フェルナン・レジェとガラス作りで有名な鷲ノ巣村ビオット

ビオットは、気泡が入っている吹きガラス作りやフェルナン・レジェが晩年を過ごしたことでよく知られている鷲ノ巣村です。 *こちらのページは、観光ガイドの代わりとすることが目的ではなく現地ガイドの経験から便利で役に立つ情報を提供できたらという思いから作りました。 *お勧め情報はステファニーの個人的な意見です。 ☆地理・人口 ビオットは、カンヌとニースの間、海から4km、ニース空港から15分の丘の上にあります。人口は、約9千人でどんどん増えてきてきます。 ☆ビオットの歴史 ビオットの周辺には先史時代から人々が住んでいた痕跡が残されています。ケルト・リグリア部族がビオット周辺を長い間占領し、ローマの後ろ盾のあるギリシャ文明のアンティポリス(アンティーブ)と争います。リグリア部族は、154年にローマに破れ、現在の旧市街に少しずつ街が築かれます。ローマは5世紀に渡りこの地を占領し、今日でも観ることができる歴史的建造物が造られます。 中世 ローマ支配終焉後から中世開始までの期間は、あまり知られていません。1209年には、ビオットの領土権を所有していたプロヴァンス伯爵は、「自分と両親の魂の救済」のために、ビオット領土権をテンプル騎士団に寄付します。当時の村はアーケード広場や教会といくつかの家で構成されています。テンプル騎士団は、ビオット村の周辺の土地を購入したり、寄付により取得し、領土を統一します。 テンプルの騎士団がいなくなった後、ビオットの領土は、エルサレム・聖ヨハネ救護騎士修道会(1530年にはマルタ騎士団となります)、とグラースの司教に委託されています。この状況は、フランス革命まで継続されます。 16世紀〜19世紀のビオット、陶器造りの発展 村はさらに大きくなり、16世紀と17世紀の間は栽培と陶器によって村人は豊かになります。 1707年と1746年には、外部から2回侵略を受け、村は部分的に破壊され、作物に大損害を受けます。 16世紀から、ジャール(Jarre)と呼ばれる大瓶造りが盛んになり、ビオットは陶器生産の重要な中心地と変化していきます。しかし、19世紀には、陶器造りや、石材の採掘や切り出し業は減っていきます。 20世紀から現在 20世紀初めには陶器業は衰退します。ビオットでは、農業、特にブドウ栽培と園芸が盛んになりますが、1960年頃には後退し、新しい活動が始まります。  ソフィアアンティポリスのビジネスパーク、ヨーロッパの最先端の技術集積都市の大部分が、ビオットの郊外に1970年に設立されます。 INRA(国立農業研究所)、INRIA(コンピュータサイエンスおよび自動の研究のための国立研究所)、CNRS(フランス国立科学研究センター)、ニース・ソフィアアンティポリス大学の研究センターがビオットに創られ、ハイテク企業と肩を並べます。同時に、芸術や工芸品が盛んになります。フェルナン・レジェ(Fernand Léger)やレイモン・ペイネ(Raymond Peynet)、他の芸術家がビオットに定住します。 1956年には、エロイ・モノー(Eloi Monod)はビオットのガラス製品と気泡が入っている吹きガラスを造ります。ビオットは、芸術の町となります。 ☆観光情報 旧市街では、いつくもの工芸工房が並ぶサン・セバスティアン通り(Rue Saint Sébastien)や教会に近い中世の雰囲気の残るアルカド広場(Place aux Arcades)あたりをゆっくり散策されるとよいでしょう。 ・国立フェルナン・レジェ美術館(Le musée National Fernand Léger) 1905年から1955年の間に創作されたフェルナン・レジェの作品が常時展示されている唯一の美術館です。フェルナン・レジェは晩年にビオットに移り住み、弟子のロラン・ブリス(Roland Brice)やクロード・ブリス(Claude Brice)と共に陶器の作品を造りました。 定休日:火曜日、12月25日、1月1日、5月1日 開館時間:5月から10月:10時-18時、11月から4月:10時-17時 入館料:常設展示5.50ユーロ、臨時展示会があると+2ユーロ程度となります。 アクセス:アンチーブから10番のバスで15分程度、SNCF国鉄のBiot駅からも10番のバスで3分程度「Fernand Léger」で降ります。 住所:Chemin du Val de Pôme ・陶芸歴史博物館(Le musée d’histoire et de céramique biotoises) 16世紀〜19世紀にはビオットは陶器造りで栄えていました。その頃を様子がうかがえる博物館です。 定休日:<6月16日-9月15日>月曜日、<9月16日-6月15日>月曜日・火曜日 開館時間:<6月16日-9月15日>10時-18時、<9月16日-6月15日>14時-18時 入館料:4ユーロ(日曜日は2ユーロ)、16歳以下無料 住所:Rue Saint Sébastien(中心街にあります) ・ビオットガラス工場 (La Verrerie de Biot) ガラスのエコ美術館が中に入っていて、ビオットの吹きガラスの歴史や製造過程の秘密なども紹介しています。 定休日:1月15日-28日 開館時間:<夏>月-土9時30分-20時、日・祭日10時30分-13時30分、14時30分-19時30分 <冬>月-土9時30分-18時、日・祭日10時30分-13時30分、14時30分-18時30分 ガラスのエコ美術館入館料:3ユーロ、7-14歳:1.5ユーロ 住所:Chemin des Combes(中心街から800メートル、徒歩10分程度) ・盆栽博物館(Le Bonsai Arboretum) 世界の盆栽をあつめたOKONEKファミリーのコレクションが見られます。 定休日:火曜日 開館時間: 10時-12時、14時-18時 入館料:4ユーロ 住所:Chemin du Val de Pôme ☆レストラン 村のふもとに1つ星レストランのLes Terrailliersがあります。建物は、16世紀の陶芸工房を改装したもので、歴史を感じながらおいしい料理が食べられます。 Les Terrailliers 住所11 Chemin Neuf, 06410 Biot 定休日:水曜日・木曜日、11月 村の中にあるクレープ屋さんCrêperie-Auberge du vieux villageでは、手軽に美味しいプロバンスクレープが食べられます。  Crêperie du Vieux Village 住所:29 Rue St Sebastien, 06410 Biot ☆お土産 ガラス製品や工芸品などが村の中心に走っているサン・セバスティアン通り(Rue Saint Sébastien)に並んでいます。 6 Rue Saint Sébastienには、ビオット在住の日本人スタッフがいるインテリア・雑貨屋さんSud Lointainがあります。おしゃれなインテリアや雑貨商品、お土産にもなる現地の写真ギァラリーもあります。日本語で話せますし、美味しいレストランや楽しいところなどを紹介してくれます。是非、立ち寄ってみて下さい。 ☆アクセス アンチーブから10番のバスで25分程度、電車のBiot駅からも10番のバスで10分程度Biot Villageで降ります。 Envibus10番時刻表 ☆マイコートダジュールツアーズでは、小さな村々巡りツアーでアクセスが難しいビオットへ効率よくご案内します。 ☆リンク ビオット観光局

