史博物館と大公宮殿の両方に入場可) 大人:8€、子供(8-14 才) ・学生: 4 € アクセス:大公宮殿の左端 詳細はこちら(英語・仏語) ・モナコ旧市街博物館 Le Musée du Vieux Monaco 陶磁器や絵画、服飾などが展示され、当時のロッシェの日常生活をかいま見ることができます。 開館日:6月-9月末 水曜日金曜日11時-16時、無料 ・海洋博物館・水族館 Musée océanographique de Monaco et aquariums プリンスアルベールI世(アルベール王子の曽祖父)によって1910年に科学と芸術のため宮殿として設計された博物館と水族館です。モナコ・ヴィル(ロシェ)の端にあり、眺めがとてもいい所です。 毎日開館(12月25日とF1グランプリの週末を除く): 10月-3月:10時-18時、4月-6月・9月10時-19時、7月-8月10時-20時30分 料金: 大人:14€、13歳-18歳と学生:€10、子供4-12歳:7€ 住所:Avenue Saint-Martin – Monaco-Ville アクセス:1番、2番のバスで終点Monaco ville Place de la Visitation 詳細は こちら(英語・仏語) 大公宮殿と海洋博物館・水族館の入場券セット(4月2日-10月31日のみ)があります。 大人: 18 euros、子ども (4-18歳) : 8 euros ・モナコ大聖堂 Cathédorale 1875年に建設されたロマネスク・ビザンチン様式の聖堂で、歴代の大公の墓石があります。 グレース公妃とレニエ3世の結婚式が行われた場所で、グレース公妃もこちらに眠っています。 入場無料 (日曜日の午前のミサ時は除く) 8時30分から19時まで(冬季は18時まで) モンテカルロ ・カジノとオペラ よく知られているのはカジノ広場のあるモンテカルロ地区です。 2016年末から工事が行われ、オテルドパリが改修され、映画館が壊され、ブティックが他の場所へ移動しています。今は工事中なので騒音があります。 そんなカジノ広場ですが、こちらにもかなりの人たちが住んでいます。オペラと同じ建物にとてもよく知られているグランカジノがあります。カジノでゲームをされたくない場合でも中を一見する価値のある建物です。最近改装されたので、さらに「輝いて」います。午前中も写真を撮るために中を見学することができます。実際にカジノがオープンするのは14時からです。午後や夜に行くとたくさんのスポーツカーや高級車が前に並んでいます。モナコは、車好きの方々にはパラダイスです。パスポートをお忘れなく。 モナコで最も知られているモンテカルロのカジノとオペラは、パリのオペラ座を建てたシャルル・ガルニエが設計し1878年に建てられます。 カジノの「ゲーム室」はステンドグラスや彫刻などで装飾されています。 カジノの中にあるオペラでは、現在も有名なコンサートやダンスなどが上演されています。 18歳以下入場禁止、入場にはパスポートが必要です。 入場料金: 17 € アクセスSNCF鉄道の駅から徒歩で12分、1、2、6番のバスでCasino下車 カジノのHP : 、オペラのHP フォンヴィエイユ地区 Fontvieille ・レニエ大公クラシックカーコレクション Collection des voitures anciennes 車好きの方には外せない場所で、レニエ3世のプライベートコレクションであった100以上の名車と6台の馬車が展示されています。 毎日開館:10時-18時 12月25日休館 料金:大人: 6 €、子供(8-14歳): 3 € アクセス:SNCF鉄道の駅から、徒歩5分、カジノスクエアから徒歩20分 5番、6番のバスでCentre Commercial Fontvieille下車 ・切手とコインの博物館 Musée des Timbres et des Monnaies モナコ公国の郵便歴史や1885年のシャルル3世から現代までの切手印刷に関する資料などや1640年からの公国の通貨が展示されています。 毎日開館:10月-6月9時30 時-17 時、7月-9月9時30 時-18 時 料金:大人: 3 €、子供(12-18歳)・退職者・学生: 1,50 € アクセス:クラシックカーコレクションの斜め前 詳細はこちら(英語・仏語) ・海洋博物館 […]

ニース Nice

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アンリ・マチス 「毎朝この光を見られるのだと分かった時、自分の幸運を信じられなかった。私はニースを去らないことに決め、私の人生のほとんどの時間をここで過ごした。」 タイトルをクリックするとその内容へジャンプできます。 ☆地理・人口など ☆ニースとニース伯領の歴史 ☆気候 ☆ニースにある美術館 ☆お勧めの観光スポット ☆ニースのイベント ☆お勧めのホテル ☆レストラン ☆ニースでショッピング ☆公共交通機関 ☆リンク *こちらのページは、観光ガイドの代わりとすることが目的ではなく現地ガイドの経験から便利で役に立つ情報を提供できたらという思いから作りました。 *お勧め情報はステファニーの個人的な意見です。 ☆地理・人口など ニースは、フランス南東の端、地中海に面していて、 背後には最高峰が標高3000m以上のアルプスの支脈がつらなっています。 現在は人口35万人程度で、フランス第5の都市です。毎年400万人の観光客が訪れ、パリに次いで第二の観光都市です。ニースには、ホテルの部屋数にして全部で1万部屋近くあります。 ☆ニースとニース伯領の歴史 ニースの歴史は、約40万年前まで遡ります。人々が住んでいたテラ・アマタ(Terra Amata)遺跡があり、当時の生活を復元した博物館が現在もあります。先史時代にもラザレ(Lazaret)洞窟やニース近郊で見つけられた痕跡から所々に人々が住んでいたことが伺われます。紀元前数世紀にはリグリア族やヴェディアン族がニースのシミエの丘や城に住みます。 紀元前6世紀にギリシャ人との商業が始まり、紀元前4世紀と2世紀の間にマッサリア(現マルセイユ)から来たフォカイア人によってニカイア (Nikaïa)が作られます。ニースという名前は、このニカイアに由来しています。ニカイアは現在の旧市街地の一部、海辺の近くに位置しています。 西暦の初めにローマ人がアルプ・マリティム地方の首都としてCemenelumという都市国家を現在のニースのシミエ地区に創ります(現在も円形競技場などの遺跡が残っています)。3世紀には、アンブランという都市にアルプ・マリティムの首都が移されます。5世紀後半にローマ帝国が衰退してから、侵略による混乱の時代が始まります。 カロリング王朝の復興によって、サン・ポンス大修道院が造られます(現在のパスター病院)。フランス王国を3分割相続することと定めた843年のヴェルダン協定後、ニースは様々な王国、とりわけプロヴァンス、そしてブルゴーニュに属します。プロヴァンス伯の一人ギヨームが972年にサラセン人(当時のイスラム教徒、813年にニースに大損害を与えます)を追い返しブルゴーニュの保護下にあった地域を解放します。 中世 その後、プロヴァンスは名目上は神聖ローマ帝国に属しつつ、5世紀にわたって独立国家として存続します。 城のある丘(現在の城跡のある丘)の上に築かれたささやかな街は12世紀半ばからコンスル(行政官)によって管理されます。城壁内には数千人の住民の住む住居や教会、市場、病院、貴族たちが豊かさを競って建てたという塔のある街となります。13世紀には丘の下の現在の旧市街地がある辺りが発展してゆきます。ニースは、プロヴァンスの県庁所在地で、丘の上に城があり軍事的にも重要な役割を担い、プロヴァンスに完全に統合され平和な時代が1382年まで続きます。 1382年から1388年までルイ・アンジュー派とシャルル・デュラ派の市民戦争が行われ、それから(短期間を除いて)1860年までニースとプロヴァンスの一部の地域は、(後にイタリア統一を主導するサルデーニャ王国の前身)サヴォイア公国に属することになります。1482年にヴァール河以西のプロヴァンスがフランス領となり、1526年からニース伯領と呼ばれます。 ルネッサンスとバロック時代 イタリア戦争中フランスがイタリア半島の所有権を主張するのに対抗してサヴォイア公は神聖ローマ帝国皇帝カール5世と同盟を結びます。 1538年にカール5世とフランソワ1世、ローマ教皇パウルス3世で有名なニースでの会議を開き、10年間の休戦に至ります。しかし1543年にバルバロス提督が率いるオスマン艦隊とフランス艦隊がニースを攻撃し、占領します。ニースの伝説のカトリーヌ・セグランのお陰か、丘の上のお城までは占領されずに済みます。サヴォイア公は、ニースの街を守るため城のある丘全体を守る砦をさらに高くことにします。大聖堂と住民は街の下の方に移されます。18世紀初めにシャルル・エマニュエル1世は港をつくることそして元老院(法廷)を造ることを決めます。旧市街地は、バロック様式(大聖堂やLascaris宮殿、le Jésusなど)が優勢な現在の姿に少しずつ近づいていきます。 17世紀末と18世紀初めに2度、フランスのルイ14世によってニース伯領は占領され、砦や城壁を破壊されます。サヴォイア公は、サルデーニャ島を領有しサルデーニャ王国を統治します。18世紀にはニースの街は、宮殿広場、Saint-François-de-Paule通りと Alexandre Mari通り、Garibaldi広場や港などが発展します。バロック様式の建築が続きます(傑作は、Miséricordeチャペルです)。 18世紀中頃に、初めてイギリスから冬期リゾート客(避寒客)がニースに訪れます。そして年々数が増えて行きます。18世紀末にフランス革命の軍隊がニースまできます。 サルデーニャ王国とフランス 18世紀末にニースはフランス領となります。イタリア征服を準備するためにナポレオンが3日間ニースに滞在します。 19世紀初めパリ条約によってニースはサヴォイア公国へ返されます。イギリスや他の国からも避寒客が少しずつ戻ってきます。シャルル・アルベール王は北イタリアにいたオーストリアを追い出そうとした所、敗退し、退位します。後継者のヴィクトール・エマニュエル2世はナポレオン3世に軍事的な助けを受ける見返りとして、サヴォイアとニース伯領をフランスへ併合するプロジェクトが19世紀半ばに生まれます。ニースでは、親フランス派とガリバルディ率いる親イタリア派が対立します。 1860年4月に7912人の登録されている選挙人(21歳以上の男性)のうち6810人がニースのフランスへの併合に賛同します。1860年6月11日にニースは正式にフランスのアルプ・マリティム県の県庁所在地となります。1864年には鉄道が開通し、観光客が増加します。1815年には人口は2万3千人でしたが、1861年には5万人ほどになり、1911年には14万人となります。ニースはたくさんのイタリアからの移民を受け入れます。 ニースの街は貴族や資本家によって管理されます。20世紀の終わりにはヴィクトリア女王などヨーロッパの王族、貴族がニースを訪れるようになります。1925年からは冬シーズンだけでなく夏にも観光客が訪れるようになります。第2次世界大戦中にはニースはイタリアに、その後ドイツに占領され、レジスタンス活動の取り締まりが厳しくなります。ニースの街はアメリカからの爆撃を受け、1944年夏連合軍のプロヴァンス上陸作戦が成功し、ドイツ軍はイタリア国境方面へ撤退し、1945年5月8日終戦となります。 その後は、富豪、著名人、芸術家たちがニースを訪れるようになります。ルノワールやマチスなど20世紀を代表する芸術家たちが、訪れ、定住し、創作し、現在も美術館という形でニースに残っています。 歴史的に、1388年から1860年までニースは後にイタリア統一を主導していくサルデーニャ王国の前身であるサヴォイア公国に属していたため、イタリア文化に強い影響を受けていて、今日でもニースの建築や料理、ライフスタイルにみることができます。 また地理的にもイタリアに近いため、現在でもニースの人たちは買い物や食事をするためにイタリアへ頻繁に行っています。そのため北イタリアではフランス語が通じますし、ニースでもイタリア語は通じます。