中世の可愛らしい小さな村ヴァルボンヌ

Valbonne

フランスのハイテクパークであるソフィア・アンティポリスの近くにあるヴァルボンヌの村は、自然に囲まれ穏やかで温かい雰囲気です。特にローマ時代の街作りの計画に基づいて作られた碁盤目に区切られた街が今でも中世の雰囲気を残していて、とても素敵です。 (写真:Ville de Valbonne Sophia Antipolis)  *こちらのページは、観光ガイドの代わりとすることが目的ではなく現地ガイドの経験から便利で役に立つ情報を提供できたらという思いから作りました。 *お勧め情報はステファニーの個人的な意見です。 ☆地理・人口 ニースから西に30キロ、カンヌから13キロ内陸に入った山の中に位置し、自然に囲まれた村です。人口は1万1千人です(2003年)。 ☆ 歴史 先史時代と古代ギリシャ・ローマ文明 ヴァルボンヌの周りにある丘で行われた発掘により、コートダジュールの田舎のこの地域に古代から人間が暮らしていた形跡が見つかっています。数々のローマの瓦やアンフォラという古代ギリシャやローマ時代の取って付き壷やオイルや種を保存しておくためのかめなども見つかり、紀元1世紀頃から農業が行われていたことがわかっています。ソフィア・アンティポリスの近くにある水路橋の遺跡は、ローマ時代にアンチーブまで水を運んでいたものです。 修道院とシャレ大修道院の影響 ヴァルボンヌの歴史は、長い間修道院の歴史と密接な関わりがあります。ヴァルボンヌ(Valbonne)という名前(« Vallis Bona » 良い谷)は、13世紀に修道院設立とともに、アンチーブのオリビエ司教からプラド神父に贈られた土地として初めて記されます。 シャレ修道会に属する修道士の数は最も栄えていた時には1200ほどになり、ヴァルボンヌを含め修道院の数は13にもなります。シャレ修道会の力が14世紀には衰え、大修道院はアヴィニョンの聖アンドレのクリュニー修道院と統合した後、グラースの司教から1346年にレランス大修道院へ贈られ、修道院として使われていきます。 1387-89年のレイモン・ド・チュレンヌ(チュレンヌ副伯、ボーフォート伯)によるクレメンス七世(アヴィニョンの教皇)に対する暴動による被害と、ペストの被害によって、大修道院の管轄する地域の村々の人口は過疎化します。 ヴァルボンヌ村 グラースの司教で、レランス大修道院長であったグリマルディ家のオーギュスタン氏が1519年に率先して、近隣の共同体の助けを借り、1351年からのペストの被害を受けた村を再建します。1199年に導入されていたシャレ大修道院の横に村は造られます。 建築様式は、ローマ時代の長方形の街作りの計画に基づいて、中央通り、そこに直角に交わる道と中央にある広場が造れます。主に防御的な理由で、城壁の家には、外部への扉がありませんでした。 この村の領主は、10 分の1税を取り、小麦を挽いたりパンを焼く権利、ブドウやオリーブをつぶす権利を持ち、長い間住民達は献呈を続けていきます。 今日皆さんがご覧になられる村はほとんど当時のまま維持されています。 16世紀から20世紀までの発展 20世紀の半ばまでヴァンルボンヌはオリーブやワイン用のブドウや、香水の原料となるバラやジャスミンを栽培し農業が中心の村でした。20世紀の初頭にセルヴァンというブドウの栽培が始まり、現在でもその名残りが1月最後の週末に行われる聖ブラシウス祭りの際に見られます。 第二次世界大戦中には、占領された地域からの難民がヴァルボンヌ村に到着します。平和が戻った後、1950年に発展が進みます。海岸沿いが人口過密となり、その周りの農業や林業の土地がある地域では農業が衰退したことにより、多くの一軒家が立ち並ぶようになります。この開発は、通信システムが改良されたことと公共施設が建設されたによって促進されます。商業や工芸品、観光やレジャー関連機関も同時に発展して行きます。 ☆ 観光情報 ヴァルボンヌの見所は、特にローマ時代の街作りの計画に基づいて作られた碁盤目に区切られた可愛らしい街(村)並みです。村の中にはアンティークやインテリアのお店があって、ゆったりと散歩ができます。坂道を降りた所にある教会も中世からあり雰囲気があります。 アイスクリーム屋 Le Glacier は地元でも人気です。Le Glacier, 26 Rue Eugene giraud, 06560 Valbonne  東京のデパートに卸しているショコラティエ クリスチャン・カンプリニ Christian Camprini がありますので、お土産にお勧めです。 Christian Camprini 11, rue de la République 06560 Valbonne Tél. 04 93 75 03 61 地元で人気でケーキ屋さんは Patisserie Lenoir 14, Blv Carnot, 06560 Valbonne とても有名なチーズ屋さんが村の中にあります。 味見もできてチーズによっては真空パックにしてくれます。 ☆ レストラン お勧めのレストランは、村の中心にある広場に面しアーチの横にあるTerre Rossaです。プロバンス料理が食べられお勧めです。 Cadran Solaire  (4 rue Eugène Giraud)は、金・土(夏以外の日)にはランチ時もオープンしていて、洗練されていて美味しい料理が食べられます。 2017年できたレストランLou Cigalon-Maison Martinのシェフは、モナコのアラン・デュカスの3つ星レストラン »Louis XV”で4年、一つ星レストランla Bastide de Moustiers Sainte-Marie »5年、他にも星付きレストランでの経歴があり、こ自身のお店を開かれたそうです。奥さんは日本人でソムリエさんですので、日本語で話ができるので、安心です。 https://www.loucigalon.fr/ ☆マイコートダジュールでは、ヴァルボンヌを含む小さな村巡りツアーを催行してます。 アクセスが難しい村々をまとめて一日でワンボックスカーで効率よくご案内します。 ☆ アクセス アンチーブのバスターミナルからEnvibus 10番のValbonne行きに乗り終点で降ります。50分から1時間程度かかります。時刻表はこちら カンヌからは、駅横のバス停から630番のバスで45分から1時間です。時刻表はこちら グラースからは530番のバスで40分程度、ムアンサルトーからは同じバスで15分から20分です。時刻表はこちら 写真:Ville de Valbonne Sophia Antipolis ☆リンク ヴァルボンヌ・ソフィアアンティポリス観光局のサイト

イタリアとの国境近くのレモンの町マントン

「フランスの真珠」とも呼ばれているイタリアとの国境近くのレモンの町、マントンについてご紹介します。 タイトルをクリックするとその内容へジャンプできます。 ☆地理・人口 ☆歴史 ☆気候 ☆観光案内 ☆イベント ☆お土産 ☆レストラン ☆ホテル ☆周辺 ☆アクセス *こちらのページは、観光ガイドの代わりとすることが目的ではなく現地ガイドの経験から便利で役に立つ情報を提供できたらという思いから作りました。 *お勧め情報はステファニーの個人的な意見です。 ☆地理・人口 コートダジュールの最も東にある町マントンはイタリアとフランスの国境近く、モナコとイタリアの間に位置します。マントンはアジェル山(Mont-Agel 1149 m)、ウルス山(Mont-Ours 1249 m) 、ベルソー(Berceau 1200 m)などの険しい山々に囲まれています。 人口は、だいたい3万人程度で、安定しています。傾向としては、若い人が増えてきて、労働人口が増えています。夏の間は8万人以上がマントンを訪れています。 ☆歴史 マントンという名前の起源や最初に住んだ人たちのことはあまりよくわかっていません。確実に分かっていることは、11世紀の終わりにヴァンチミリア伯爵領にPodium PinumもしくはPuypinと呼ばれた要塞化した小さな都市が現在ラノンシアード修道院がある丘の頂上にあったということです。その後、より海の近く、イタリアからつながる旧ローマ街道沿いに新たな村ができます。現在の旧市街地であるお城やサン・ミッシェル教会の辺りが当時の都市の中心でした。 12世紀頃からジェノヴァのヴェントファミリーがマントンの領主となり、14世紀半ばにモナコ領主のグリマルディファミリーが領主となります。モナコ王子オノレ2世がrue Longueに宮殿を持ち、現在ジャン・コクトー美術館である城の要塞を町の防衛のために17世紀初めに建設します。 18世紀には、主に漁業や農業を生業とする住民約4000人が暮らす街となります。 19世紀半ばには、マントンはサルディニア共和国の庇護の元、モナコから離脱し自由都市であると宣言します。1860年には、フランスに帰属することを選び、モナコのシャルル3世はナポレオン3世にマントンの権利を譲り、フランスのアルプ・マリティム県に属することとなります。 1880年からマントンはイギリスやロシアの貴族や観光客の間で人気となり、高級ホテルや高級別荘が建ち並ぶようになります。避寒や避暑のためにフランス皇帝ナポレオン3世の皇后やベルギーのアルベルト1世、ロシアのアレクサンドル、イギリスのヴィクトリア女王などの王族たちやアーティストでは彫刻家ロダン、ピアニスト作曲家のリスト、作曲家シャルル・グノーなどが訪れます。 第1次世界大戦中には、ホテルや高級ホテルは病院として使われます。第2次世界大戦中には、マントンはイタリアに、その後ドイツに帰属します。1944年9月8日に解放された後、再建を続け1960年代には再びコートダジュールの観光地としての地位を築きます。 ☆気候 マントンは、コートダジュールの温暖な気候で、特に亜熱帯の傾向があります。西からの風はアジェル山に遮られ、北や東北からの風からは、アルプス山脈の支脈によって守られています。冬の間も温暖で、晴れています。0度以下になることはまれで、1月の平均的な最低気温は11.3度です。マントンにある植物で代表的な物は、ヤシの木、レモンの木、バナナの木、ジャスミンなどで、温暖なことがよく分かると思います。夏の間は暑くなりますが、7月と8月の平均気温は25度で、海からのそよ風が気持よいです。年間快晴日数は、316日です。 ☆観光案内 マントンは、1991年にコートダジュールで最初、フランス国内で110番目に「芸術と歴史の町」として国に認定された町です。 旧市街は、小さな道が迷路のようにColla rognaという丘から港までつながっています。1993年から旧市街は保護地区と認定され、600の建物は修復対象となり、住民をさらに受け入れより活気のある歴史的地区になる予定です。 丘の上にあった城の跡地が墓地になっていて、ロシアやイギリスの貴族たちなどが眠っています。 サン・ミッシェル教会(Eglise St-Michel)はコートダジュールに残っているバロック様式の建造物としては最も美しい物の一つといわれています。 他にもアデマール・デゥ・ランタニャック邸宅(l’hôtel Adhémar de Lantagnac)や 白色苦業会(Pénitents-Blancs)礼拝堂、黒色苦業会(Pénitents-Noirs)礼拝堂なども見学できます。 ・ジャン・コクトー美術館 2011年11月にオープンしたジャン・コクトー美術館で、セヴラン・ワンダーマン氏が集めた豊富なコレクションが展示されていています。 ・コクトー美術館(要塞美術館) 海を見下ろす17世紀の小要塞の中にある美術館で、毎年違ったテーマの展示がされています。 両方とも火曜日と1月1日、5月1日、11月1日、12月25日以外の10時-18時オープン 入場料は、(Bastion)要塞美術館と新コクトー美術館の両方で8ユーロ(2016年8月時点) 詳しくはこちら ・市庁舎の結婚の間 コクトーは、1957年から58年の間にマントンの市庁舎の結婚の間の壁と天井にカラーの大壁画を作りました。 市庁舎は月曜-金曜8時30分-12時、13時30分-16時30分オープン 日本語の解説を聞くことも可能です。入場料2ユーロ ・庭園 19世紀に、特にイギリス人の植物学者たちがマントンに他では見られない素晴らしい庭を造り、今日でも見学することができます。また花も栽培していて、花が咲く村に与えられる最上級の「4つの花」ラベルが授与され、2008年に金の花という最高の賞をもらっています。 1990年に歴史的建造物として認められたJardins Serre de la Madone (住所 74 route de Gorbio)や国立自然史博物館所有で700種以上の熱帯や亜熱帯の植物のコレクションがあるJardin du Val Rameh (住所 Avenue Saint-Jacques)などがよく知られています。 ☆イベント マントンの街の中で行われるレモン祭り(Fête du Citron®) がとても有名で、ニースのカーニバルと同時期に行われ、両方見ることができます。レモン祭りについてはこちらの記事をご覧下さい。 他にはクリスマスの時期に行われるイベントもあります。 ☆お土産 マントンは温暖な気候のため柑橘類の生産で有名です。お土産には、マントンのレモンを専門としているお店Au Pays du Citronをご覧になるようお勧めしています。このお店では、地元産の柑橘類を使ったジャムやレモンを使ったリキュール「リモンチェッロ」、オリーブオイル、レモンを使ったアルコールなどを販売しています。 ジャムのお店は、 confiture Herbin 2 rue du vieux collège à menton です。 お店のすぐ隣にある工場で無料見学もできます。もちろんお勧めは、マントンの柑橘類のジャムです。みかん、レモン、オレンジ、ゆずの他、キンカンのジャムまであります。 1974年創業で、60%は果物、40%は砂糖で保存料は含まれていません。値段も比較的お手頃だと思います。 マントンの近くで収穫されたオリーブで作られたオ リーブオイルのお店L’huilerie Saint Michelもオススメです。レモンやバーベナの香りのするオリーブオイルなどがあって、たくさんの星付きレストランのシェフがここのオリーブオイルを使っています!パリにも支店が出ているんです。店内はとても綺麗で、サービスもよくて、味見もできます。 そして、おしゃれなフランスの魚の缶詰屋さんLa belle iloiseも日本の皆さんに人気です。 特にハーブとマントンのレモンが入っているサバの缶詰がオススメです。 市場(マルシェ)も素晴らしく、地元産の果物がたくさん店先に並んでいます。 ☆レストラン マントンの料理は、典型的な地中海料理です。