ニースにはたくさんのイタリア人観光客がいるため、ニースのお店の店員さんたちは、イタリア語と英語が話せることが前提となっています。 ☆気候 ニースは、コートダジュールのように一年中温暖な気候です。フランスの街の中で一番降水量が少ない訳ではありませんが、雨が降ることは比較的少なく、太陽が一年中照っています。フランスで最も太陽に恵まれた(日照時間が長い)街です。 冬も温暖なため、ニースは18世紀に海水浴場となりました。イギリス人やロシア人が冬を過ごしに来ていました。朝と夜は冷えますが、日中は太陽が出てくるので気温が上がります。夏は暑すぎず、湿気は少なく、32度以上になることはまれです。ニースの気候は、プロヴァンスの気候とはまた異なります。プロヴァンスでは、冬はとても寒く、夏はとても暑く、季節の違いが明らかです。 ニースでは、8月の終わりから雷雨が頻繁にあります。9月はとても快適です。夏は日がとても長く6月21日には22時まで太陽が出ています。11月には雨がよく降ります。この時期に水を貯めておくことになります。日がとても短い時期です。特に沿岸地域では雪が降ることはまれです。アルプス山脈は近くにあって(車で2時間、スキー場も近くにあります)、毎年雪が降ります。ニースのお店ではロングコートは売っていませんし、手袋や毛糸の帽子も滅多に使うことはありません。時々ブーツを履くことはありますが、温暖なので数日間だけです。 夏には太陽の光がとても強いので、直接に陽を浴びていなくてもいつの間にか日焼けしてしまいますのでご注意ください。 ☆ニースにある美術館 ニースには多くの美術館がありますので、アート好きの方々には満足して頂けるのではないかと思います。 ・まず国立マーク・シャガール美術館は絶対に外せません。シャガール自身が美術館の計画の段階から参加し、テーマを決めたり、作品を選んだりしたため他では見られないものとなっています。テーマはとても宗教的なため、作品の理解は容易ではありませんが、世界中からの訪問者に高く評価されています。フランスの美術館にしては、入場料は高めといえますが、日本語のオーディオガイドを借りることができます(借りる際にはパスポートを預ける必要があります。オーディオガイドを返却する時にパスポートは返してもらえます。)。日本語のオーディオガイドでシャガールの作品の説明を聞かれると理解しやすくなると思います。フラッシュなしであれば写真を撮ることも可能です。美術館の庭にある小さなカフェで休憩すると気持ちがいいと思います(2月から11月にオープン)。ウブティックでは、日本語でのカタログや現代美術に関する書籍、シャガールの複製、様々な文房具などが置いてあります。 ☆マイ コートダジュール ツアーズは、ニース市内観光ツアーでシャガール美術館・ロシア正教会大聖堂などニースの見どころへご案内しています(入場料込)。 詳細はこちら ・マチス美術館は、シャガール美術館の近くにあります。市の美術館です。写真撮影は完全に禁止されています。美術館では、マチスの全キャリアを通した作品が展示されていて、ヴァンスのロザリオ聖堂の模型が見られます。また建物自体が素敵です。 ・ジュール・シェレ美術館(Jules Chéret)、正式名はニース美術館(Musée des beaux arts de Nice)はあまり知られていませんが、ニースで火曜日に開いている唯一の美術館です。マイコートダジュールツアーズのニース市内観光ツアーでは、火曜日にはシャガール美術館の代わりにこちらにご案内しています。複数の時代にまたがった何人もの芸術家の作品が展示されていて、ロダンの彫刻も見られます。ニースの芸術家デゥフィーの絵画も展示されています。 ・近代・現代美術館(MAMAC:Musée d’Art Moderne et d’Art Comtemporain)はモダンアートがお好きな方には外せません。60年代にアメリカのポップアートと同時に誕生したアートでニース在住かニース生まれのアーチストを集めている「エコール・ド・ニース」の数々のアーチストの作品が展示されています。特にアルマン(Arman)、ベン(Ben)、セザール(Cesar)、ニキ・ド・サンファル( Nikki de Saint Phalle)が有名です。ニースのアートに興味がある方、ポップアートがお好きな方にはこの美術館はお勧めです。この美術館は実に見事です。 ・最後に、マセナ美術館(Musée Masséna)は、ニースの歴史についてもっと知りたい方にはお勧めです。ネグレスコのすぐ隣にあって、市の美術館です。ニースの街の発展や都市化の様子が写真や絵画で見ることができます。ニースをまた違った視点で見ることができると思います。 シャガール美術館、マチス美術館、 ロシア正教会大聖堂へ1日で行かれる場合は、 Open Tourのバスの1日チケットを利用されると便利です。 ☆お勧めの観光スポット お時間があまりない場合でも、ニースの街は大きくはないので短時間で簡単に見て回ることができます。ニースの人たちは、街中を歩いて移動することがとても多いです。街を見て回るためには、タクシーやバスに乗らないで歩いて移動する方がよいでしょう。ただ、シャガール美術館とマチス美術館は中心街から離れていて大きな坂の上にあるため歩いて行くのは難しいと思います。マチス美術館へは特にバスで行かれることをお勧めします。バスは、15, 17, 20, 25番で、下車するバス停は »Arènes / Musée Matisse »です。公共交通機関の詳細はこちら)。 電車の駅の周辺や、海辺の周辺、マセナ広場周辺のホテルにお泊まりの場合は、徒歩で(シャガール美術館とマチス美術館以外の)観光スポットへ移動することが可能です。 一日あれば、ニースの街を見て回り堪能するのには十分だと思います。私がお勧めするプログラムはこちらです。 朝8時からサレヤ広場のマルシェへ行きます。旧市街地内の見つけやすい所にあります。道はまっすぐなので迷子になるリスクはないと思います。月曜日は骨董市で、お花や果物、野菜の市場は火曜日から日曜日まで毎日出ています。途中でカフェのテラスで一息つかれるとよいでしょう。 サレヤ広場の奥へまっすぐ進みます。海辺の近くのホテル・スイスの辺りにあるエレベーター(無料です)に乗り城跡のある丘に登ります。