地元産の太陽をいっぱい浴びて育った野菜や地中海の美味しい魚、地元のオリーブオイル、山のチーズ、果物、そしてもちろんマントンのレモンなどの材料を使って作られています。 マントンは、イタリアすぐ近くなので、とても美味しいイタリア料理を食べることができます。 広場のすぐ横にあるle café Siniでは、手軽においしいピザやモナコ料理のバルバジュアン(Barbqajuan)が食べられるので、軽食をご希望の方にはお勧めしています。 ミシュランガイドで2つ星レストランLe Mirazur もあります。 イタリアのヴァンチミリアの国境から50メートルにあるBaldi Rossiというイタリアン・レストランは、テラスが海の真上にあって、近代的な洗練されたイタリア料理が食べられます。 ☆ホテル マントンには、観光案内所によると約30のホテル、計1023部屋(4つ星ホテルは1つ、3つ星ホテルは16、2つ星ホテルは7つ、1つ星ホテルは3つと旅行者用ホテルが3つ)、ユースホステルは1つ、シャンブルドットは5つ、家具付き貸し部屋は108部屋ありま す。詳細はこちら ☆周辺 周辺には、鷲ノ巣村やアルプスの中にあるメルカントゥール国立自然公園、モナコ公国、ヴィルフランシュシュールメールなど散歩に適した道や訪れる場所がたくさんあります。 ・マントンのリヴィエラの鷲ノ巣村たち マントンの近くの沿岸地帯に5つの鷲ノ巣村が点々と並んでいます。バロック様式の教会、ロマネスク様式の礼拝堂、プロヴァンスの噴水の中世の館など歴史的な建物やアートギャラリーなどが見られます。 特にロクブリュヌ・カップ・マルタン(Roquebrune-Cap Martin)は標高225メートルにあるマルタン岬の上にある中世の鷲ノ巣村で、20世紀から王族や名士の隠れ家として有名です。他には、Sainte-Agnès (標高800m)、Gorbio (標高503m) 、Castellar (標高365m) 、Castillon (標高782m)の村々がマントンの周辺の鷲ノ巣村としてよく知られています。 ☆マイコートダジュールツアーズでは、ニース発一日で4国巡りでマントンの町を訪ねるツアーをご提供しています。 一日でフランス、モナコ、イタリア・セボルがの4カ国の魅力を満喫する欲張りなツアーです。ニース発だからできる世界でも珍しい一日4国ツアーは、「自慢になる」こと間違いないでしょう。 ☆アクセス バス: ・ニース市内のSEGURANE停留所から100番マントン行きのバスに乗り1時間15分程度(1.5ユーロ)このバスは、沿岸の街 (Roquebrune Cap Martin, Cap d’Ail, Beaulieu sur mer, Villefranche sur mer) やモナコにも停まります。15分から20分ごとに出ています。 時刻表はこちら(右側にあるTimetableに100と入力し、downloadを押すとPDFで時刻表をダウンロードできます。) ・ニース空港からは、110番のマントン行きのバスが出ています。1時間30分程度です(1.5ユーロ)。時刻表はこちら ・近郊の村々を訪れる際には、バスで行くこともできます。時刻表はこちら 電車: ニースからイタリアのヴァンチミリア行きの電車に乗りMenton Centreで下車、40分程度 ニースからは片道4.90ユーロ 時刻表はこちら 電車の駅から5分歩けば海岸に着きますし、街の中心にも徒歩で行けます。 コートダジュールの公共交通機関の情報はこちら ☆リンク マントンの観光局のサイト レモン祭りについての記事

チョコレート・砂糖菓子老舗 メゾン・オエール Maison Auer

フランスは、ケーキやデザートなどのスイーツで有名で、それぞれの地方の特産スイーツもよく知られています。ニースは、気候が温暖で見事な果物が育つことから、砂糖漬けのフルーツと柑橘系のチョコレートが名物です。残念ながら、現在では商品を自ら作っているケーキ屋や砂糖菓子屋は少なくなってきています。また四季折々の商品を扱っているお店もごくわずかです。 メゾン・オエールの魅力は、コートダジュールの季節のスイーツを味わうことができることと大部分の商品がお店で作られているということです。 スイスの若い砂糖菓子職人であったアンリ・オエールは、地中海沿岸の豊かな果物生産に惹かれ、コートダジュール・ニースへやってきて、1820年にメゾン・オエールを創業します。1890年にその息子のアンリ・クレチアンがお店を継ぎ、砂糖漬けフルーツ(フリュイ・コンフィ)が世界中で評判になります。1931年からアンリ・ジョゼフとその息子ジャン・ジャックが継ぎ、現在はティエリー・オエールが5代目となります。 店内の家具は年代物で、雰囲気がとても素敵です。中をのぞくだけでも価値があると思います。 一番よく知られている商品は、「砂糖漬けフルーツ(フリュイ・コンフィ)」で、年間を通して、四季折々の果物を使って作られています。砂糖菓子職人・ ショコラティエである5代目ティエリー・オエールさんは、昔からの味と品質を守るため、砂糖付けにする果物を厳選して作っています。大部分の果物は、現地産です。オエール独自の砂糖漬けフルーツの風味は、杏やレッドグレープフルーツ、いちご、皮付きみかんなどを混ぜて作られていて、大人も子どもも大好きな味です。 オレンジピール・ショコラ(オランジェット)もお勧めです。砂糖漬けされたオレンジの皮がブラックチョコレートで包まれたもので、あっさりしていて味わい深く、チョコレートや甘い物がお好きでない方にもお勧めです。 マロングラッセもとても有名です。 お店の中もとても素敵なので、ぜひ一度ご訪問してみてくださいね。 メゾン・オエール Maison Auer 住所 7 rue Saint-François de Paule 06300 Nice(オペラ座の入り口の正面です) 電話 +33 (0)4 93 85 77 98 火曜から土曜日9時〜13時30分  14時30分〜18時オープン お店のホームページはこちら

ニース Nice

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アンリ・マチス 「毎朝この光を見られるのだと分かった時、自分の幸運を信じられなかった。私はニースを去らないことに決め、私の人生のほとんどの時間をここで過ごした。」 タイトルをクリックするとその内容へジャンプできます。 ☆地理・人口など ☆ニースとニース伯領の歴史 ☆気候 ☆ニースにある美術館 ☆お勧めの観光スポット ☆ニースのイベント ☆お勧めのホテル ☆レストラン ☆ニースでショッピング ☆公共交通機関 ☆リンク *こちらのページは、観光ガイドの代わりとすることが目的ではなく現地ガイドの経験から便利で役に立つ情報を提供できたらという思いから作りました。 *お勧め情報はステファニーの個人的な意見です。 ☆地理・人口など ニースは、フランス南東の端、地中海に面していて、 背後には最高峰が標高3000m以上のアルプスの支脈がつらなっています。 現在は人口35万人程度で、フランス第5の都市です。毎年400万人の観光客が訪れ、パリに次いで第二の観光都市です。ニースには、ホテルの部屋数にして全部で1万部屋近くあります。 ☆ニースとニース伯領の歴史 ニースの歴史は、約40万年前まで遡ります。人々が住んでいたテラ・アマタ(Terra Amata)遺跡があり、当時の生活を復元した博物館が現在もあります。先史時代にもラザレ(Lazaret)洞窟やニース近郊で見つけられた痕跡から所々に人々が住んでいたことが伺われます。紀元前数世紀にはリグリア族やヴェディアン族がニースのシミエの丘や城に住みます。 紀元前6世紀にギリシャ人との商業が始まり、紀元前4世紀と2世紀の間にマッサリア(現マルセイユ)から来たフォカイア人によってニカイア (Nikaïa)が作られます。ニースという名前は、このニカイアに由来しています。ニカイアは現在の旧市街地の一部、海辺の近くに位置しています。 西暦の初めにローマ人がアルプ・マリティム地方の首都としてCemenelumという都市国家を現在のニースのシミエ地区に創ります(現在も円形競技場などの遺跡が残っています)。3世紀には、アンブランという都市にアルプ・マリティムの首都が移されます。5世紀後半にローマ帝国が衰退してから、侵略による混乱の時代が始まります。 カロリング王朝の復興によって、サン・ポンス大修道院が造られます(現在のパスター病院)。フランス王国を3分割相続することと定めた843年のヴェルダン協定後、ニースは様々な王国、とりわけプロヴァンス、そしてブルゴーニュに属します。プロヴァンス伯の一人ギヨームが972年にサラセン人(当時のイスラム教徒、813年にニースに大損害を与えます)を追い返しブルゴーニュの保護下にあった地域を解放します。 中世 その後、プロヴァンスは名目上は神聖ローマ帝国に属しつつ、5世紀にわたって独立国家として存続します。 城のある丘(現在の城跡のある丘)の上に築かれたささやかな街は12世紀半ばからコンスル(行政官)によって管理されます。城壁内には数千人の住民の住む住居や教会、市場、病院、貴族たちが豊かさを競って建てたという塔のある街となります。13世紀には丘の下の現在の旧市街地がある辺りが発展してゆきます。ニースは、プロヴァンスの県庁所在地で、丘の上に城があり軍事的にも重要な役割を担い、プロヴァンスに完全に統合され平和な時代が1382年まで続きます。 1382年から1388年までルイ・アンジュー派とシャルル・デュラ派の市民戦争が行われ、それから(短期間を除いて)1860年までニースとプロヴァンスの一部の地域は、(後にイタリア統一を主導するサルデーニャ王国の前身)サヴォイア公国に属することになります。1482年にヴァール河以西のプロヴァンスがフランス領となり、1526年からニース伯領と呼ばれます。 ルネッサンスとバロック時代 イタリア戦争中フランスがイタリア半島の所有権を主張するのに対抗してサヴォイア公は神聖ローマ帝国皇帝カール5世と同盟を結びます。 1538年にカール5世とフランソワ1世、ローマ教皇パウルス3世で有名なニースでの会議を開き、10年間の休戦に至ります。しかし1543年にバルバロス提督が率いるオスマン艦隊とフランス艦隊がニースを攻撃し、占領します。ニースの伝説のカトリーヌ・セグランのお陰か、丘の上のお城までは占領されずに済みます。サヴォイア公は、ニースの街を守るため城のある丘全体を守る砦をさらに高くことにします。大聖堂と住民は街の下の方に移されます。18世紀初めにシャルル・エマニュエル1世は港をつくることそして元老院(法廷)を造ることを決めます。旧市街地は、バロック様式(大聖堂やLascaris宮殿、le Jésusなど)が優勢な現在の姿に少しずつ近づいていきます。 17世紀末と18世紀初めに2度、フランスのルイ14世によってニース伯領は占領され、砦や城壁を破壊されます。サヴォイア公は、サルデーニャ島を領有しサルデーニャ王国を統治します。18世紀にはニースの街は、宮殿広場、Saint-François-de-Paule通りと Alexandre Mari通り、Garibaldi広場や港などが発展します。バロック様式の建築が続きます(傑作は、Miséricordeチャペルです)。 18世紀中頃に、初めてイギリスから冬期リゾート客(避寒客)がニースに訪れます。そして年々数が増えて行きます。18世紀末にフランス革命の軍隊がニースまできます。 サルデーニャ王国とフランス 18世紀末にニースはフランス領となります。イタリア征服を準備するためにナポレオンが3日間ニースに滞在します。 19世紀初めパリ条約によってニースはサヴォイア公国へ返されます。イギリスや他の国からも避寒客が少しずつ戻ってきます。シャルル・アルベール王は北イタリアにいたオーストリアを追い出そうとした所、敗退し、退位します。後継者のヴィクトール・エマニュエル2世はナポレオン3世に軍事的な助けを受ける見返りとして、サヴォイアとニース伯領をフランスへ併合するプロジェクトが19世紀半ばに生まれます。ニースでは、親フランス派とガリバルディ率いる親イタリア派が対立します。 1860年4月に7912人の登録されている選挙人(21歳以上の男性)のうち6810人がニースのフランスへの併合に賛同します。1860年6月11日にニースは正式にフランスのアルプ・マリティム県の県庁所在地となります。1864年には鉄道が開通し、観光客が増加します。1815年には人口は2万3千人でしたが、1861年には5万人ほどになり、1911年には14万人となります。ニースはたくさんのイタリアからの移民を受け入れます。 ニースの街は貴族や資本家によって管理されます。20世紀の終わりにはヴィクトリア女王などヨーロッパの王族、貴族がニースを訪れるようになります。1925年からは冬シーズンだけでなく夏にも観光客が訪れるようになります。第2次世界大戦中にはニースはイタリアに、その後ドイツに占領され、レジスタンス活動の取り締まりが厳しくなります。ニースの街はアメリカからの爆撃を受け、1944年夏連合軍のプロヴァンス上陸作戦が成功し、ドイツ軍はイタリア国境方面へ撤退し、1945年5月8日終戦となります。 その後は、富豪、著名人、芸術家たちがニースを訪れるようになります。ルノワールやマチスなど20世紀を代表する芸術家たちが、訪れ、定住し、創作し、現在も美術館という形でニースに残っています。 歴史的に、1388年から1860年までニースは後にイタリア統一を主導していくサルデーニャ王国の前身であるサヴォイア公国に属していたため、イタリア文化に強い影響を受けていて、今日でもニースの建築や料理、ライフスタイルにみることができます。 また地理的にもイタリアに近いため、現在でもニースの人たちは買い物や食事をするためにイタリアへ頻繁に行っています。そのため北イタリアではフランス語が通じますし、ニースでもイタリア語は通じます。ニースにはたくさんのイタリア人観光客がいるため、ニースのお店の店員さんたちは、イタリア語と英語が話せることが前提となっています。 ☆気候 ニースは、コートダジュールのように一年中温暖な気候です。フランスの街の中で一番降水量が少ない訳ではありませんが、雨が降ることは比較的少なく、太陽が一年中照っています。フランスで最も太陽に恵まれた(日照時間が長い)街です。 冬も温暖なため、ニースは18世紀に海水浴場となりました。イギリス人やロシア人が冬を過ごしに来ていました。朝と夜は冷えますが、日中は太陽が出てくるので気温が上がります。夏は暑すぎず、湿気は少なく、32度以上になることはまれです。ニースの気候は、プロヴァンスの気候とはまた異なります。プロヴァンスでは、冬はとても寒く、夏はとても暑く、季節の違いが明らかです。 ニースでは、8月の終わりから雷雨が頻繁にあります。