ニースとニースの旧市街地の町並みが見渡せる眺めはびっくりするほど素敵です。 その後、海辺を廻ってみるのもよいでしょう。ランチには、また旧市街地に戻ります。ニースの人たちは、可能な時には日差しと外の雰囲気を味わうためにテラス席で食事をします。真夏でも暑さは耐えられる程度で湿度は高くありません。冬には、外の雰囲気を楽しめるように暖房が炊かれたテラスもあります。旧市街地では迷子になってみてもよいと思います。たくさんの可愛らしい典型的なニースの通りや可愛いお店を偶然に見つけることができると思います。コート・ダジュールのお土産を買われるにはニースの旧市街地はよい場所だと思います。 午後には、シャガール美術館もしくはマチス美術館へ行きます。閉館後、歩行者ゾーンになっていてたくさんのお店のあるジャン・メデゥサン通りで少しお買い物をします。もう少しお時間があるようでしたら、港の方へお散歩へ、ニース発のクルージングに参加されるのもいいと思います。 海水浴、海に足だけでも浸けられることももちろんお勧めします!通常は6月から9月まで海に入ることができます。勇気がある人たちは一年中海水浴をしています。ニースへは海好きな人たち、特に日焼けしたい人たちが集まってきます。夏の間は美術館巡りをするよりも日光浴を好む観光客もかなりいます。 ジョギングがお好きな方にはプロムナード・デザングレは理想的な場所です。どんなに方向音痴な方でも迷子になることはありません。一年中時間を問わずたくさんの人たちがジョギングをしたりサイクリングをしたりしています。 ☆ニースのイベント ニースカーニバルはこちらをご覧ください。 トライアスロンのアイアンマンはこちらをご覧ください。 ☆お勧めのホテル コートダジュールを旅行する際にニースに宿泊されるのは賢明だと思います。ニースの街を観光するのにもちろん便利ですし、モナコやアンチーブ、カンヌに行くのにも便利です(電車やバスで移動すると短時間で行けます)。 まず、一般的には駅周辺に宿泊されることはお勧めしません。日本の方には駅周辺はとても便利に思われるようですが、ヨーロッパでは駅周辺の治安はよくありません。あまり安全ではないため、女性がお一人歩きをされると少し危険に感じられるかもしれません。他の地区にもお手頃な価格のホテルがあります。 いくつかの宿泊プランがあります。 私たちのお勧めのお手頃な価格のホテルは、ホテル・アルベール・プロミエール(Hôtel Albert 1er)です。3つ星ホテルで、マセナ広場の近くにあり、海辺や旧市街地からも歩いてすぐ近くです。とても便利で、この質でこの価格はお得だと思います。 4つ星ホテルの中では、立地がよく雰囲気もよいホテル・ボー・リヴァージュ(Hôtel Beau Rivage)が好きです。メルキュールホテル(Mercure)の マルシェオフルール(marché aux fleurs) と プロムナードデザングレ(promenade des anglais)も立地がとてもよく、信頼できるサービスです。ホテル・ウェストエンド(Hôtel West End)もプロムナード・デザングレにあり立地がよいです。ホテル・ラ・ペルーズ(Hôtel La Pérouse)は中心から少し離れていますが、景色は素晴らしく、ユニークな場所にあります。 高級ホテルとしては、ハイアット・リージェンシー・ニース・パレ・ド・ラ・メディテラネ(Hyatt Regency Nice Palais de la Méditerranée)は、サービスは完璧ですし、スタッフがとても親切で、現代的な雰囲気で、立地もよいのでお勧めします。 ニースの人たちに出会いたい方や少し違った経験をされたい方には、シャンブルドットヴィラ・メッゾ・モンテ(Villa Mezzo Monte)という一般家庭のゲストルームへの宿泊をお勧めします。オーナーはとても親切な夫妻です。中心街の外側のとても奇麗な景色ととても奇麗なお庭があるお宅です。美味しい朝食込みで、ムッシュが駅や必要であれば他の場所まで車で送ってくれます。料金は、お一人もしくはお二人で1泊140ユーロです。特にフランス語を学んでいる方には、ご夫妻は喜んでゲストとお話しをしますので、お勧めです。 ☆レストラン ニースは過去にイタリア領だったこともありイタリアンレストランがたくさんあります。初めていらした方々はびっくりされるようです。野菜を主に使ったニース料理のレストランやもちろんフランス料理のレストランもあります。 代わりにアジア料理レストランは少なく、ほとんどが中華料理です。ファーストフードのアジア料理屋がありますが、中華料理やベトナム料理、タイ料理をまぜた物で、味はあまり美味しくないです。韓国料理やベトナム料理のお店はありません。本物のアジア料理を召し上がるのはパリへ行ってからにされた方がよさそうです。 代わりに、数年前から本物の美味しい日本料理レストランがニースにあります。 私たちの好きなお店をご紹介します。 ・ニース料理: ラ・メレンダ« La Mérenda »は旧市街地にありますが、観光客狙いのお店ではないです。予約する電話番号はありませんし、クレジットカードは使えず、コカコーラも置いてありませんし、椅子は小さくて座り心地はよくありません。しかしニースの人たちには素晴らしいと評判のお店です。メニューのバリエーションは少なく、季節によって、仕入れた新鮮な食材によって変わります。定番のピストゥ・パスタ、モントネーズ・タルト(ピッサラディエール)、季節にはラタトゥイユ、ストックフィッシュ、もしくはドーブ(肉の蒸し煮)を、デザートには、ニースの典型的なタルト・デ・ブレットをお勧めします。 ・ラ・カンティーン・デゥ・ルル« La cantine de Lulu »も同じようなお店ですが中心街にあります。様々なニース料理を味わえる前菜のファランドル・ドントレをお勧めします。店内からシェフのルルさんがキッチンで料理している姿が見られます。 このふたつのレストランは地元の人たちで賑わうお店なため、週末は閉まっています。 ・ビストロ・デゥ・レコール・デゥ・ニース« Le bistrot de l’Ecole de Nice »は2012年秋に、星付きシェフの松嶋啓介さんのビストロです。