9月はとても快適です。夏は日がとても長く6月21日には22時まで太陽が出ています。11月には雨がよく降ります。この時期に水を貯めておくことになります。日がとても短い時期です。特に沿岸地域では雪が降ることはまれです。アルプス山脈は近くにあって(車で2時間、スキー場も近くにあります)、毎年雪が降ります。ニースのお店ではロングコートは売っていませんし、手袋や毛糸の帽子も滅多に使うことはありません。時々ブーツを履くことはありますが、温暖なので数日間だけです。 夏には太陽の光がとても強いので、直接に陽を浴びていなくてもいつの間にか日焼けしてしまいますのでご注意ください。 ☆ニースにある美術館 ニースには多くの美術館がありますので、アート好きの方々には満足して頂けるのではないかと思います。 ・まず国立マーク・シャガール美術館は絶対に外せません。シャガール自身が美術館の計画の段階から参加し、テーマを決めたり、作品を選んだりしたため他では見られないものとなっています。テーマはとても宗教的なため、作品の理解は容易ではありませんが、世界中からの訪問者に高く評価されています。フランスの美術館にしては、入場料は高めといえますが、日本語のオーディオガイドを借りることができます(借りる際にはパスポートを預ける必要があります。オーディオガイドを返却する時にパスポートは返してもらえます。)。日本語のオーディオガイドでシャガールの作品の説明を聞かれると理解しやすくなると思います。フラッシュなしであれば写真を撮ることも可能です。美術館の庭にある小さなカフェで休憩すると気持ちがいいと思います(2月から11月にオープン)。ウブティックでは、日本語でのカタログや現代美術に関する書籍、シャガールの複製、様々な文房具などが置いてあります。 ☆マイ コートダジュール ツアーズは、ニース市内観光ツアーでシャガール美術館・ロシア正教会大聖堂などニースの見どころへご案内しています(入場料込)。 詳細はこちら ・マチス美術館は、シャガール美術館の近くにあります。市の美術館です。写真撮影は完全に禁止されています。美術館では、マチスの全キャリアを通した作品が展示されていて、ヴァンスのロザリオ聖堂の模型が見られます。また建物自体が素敵です。 ・ジュール・シェレ美術館(Jules Chéret)、正式名はニース美術館(Musée des beaux arts de Nice)はあまり知られていませんが、ニースで火曜日に開いている唯一の美術館です。マイコートダジュールツアーズのニース市内観光ツアーでは、火曜日にはシャガール美術館の代わりにこちらにご案内しています。複数の時代にまたがった何人もの芸術家の作品が展示されていて、ロダンの彫刻も見られます。ニースの芸術家デゥフィーの絵画も展示されています。 ・近代・現代美術館(MAMAC:Musée d’Art Moderne et d’Art Comtemporain)はモダンアートがお好きな方には外せません。60年代にアメリカのポップアートと同時に誕生したアートでニース在住かニース生まれのアーチストを集めている「エコール・ド・ニース」の数々のアーチストの作品が展示されています。特にアルマン(Arman)、ベン(Ben)、セザール(Cesar)、ニキ・ド・サンファル( Nikki de Saint Phalle)が有名です。ニースのアートに興味がある方、ポップアートがお好きな方にはこの美術館はお勧めです。この美術館は実に見事です。 ・最後に、マセナ美術館(Musée Masséna)は、ニースの歴史についてもっと知りたい方にはお勧めです。ネグレスコのすぐ隣にあって、市の美術館です。ニースの街の発展や都市化の様子が写真や絵画で見ることができます。ニースをまた違った視点で見ることができると思います。 シャガール美術館、マチス美術館、 ロシア正教会大聖堂へ1日で行かれる場合は、 Open Tourのバスの1日チケットを利用されると便利です。 ☆お勧めの観光スポット お時間があまりない場合でも、ニースの街は大きくはないので短時間で簡単に見て回ることができます。ニースの人たちは、街中を歩いて移動することがとても多いです。街を見て回るためには、タクシーやバスに乗らないで歩いて移動する方がよいでしょう。ただ、シャガール美術館とマチス美術館は中心街から離れていて大きな坂の上にあるため歩いて行くのは難しいと思います。マチス美術館へは特にバスで行かれることをお勧めします。バスは、15, 17, 20, 25番で、下車するバス停は »Arènes / Musée Matisse »です。公共交通機関の詳細はこちら)。 電車の駅の周辺や、海辺の周辺、マセナ広場周辺のホテルにお泊まりの場合は、徒歩で(シャガール美術館とマチス美術館以外の)観光スポットへ移動することが可能です。 一日あれば、ニースの街を見て回り堪能するのには十分だと思います。私がお勧めするプログラムはこちらです。 朝8時からサレヤ広場のマルシェへ行きます。旧市街地内の見つけやすい所にあります。道はまっすぐなので迷子になるリスクはないと思います。月曜日は骨董市で、お花や果物、野菜の市場は火曜日から日曜日まで毎日出ています。途中でカフェのテラスで一息つかれるとよいでしょう。 サレヤ広場の奥へまっすぐ進みます。海辺の近くのホテル・スイスの辺りにあるエレベーター(無料です)に乗り城跡のある丘に登ります。ニースとニースの旧市街地の町並みが見渡せる眺めはびっくりするほど素敵です。 その後、海辺を廻ってみるのもよいでしょう。ランチには、また旧市街地に戻ります。ニースの人たちは、可能な時には日差しと外の雰囲気を味わうためにテラス席で食事をします。真夏でも暑さは耐えられる程度で湿度は高くありません。冬には、外の雰囲気を楽しめるように暖房が炊かれたテラスもあります。旧市街地では迷子になってみてもよいと思います。たくさんの可愛らしい典型的なニースの通りや可愛いお店を偶然に見つけることができると思います。コート・ダジュールのお土産を買われるにはニースの旧市街地はよい場所だと思います。 午後には、シャガール美術館もしくはマチス美術館へ行きます。閉館後、歩行者ゾーンになっていてたくさんのお店のあるジャン・メデゥサン通りで少しお買い物をします。もう少しお時間があるようでしたら、港の方へお散歩へ、ニース発のクルージングに参加されるのもいいと思います。 海水浴、海に足だけでも浸けられることももちろんお勧めします!通常は6月から9月まで海に入ることができます。勇気がある人たちは一年中海水浴をしています。ニースへは海好きな人たち、特に日焼けしたい人たちが集まってきます。夏の間は美術館巡りをするよりも日光浴を好む観光客もかなりいます。 ジョギングがお好きな方にはプロムナード・デザングレは理想的な場所です。どんなに方向音痴な方でも迷子になることはありません。一年中時間を問わずたくさんの人たちがジョギングをしたりサイクリングをしたりしています。 ☆ニースのイベント ニースカーニバルはこちらをご覧ください。 トライアスロンのアイアンマンはこちらをご覧ください。 ☆お勧めのホテル コートダジュールを旅行する際にニースに宿泊されるのは賢明だと思います。ニースの街を観光するのにもちろん便利ですし、モナコやアンチーブ、カンヌに行くのにも便利です(電車やバスで移動すると短時間で行けます)。 まず、一般的には駅周辺に宿泊されることはお勧めしません。