お手頃な料金で、ニース地方の料理を提供しています。 ・« le Safari »は、旧市街のマルシェの開かれるサレヤ広場の奥にあって便利なのでオススメです。広いテラスがあって、12時から23時までノンストップでオープンしています。ニースの前菜盛り合わせ(l’assortiment d’entrées niçoises)がオススメですが、量が多いのでそれだけでお腹いっぱいになってしまう方もいます。 ・イタリアレストラン オーソドックスなのが旧市街地にある« La voglia »と歩行者天国エリアにある« Villa d’Este » です。とても美味しい料理が頂けますし、量がとても多いので、たくさん注文しすぎないようにご注意ください。取り分けることになると思いますが、人数分の1皿の料理(2人分や3人分と注文できます)で一人当たり十分な量が出されます。ビザやパスタがとても美味しいです。前菜には、ミックス前菜(antipasti misti)を注文されると野菜をたくさん食べられますし、多彩な料理を味わうことができます。 ・海の幸、魚料理 海の幸と魚料理については、« Boccaccio » が昔からある有名なお店です。特に年末には牡蠣がとても美味しいのでお勧めです。 ガリバルディ広場にあるLe « café de turin » も海の幸で有名です。こちらは観光客にはあまり知られていないお店です。 ・フランス料理 一番有名なお店はネグレスコ(Negresco)のレストラン« chantecler » でしょう。2つ星を再びもらった所です。 もう一つ最近2つ星をもらったレストランがあります。« Flaveur »です。 1つ星レストランは、« Jan »と« L’aromate »があります。 ・他の料理 松嶋啓介さんのレストラン« […]

サン・ポール・ド・ヴァンス Saint Paul de Vence

*こちらのページは、観光ガイドの代わりとすることが目的ではなく現地ガイドの経験から便利で役に立つ情報を提供できたらという思いから作りました。 *お勧めのレストランやお店に関するコメントはステファニーの個人的な意見です。 サン・ポール・ド・ヴァンスは、私の好きなコートダジュールの村のひとつです。カーニュ・シュル・メールの海辺から内陸へ7kmの海と山の間にあって、ニースとアンチーブの間、ニースから20kmアンチーブから17 kmに位置し、村からは海と山が見えます。 ☆サン・ポール・ド・ヴァンス« Saint-Paul de Vence »  の名前の由来 2011年3月まで正式にはサン・ポール(Saint-Paul)というのが村の名前でした。キリスト教で最も人気のある聖人の一人の名前で、フランス国内で60ほどの村や町にこの名前がついています。村の名前が正式にはSaint-Paulだった1940〜50年代に、サン・ポール・ド・ヴァンスという名前で、歌われたり、詩に書かれたりしていました(ジャック・プレヴェールやシャルル・トレネなど)。サン・ポール・ド・ヴァンス(Saint-Paul de Vence)と呼ぶと近くにヴァンス(Vence)という町があることが思い起こされますし、詩人にとっては韻が踏みやすかったのではないでしょうか。サン・ポール・ド・ヴァンス(Saint-Paul de Vence)というアーチストによって一般に知られるようになった名前は 、2011年3月22日の省令で正式に自治体の名前となります。 ☆歴史 古代ローマ時代から(現在墓地のある)Plateau de Puy に防衛施設が築かれます。丘の高い位置にある旧Saint Michel du Puy教会と城の近くにだんだんと人々が移り住みサン・ポールの地が生まれます。 中世には、地域を治めていたプロヴァンス伯はサン・ポールに数々の特権を与え、14世紀には地域の中心的な場所となります。ニース伯は1388年にサン・ポールをサヴォア家に属させ、プロバンスの東の国境が再び引きなおされます。サン・ポールは国境にある重要な防衛の地となり、14世紀の後半には壁を高くします。現在でも当時の名残として、石落としが残っているVenceの扉とEsperonの塔を見ることができます。 16世紀にはイタリア戦争の政治的状況からフランソワ1世が町の防衛を強めることにし、1538年にサン・ポールを訪れ新しい城壁を建設することになります。当時最新式の城壁の作り方で、城壁の4つの角に頑丈な突角部である稜堡(りょうほう)があるのが特徴的です。 17世紀のサン・ポールはバロック芸術の時です。17世紀から18世紀にかけて、ヴァンスのアントワーヌ・ゴドー司教によって宗教活動が復活します。教会は、祭壇画や見事な家具で飾られます。同時に軍事的役割も継続して持ち続けます。 19世紀には、画家たちがサン・ポールを発見します。1920年の初めに画家たちがやってきて、豊かな色や光に魅せられます。ポール・シニャック、ラウル・デュフィやシャイム・スーティンも村でキャンバスを広げます。1911年にカーニュからヴァンスまでのトラムが開通しサン・ポールも経由していたため、画家たちはアクセスしやかったと言えるでしょう。このトラムのおかげでサン・ポールの農作物をニース、アンチーブ、グラースへ輸出することができるようになります。画家であり収集家で小ホテル「ロビンソン」(1932年にLa Colombe d’Orとなる)の持ち主のサン・ポール出身のポール・ル宅に画家たちはよく集まります。その時から、壁は彼らの絵画で飾られています。マチスやピカソなどの他の画家も先駆者にならいサン・ポールへやってきます。 20世紀は、俳優、詩人、作家などがサン・ポールにどんどん集まってきます。詩人で映画作家のジャック・プレヴェールがサン・ポールに15年ほど住んでいたため、映画監督たちもこの村に惹かれることとなります。訪れるだけの人たちもいますが、アメリカの作家のジェイムズ・ボールドウィンは17年、マーク・シャガールは20年ほどサン・ポールに定住します。 ☆観光案内 おしゃれなお店がいっぱいで、夏の暑い日でも比較的涼しく歩きやすい路地 サン・ポール・ド・ヴァンスの村の中心には、他のコートダジュールの村々と同じように車で入ることができませんので、村の入口の駐車場に車を止めて歩いてまわることになります。雰囲気はかなりエズと似ていて、夏の間はたくさんの観光客や観光バスで賑わっています。お店はエズのよりもおしゃれで、何よりも歩きやすいと思います。道は、縦に長く坂道が少ないです。狭い路地は夏の暑い日には比較的涼しいので歩きやすいと思います。とてもシックで素敵なお店やギャラリーがたくさんあって、絵画や洋服、ファッションの小物類、アクセサリー、プロバンスの食料品、装飾品などが買えます。村を見て回る時間は短くて1時間ぐらいでしょう。エズを見て回るのは短時間で済みますが、サン・ポール・ド・ヴァンスでは半日や一日過ごすことも可能です。冬の間もいくつかのお店は開いていて、楽しむことができます。 シャガールのお墓 アートがお好きな方は見逃してはいけない村です。 マーク・シャガールが、サン・ポール・ド・ヴァンスに20年間ほど住み、村の墓地にはシャガールのお墓があります。墓地に入ったらすぐに右に曲がり、一番奥の並びの左側にあります。入り口にある地図で確認されてから行かれるとわかりやすいと思います。シャガールはユダヤ人だったので、お墓の上にはお花ではなく小さな石が供えられています。シャガールの二番目の奥さんのヴァランティーヌ・ブロツキー(ニックネームはヴァヴァ)も一緒に眠っています。 20世紀の絵画や彫刻、グラフィックアートのヨーロッパ最大のコレクションを所有するマーグ財団美術館 マーグ財団美術館も近代・現代アートがお好きな方にはとても興味深いと思います。ヨーロッパにおいて20世紀の絵画や彫刻、グラフィックアートの最も大きなコレクションを所有している私立美術館のひとつです。マーグ夫妻が全面的にアイデアをだし出資して、スペインのカタロニア地方の建築家ホセ・ルイ・セルトと、画家や彫刻家、陶芸家が協力して建物や自然の中に溶け込んだ作品(ジャコメッティの中庭、ミロの迷路、シャガールのモザイク、ブラックのステンドグラスとモザイクを敷き詰めた池など)を作り上げ1964年にオープンした他にはない美術館です。現代画家としては、黒田アキなどの作品が展示されています。サイトはこちら 美術館のブティックでは、マーク・シャガールやジョアン・ミロのオリジナルのリトグラフなどが販売されています。詳細はこちら (2012年9月現在)入場料 : 14 €、10歳以下の子ども: 無料 、写真、ビデオ撮影 : +5 € 10月−3月: 10時-13時 / 14時-18時、4月-6月 : 10時-18時、7月-9月: 10時-19時 入場は閉館の30分前までです。 アクセス:“Colombes d’or”のある村の入口から村の外に出て、15分程度青い「La Fondation Maeght」とかいてある看板に従って坂道を上がっていくと自然の中にあります。もしくは、ニース発ヴァンス行きの400番のバスで「(St Paul) Village」のひとつ手前「Fondation Maeght」で降りて徒歩すぐ。ヴァンス発ニース行きの400番のバスに「(St Paul) Village」から乗るとひとつ目のバス停が「Fondation Maeght」です。 「オランジーナ」のCM撮影ロケ地 日本でもサン・ポール・ド・ヴァンスはよく知られているようです。日本の元アナウンサーが結婚式を挙げたり、フランスのジュース「オランジーナ」のCMが撮影されたりした場所でもあります。このCMが撮影されたカフェはとても有名なカフェです。ペタンクというフランス発祥の球技をしている人たちの姿がカフェから見えプロバンスの雰囲気がよく出ているので、数多くの映画も撮影されています。CMはこちらでご覧になれます。 また、フランスの俳優イヴ・モンタンがよく通ったカフェや住んでいた家があります。 ☆ステファニーのお勧めレストランは 村の入り口にあるコロンブ・ドール(La Colombe d’Or)が村とても有名です。たくさんのアーティストは絵画やデッサンをレストランに置いていったので今でも見る事ができます。残念ながら食事は以前に比べると評判ではありませんが、テラス席はとても快適です。詳細はこちら 村の入り口の左側にあるLe Tilleulもオススメです。Le Tilleulは菩提樹という意味で、菩提樹の下のテラス席はとてもここちがよいです。何品か注文してシェアもできます。私はここのボンゴレスパゲッティ、リコッタチーズと野菜のラザニアが好きです。サンポール産の数限定のワインも飲めます(注文できる量にも制限があります)。詳細はこちら アラン・ロルカ(Alain Llorca)が村の出口にあります。ミシュランガイドで1つ星です。レストランから見える村の景色がびっくりするぐらい素敵で、食事もおいしいです。詳細はこちら ・ホテルは 村の中ですと、ル・サン・ポール(Le Saint Paul, relais et chateaux)の部屋から見える村の景色はとても奇麗ですし、何よりも心もこもったサービスが受けられ自分の家に居るような気持ちになります。食事もとてもおいしいです。詳細はこちら 村の外ですと、ホテル ラ グランド バスティード(Hotel la grande bastide Saint Paul)があります。村まで無料のシャトル(素敵なシトロエン2CV)がでています。 詳細はこちら ・カフェは ペタンクをしている人たちのいる村の入口にあるカフェのテラスが雰囲気があります。夏にはロゼかお好きな方(通な方)はパスティスを! ・お勧めのお土産 一番のオススメはla Maison Godetの香水です。サンポールの香料会社で3代目のお孫さんの娘さんが継いで経営されています。地域の花と果物を原料に作られた希少な香水を作られています。トゥレットシュルルー村産のスミレ花の香水や、サンポール産のオレンジの花の香水”voyage à saint Paul”(サンポールへの旅)など素敵な香水があります。 村の中には他にも素敵なお店がたくさんありますのでお好みの品が見つかるのではないかと思います。 ☆マイ コートダジュール ツアーズは、ルノワールの家、ロザリオ礼拝堂、サン・ポールツアーを運行しています。 