日本の方には駅周辺はとても便利に思われるようですが、ヨーロッパでは駅周辺の治安はよくありません。あまり安全ではないため、女性がお一人歩きをされると少し危険に感じられるかもしれません。他の地区にもお手頃な価格のホテルがあります。 いくつかの宿泊プランがあります。 私たちのお勧めのお手頃な価格のホテルは、ホテル・アルベール・プロミエール(Hôtel Albert 1er)です。3つ星ホテルで、マセナ広場の近くにあり、海辺や旧市街地からも歩いてすぐ近くです。とても便利で、この質でこの価格はお得だと思います。 4つ星ホテルの中では、立地がよく雰囲気もよいホテル・ボー・リヴァージュ(Hôtel Beau Rivage)が好きです。メルキュールホテル(Mercure)の マルシェオフルール(marché aux fleurs) と プロムナードデザングレ(promenade des anglais)も立地がとてもよく、信頼できるサービスです。ホテル・ウェストエンド(Hôtel West End)もプロムナード・デザングレにあり立地がよいです。ホテル・ラ・ペルーズ(Hôtel La Pérouse)は中心から少し離れていますが、景色は素晴らしく、ユニークな場所にあります。 高級ホテルとしては、ハイアット・リージェンシー・ニース・パレ・ド・ラ・メディテラネ(Hyatt Regency Nice Palais de la Méditerranée)は、サービスは完璧ですし、スタッフがとても親切で、現代的な雰囲気で、立地もよいのでお勧めします。 ニースの人たちに出会いたい方や少し違った経験をされたい方には、シャンブルドットヴィラ・メッゾ・モンテ(Villa Mezzo Monte)という一般家庭のゲストルームへの宿泊をお勧めします。オーナーはとても親切な夫妻です。中心街の外側のとても奇麗な景色ととても奇麗なお庭があるお宅です。美味しい朝食込みで、ムッシュが駅や必要であれば他の場所まで車で送ってくれます。料金は、お一人もしくはお二人で1泊140ユーロです。特にフランス語を学んでいる方には、ご夫妻は喜んでゲストとお話しをしますので、お勧めです。 ☆レストラン ニースは過去にイタリア領だったこともありイタリアンレストランがたくさんあります。初めていらした方々はびっくりされるようです。野菜を主に使ったニース料理のレストランやもちろんフランス料理のレストランもあります。 代わりにアジア料理レストランは少なく、ほとんどが中華料理です。ファーストフードのアジア料理屋がありますが、中華料理やベトナム料理、タイ料理をまぜた物で、味はあまり美味しくないです。韓国料理やベトナム料理のお店はありません。本物のアジア料理を召し上がるのはパリへ行ってからにされた方がよさそうです。 代わりに、数年前から本物の美味しい日本料理レストランがニースにあります。 私たちの好きなお店をご紹介します。 ・ニース料理: ラ・メレンダ« La Mérenda »は旧市街地にありますが、観光客狙いのお店ではないです。予約する電話番号はありませんし、クレジットカードは使えず、コカコーラも置いてありませんし、椅子は小さくて座り心地はよくありません。しかしニースの人たちには素晴らしいと評判のお店です。メニューのバリエーションは少なく、季節によって、仕入れた新鮮な食材によって変わります。定番のピストゥ・パスタ、モントネーズ・タルト(ピッサラディエール)、季節にはラタトゥイユ、ストックフィッシュ、もしくはドーブ(肉の蒸し煮)を、デザートには、ニースの典型的なタルト・デ・ブレットをお勧めします。 ・ラ・カンティーン・デゥ・ルル« La cantine de Lulu »も同じようなお店ですが中心街にあります。様々なニース料理を味わえる前菜のファランドル・ドントレをお勧めします。店内からシェフのルルさんがキッチンで料理している姿が見られます。 このふたつのレストランは地元の人たちで賑わうお店なため、週末は閉まっています。 ・ビストロ・デゥ・レコール・デゥ・ニース« Le bistrot de l’Ecole de Nice »は2012年秋に、星付きシェフの松嶋啓介さんのビストロです。お手頃な料金で、ニース地方の料理を提供しています。 ・« le Safari »は、旧市街のマルシェの開かれるサレヤ広場の奥にあって便利なのでオススメです。広いテラスがあって、12時から23時までノンストップでオープンしています。ニースの前菜盛り合わせ(l’assortiment d’entrées niçoises)がオススメですが、量が多いのでそれだけでお腹いっぱいになってしまう方もいます。 ・イタリアレストラン オーソドックスなのが旧市街地にある« La voglia »と歩行者天国エリアにある« Villa d’Este » です。とても美味しい料理が頂けますし、量がとても多いので、たくさん注文しすぎないようにご注意ください。取り分けることになると思いますが、人数分の1皿の料理(2人分や3人分と注文できます)で一人当たり十分な量が出されます。ビザやパスタがとても美味しいです。前菜には、ミックス前菜(antipasti misti)を注文されると野菜をたくさん食べられますし、多彩な料理を味わうことができます。 ・海の幸、魚料理 海の幸と魚料理については、« Boccaccio » が昔からある有名なお店です。特に年末には牡蠣がとても美味しいのでお勧めです。 ガリバルディ広場にあるLe « café de turin » も海の幸で有名です。こちらは観光客にはあまり知られていないお店です。 ・フランス料理 一番有名なお店はネグレスコ(Negresco)のレストラン« chantecler » でしょう。2つ星を再びもらった所です。 もう一つ最近2つ星をもらったレストランがあります。« Flaveur »です。 1つ星レストランは、« Jan »と« L’aromate »があります。 ・他の料理 松嶋啓介さんのレストラン« […]

公室御用達ショコラトリー・ド・モナコ Chocolaterie de Monaco

ショコラトリー・ド・モナコの創業されるまでの歴史はまれなものだと思います。1914年、第1次世界大戦の時に塹壕の中で2人の男性、エンジニアのピエール・モランとショコラを愛する若いショコラティエのフランソワ・リキエリが出会い、ショコラトリーを創る夢を語りあい共有します。しかし戦争で怪我をしたリキエリは死んでしまいます。モランは1918年に戦争から戻り、彼らの共通の夢を実現させようと決心します。彼は、才能豊かで情熱のあるショコラティエを雇い1920年にショコラトリー・ド・モナコを創業します。第2次世界大戦後、短期間だけイタリアの大きなショコラトリーがお店を管理していたこともありましたが、それ以外はモナコ人によってずっと営業されています。 ショコラトリー・ド・モナコは公室御用達のお店です。実は、私は一度シャルレーヌ公妃が併設のサロン・ド・テ(喫茶店)にいらした時に、隣でカフェを飲んだことがあるのです! 2017年に店内は改装されて、とてもきれいでモダンになりました。日本人スタッフのいくよさんはよく日本のテレビに出ています。とてもきれいで笑顔が素敵な女性です! モナコのお土産は限られていて、F1グランプリ(Grand Prix)のTシャツやキャップなどもありますが、私はショコラトリーをお勧めします。日本では買うことができない限定商品です。 