サン・ポール・ド・ヴァンスでは1時間フリータイムを設けています。詳細はこちら ☆アクセス バス:ニース市内発400番Vence行きのバスに乗り、「(St Paul)Village」まで1時間程度。 30分から45分ごとに出ています。こちらのHP上で400の時刻表をword かPDFで見られます。 電車:最寄りの電車の駅はカーニュ・シュル・メール(Cagnes sur Mer)です。 ・カーニュ・シュル・メール「Cagnes sur Mer」SNCF駅のバス停「Square du 8 mai」から400番Vence行きのバスに乗り「(Saint-Paul) Village 」下車 所要時間15分〜20分程度 ・パリからTGVの場合は、最寄り駅はアンチーブ(Antibes)かニース(Nice)駅です。 「Cagnes sur Mer」SNCF駅まではローカル電車(TER)でAntibes駅から13分程度、Nice駅からは16分程度 ローカル電車(TER)の時刻表はこちら TGVの時刻表はこちら サン・ポール・ド・ヴァンス観光局 サイト 英語版はこちら

絶景エズ村

エズ村は、コートダジュールへ観光にいらした際には外せない場所です。短い滞在でもニース、エズ、モナコは最低限訪れて頂きたいです。 タイトルをクリックするとその内容へジャンプできます。 ☆地理・名前の由来 ☆鷲の巣村 ☆エズの歴史 ☆エズ村(旧市街地)の観光案内 ☆お勧めホテル ☆お勧めレストラン ☆お土産 ☆アクセス *こちらのページは、観光ガイドの代わりとすることが目的ではなく現地ガイドの経験から便利で役に立つ情報を提供できたらという思いから作りました。 *お勧めのレストランやお店に関するコメントはステファニーの個人的な意見です。 ☆地理・名前の由来 エズ村はニースとモナコの間にあって、ニースから12キロ、モナコから8キロ、海から垂直に切り立つ崖の上の海抜420mの所に位置します。 エズという名前はSaint-Laurent d’Eze湾にあるAvisio港に由来しているか、もしくはフェニキア人が岩山の上で崇めた(エジプト神話の女神)イシス女神に関係すると言い伝えられています。 ☆鷲の巣村 エズ村は鷲の巣村の代表的な村といえますが、コートダジュールやプロバンス地方、イタリアなどに多数の鷲の巣村があります。鷲の巣が、卵や雛を守るために山や崖の頂上や他の動物にはアクセスできない所にある様子と村の様子が似ているため鷲の巣村と呼ばれています。 その背景としては以下の3つが挙げられます。 1. 天候:全ての鷲の巣村は南向きとなっています。南にある太陽に向かって作られた家は北と北西に背を向け、特に冬の風から身を守ることができるようになっています。 2. 防衛:山の頂上にあるので遠くから敵(造られた当時はスペインの海賊や北アフリカの異国人など)が攻撃してくるのを早くみつけることができます。住民や家畜を守るための手段だったといわれています。たいていの鷲の巣村には頂上に城塞やシャトー(城)があります。11世紀に農民が保護を求めて領主の周りに集まったためだと言われています。 3. 宗教:鷲の巣村は鉄器時代の遺跡といわれています。ケルト系イグリア族の文明で紀元前350年から600年頃に造られたのではないかと言われています。 ☆エズの歴史 エズの地域に残る一番古い人々の住んだ痕跡はバスティード山にあって鉄器時代、紀元前2000年までさかのぼります。この地域にいた遊牧民のケルト系リグリア族が数多くのカステララスという乾いた石を重ねた囲いを現在のエズ村のある辺りや標高567メートルのバスティード山などの高い所に作ります。その後、古代ローマ人やガロ・ローマ人に占領されます。 ローマ帝国時代が終わるとこの辺りは外からの侵略にさらされるようになり、防御を強めることになります。エズ村を造り少し経ってから10世紀には、80年近く北アフリカのイスラム教徒であるムーア人に占拠され、プロバンス伯ギヨームが10世紀末に奪い返します。 12世紀に城が建設され、13世紀には領主であるプロバンス伯のレイモンド・ベランジェー5世に占領され、13世紀半ばから14世紀はアンジュー・プロバンス伯に属します。14世紀末にはサヴォア家に属し、城塞を修理補強し2重の扉のある要塞を作ります。15世紀初頭には”Communautas”「共同体」として自由になります。16世紀半ばにはバルバロス提督率いるオスマン艦隊とその連盟フランス艦隊に占領されます。18世紀初頭にはスペインの継承戦争の際にフランス軍によって城を破壊されます。18世紀末には一度フランス領となりますが、19世紀初頭には再びサヴォア家に戻り、19世紀半ばにフランス領となります。 第1次世界大戦の終わり頃までは、エズの人々は畑で野菜や果物を栽培したり山羊や雌羊、小規模な養蚕で生活してゆきます。 現在は、城の遺跡が熱帯植物園の上に残っていて、そこからとても美しい地中海を望む景色が見られます。 ☆エズ村(旧市街地)の観光案内 エズの見どころは、景色と町並みです。エズ村は他のコートダジュールの村々と同じように中心街には車で入ることができませんので、村の入り口にある駐車場から村までの坂道を歩くことになります。村の中はとても静かで快適です。村自体は広くないので1時間あれば廻りきれます。村の中のお店に立ち寄ったりしてゆっくりする場合にはもう少し時間がかかるでしょう。 重要:駐車場から村までの道は急な坂道になっていて、村の中にはたくさんの階段があります。べビーカーやハイヒールはお勧めしません。滑りやすいので歩きやすい靴がよいでしょう。 村は迷路みたいなつくりになっていますが、迷子になるほどではありません。村のほうに向かって登り、入り口のほうに向かって下ります。 エズは観光地として有名になり、4月から観光客で賑わっています。あまり混雑せず、暑すぎない朝か夕方に行かれることをお勧めします。道を登ったり下りたりしないといけないので暑い時間帯ですと大変です。 11月から2月の冬シーズン中は、村の中にあるお店は(夏の間は休みをまったく取らないため)閉まっていることが多いです。お店に立ち寄る時間が省かれる分、村を廻りきる時間が夏より短くなると思います。レストランは冬シーズン中は、順番にオープンしています。 ガイドブックには熱帯植物園が必ず掲載されています。入場料は6ユーロ(2018年夏時)で城の跡地のある村の頂上へ行くことができます。植物をみるよりも景色を見るために皆さん登られているのが実情だと思います。地中海を背景に屋根の上から村が望め、最高の景色が見られます。植物園は年中無休で下記の時間帯にオープンしています。 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 09:00 16:30 09:00 16:30 09:00 16:30 09:00 18:30 09:00 18:30 09:00 18:30 09:00 19:30 09:00 19:30 09:00 19:30 09:00 18:30 09:00 16:30 09:00 16:30 曇っていて景色があまり見えない日には、同じ6ユーロを払うならば下の写真のシャトーエザのテラスでカフェを飲む方が快適かもしれません。シャトーエザでは夏の間はフランスではとても珍しいアイスコーヒーを飲むことができます。 ☆お勧めホテル 村にはシャトーエザとラ・シェーヴル・ドールの2つの大きなホテルがあります。 私は個人的にはラ・シェーヴル・ドールのほうが好きです。お部屋は村の中に点在していて、まるで自分の家に帰るような印象を与えてくれます。 エズ村にはあまり住んでいる人がいませんので(エズの観光局に伺った所20人ぐらいだそうです)夜になると人影は少なくなり、エズに宿泊されるととても静かな夜を過ごすことができるようでしょう。 ☆『ステファニーのお勧め』レストラン ラ・シェーヴル・ドールのレストランは思わず息を呑む景色が見える見事な庭にあって、3段階の値段に分かれた3つのレストランがあります。私は、この素晴らしい環境でクラブサンドイッチを食べるととても幸せな気分になります。 よりお手軽なレストランとしては『ルガスコーニュ(le gascogne)』がバス停のすぐ前にあってオススメです。 ☆お土産 残念ながらエズの典型的なお土産は特にないのですがフラゴナールという有名な香水の工場があります。たくさんの現地の材料を使ってエズにある工場で石鹸や化粧品が作られています。 (フラゴナールについての記事はこちら).村への坂道の途中にもお店があって、家の中で使う物や洋服などがおいてあります。 ☆マイ コートダジュール ツアーズは、『絶景エズ村とモナコ公国半日ツアー』を毎日運行しています。 ミニバスの特徴を生かして4時間でまわります。短時間で、しかし決して急ぐこと無くエズとモナコ両方に行かれたい方におすすめの、当社一番人気のツアーです。詳細はこちら ☆アクセス バス:エズ村ヘ公共交通機関を使って行く場合には、バスをお勧めします。ニースからですとトラムに乗ってVauban駅にVaubanバスターミナルがあります。朝7時から19時ぐらいまで1時間に1本程度出ているようです。トラムで1度使ったチケットをそのままバスでも使用できます(乗換1回可能)。所要時間は30〜40分程度ですが、交通状況によって時刻表どおりでないことがあります。 モナコからもバスが通っていますが、本数が限られていて日曜祝日は運行しないためご注意ください。こちらも1.50ユーロで行くことができます。 (最新の時刻表はこのページの下のリンクからご確認ください) ・ニースからバス 『Nice Vauban』バスターミナルから 82番Plateau de la Justice行きか112番Beausoleil行きのバスに乗り、『Eze Village』下車 所要時間30分程度 時刻表(2013年夏時点) 06:30 07:00 * 08:00 09:00 * 10:00 11:00 * 12:00 13:30 14:00 * 15:00 16:10 * 17:10 18:30 * 19:10 *112番のバス エズ村(Eze village)発 ニースVaubanバスターミナル行き 07:12 08:15 * 09:02 10:10 * 10:47 12:10 * 12:47 14:17 15:25 * 15:52 17:30 * 18:07 19:07 19:40 * 19:57 *112番のバス 時刻表どおりにバスが運行されないこともありますのでお時間に余裕を持ってお出掛けください。 ・モナコからバス モナコ・モンテカルロSNCF駅バス停『Pont Ste-Devote』から 112番Nice Vauban行きバスに乗り『Eze Village』下車 所要時間15分程度 電車:エズ村の最寄りの電車の駅は『Eze bord de mer』ですが、村までは1時間半ほどかけて「(哲学者の)ニーチェの道」と呼ばれている登り道(山道、400メートルの高さ)を登っていかないといけませんのであまりお勧めしません。この坂道を歩きながらニーチェが『ツァラトゥストラはこう語った』の何部かを構想したと言われています。下りは50分程度かかるようです。 電車の駅からバスがエズ村まで出ていますが、10時頃から18時頃まで1時間に1本程度で少ないので要注意です。タクシーは駅前にあまり止まっていないようです。 ・エズSNCF『Eze bord de mer』駅バス停からバス 83番Plateau de la Justice行きのバスに乗り『Eze Village』下車 所要時間16分程度 バスの時刻表はこちら、サイト上右側にある時計のマークの下にあるTimetablesにバスの番号を入力すると表示されます。(82番の時刻表には112番のEze Villageまでの時刻表も含めて表示されているようです。) *時刻表どおりにバスが運行されないこともありますのでお時間に余裕を持ってお出掛けください。 電車の時刻表はこちら *電車の駅から村までは徒歩では1時間半程度かかります。 車:車で行く場合には村の入り口に駐車場があります。夏の間はいつも満車ですので、もう少し離れた場所にも駐車場があって、そこから村まではシャトルバスのサービスがあります。 ☆リンク 旧エズ観光局サイト日本語はこちら 新エズ観光局サイト 英語はこちら