ショコラトリー・ド・モナコのショコラで一番よく知られているのは、「王冠(Couronne:クロンヌ)」で、1995年にアルベール2世がモナコ大公に即位された際に作られるようになりました。一つずつ個包装されているものもあり、贈り物に適していると思います。 日本からのお客様に人気なのは、ライスクリスピーをホワイトチョコレートでコーティングした「crospies:クロスピーズ」です。砂糖漬けのオレンジピールをブラックショコラでおおった「orangettes:オランジェット」やシュガーレスの板チョコ、シャンパンのショコラもあります。数に限りがありますが箱づめの商品もあります。お値段は、お手ごろだと思います。 夏にはショコラは溶けてしまうので、紅茶をお勧めしています(一年中のお勧めですが)。「モナコブレンド」という紅茶は、アールグレーに近いものです。紅茶は、パックではなくて葉が缶に直接入っています。素敵な缶もあるので贈り物に適していると思います。ショコラティエは、サロン・ド・テも併設されていて、一息つくにはとても快適な所です。 本店は、旧市街地にあって、モナコ大公宮殿と海洋博物館からすぐです。モンテカルロの電車の駅からは、徒歩20分程度です。月曜日から土曜日まで9時30分〜18時30分お昼休みなくオープンしています。

絶景エズ村

エズ村は、コートダジュールへ観光にいらした際には外せない場所です。短い滞在でもニース、エズ、モナコは最低限訪れて頂きたいです。 タイトルをクリックするとその内容へジャンプできます。 ☆地理・名前の由来 ☆鷲の巣村 ☆エズの歴史 ☆エズ村(旧市街地)の観光案内 ☆お勧めホテル ☆お勧めレストラン ☆お土産 ☆アクセス *こちらのページは、観光ガイドの代わりとすることが目的ではなく現地ガイドの経験から便利で役に立つ情報を提供できたらという思いから作りました。 *お勧めのレストランやお店に関するコメントはステファニーの個人的な意見です。 ☆地理・名前の由来 エズ村はニースとモナコの間にあって、ニースから12キロ、モナコから8キロ、海から垂直に切り立つ崖の上の海抜420mの所に位置します。 エズという名前はSaint-Laurent d’Eze湾にあるAvisio港に由来しているか、もしくはフェニキア人が岩山の上で崇めた(エジプト神話の女神)イシス女神に関係すると言い伝えられています。 ☆鷲の巣村 エズ村は鷲の巣村の代表的な村といえますが、コートダジュールやプロバンス地方、イタリアなどに多数の鷲の巣村があります。鷲の巣が、卵や雛を守るために山や崖の頂上や他の動物にはアクセスできない所にある様子と村の様子が似ているため鷲の巣村と呼ばれています。 その背景としては以下の3つが挙げられます。 1. 天候:全ての鷲の巣村は南向きとなっています。南にある太陽に向かって作られた家は北と北西に背を向け、特に冬の風から身を守ることができるようになっています。 2. 防衛:山の頂上にあるので遠くから敵(造られた当時はスペインの海賊や北アフリカの異国人など)が攻撃してくるのを早くみつけることができます。住民や家畜を守るための手段だったといわれています。たいていの鷲の巣村には頂上に城塞やシャトー(城)があります。11世紀に農民が保護を求めて領主の周りに集まったためだと言われています。 3. 宗教:鷲の巣村は鉄器時代の遺跡といわれています。ケルト系イグリア族の文明で紀元前350年から600年頃に造られたのではないかと言われています。 ☆エズの歴史 エズの地域に残る一番古い人々の住んだ痕跡はバスティード山にあって鉄器時代、紀元前2000年までさかのぼります。この地域にいた遊牧民のケルト系リグリア族が数多くのカステララスという乾いた石を重ねた囲いを現在のエズ村のある辺りや標高567メートルのバスティード山などの高い所に作ります。その後、古代ローマ人やガロ・ローマ人に占領されます。 ローマ帝国時代が終わるとこの辺りは外からの侵略にさらされるようになり、防御を強めることになります。エズ村を造り少し経ってから10世紀には、80年近く北アフリカのイスラム教徒であるムーア人に占拠され、プロバンス伯ギヨームが10世紀末に奪い返します。 12世紀に城が建設され、13世紀には領主であるプロバンス伯のレイモンド・ベランジェー5世に占領され、13世紀半ばから14世紀はアンジュー・プロバンス伯に属します。14世紀末にはサヴォア家に属し、城塞を修理補強し2重の扉のある要塞を作ります。15世紀初頭には”Communautas”「共同体」として自由になります。16世紀半ばにはバルバロス提督率いるオスマン艦隊とその連盟フランス艦隊に占領されます。18世紀初頭にはスペインの継承戦争の際にフランス軍によって城を破壊されます。18世紀末には一度フランス領となりますが、19世紀初頭には再びサヴォア家に戻り、19世紀半ばにフランス領となります。 第1次世界大戦の終わり頃までは、エズの人々は畑で野菜や果物を栽培したり山羊や雌羊、小規模な養蚕で生活してゆきます。 現在は、城の遺跡が熱帯植物園の上に残っていて、そこからとても美しい地中海を望む景色が見られます。 ☆エズ村(旧市街地)の観光案内 エズの見どころは、景色と町並みです。エズ村は他のコートダジュールの村々と同じように中心街には車で入ることができませんので、村の入り口にある駐車場から村までの坂道を歩くことになります。村の中はとても静かで快適です。村自体は広くないので1時間あれば廻りきれます。村の中のお店に立ち寄ったりしてゆっくりする場合にはもう少し時間がかかるでしょう。 重要:駐車場から村までの道は急な坂道になっていて、村の中にはたくさんの階段があります。べビーカーやハイヒールはお勧めしません。滑りやすいので歩きやすい靴がよいでしょう。 村は迷路みたいなつくりになっていますが、迷子になるほどではありません。村のほうに向かって登り、入り口のほうに向かって下ります。 エズは観光地として有名になり、4月から観光客で賑わっています。あまり混雑せず、暑すぎない朝か夕方に行かれることをお勧めします。道を登ったり下りたりしないといけないので暑い時間帯ですと大変です。 11月から2月の冬シーズン中は、村の中にあるお店は(夏の間は休みをまったく取らないため)閉まっていることが多いです。お店に立ち寄る時間が省かれる分、村を廻りきる時間が夏より短くなると思います。レストランは冬シーズン中は、順番にオープンしています。 ガイドブックには熱帯植物園が必ず掲載されています。入場料は6ユーロ(2018年夏時)で城の跡地のある村の頂上へ行くことができます。植物をみるよりも景色を見るために皆さん登られているのが実情だと思います。地中海を背景に屋根の上から村が望め、最高の景色が見られます。植物園は年中無休で下記の時間帯にオープンしています。 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 09:00 16:30 09:00 16:30 09:00 16:30 09:00 18:30 09:00 18:30 09:00 18:30 09:00 19:30 09:00 19:30 09:00 19:30 09:00 18:30 09:00 16:30 09:00 16:30 曇っていて景色があまり見えない日には、同じ6ユーロを払うならば下の写真のシャトーエザのテラスでカフェを飲む方が快適かもしれません。シャトーエザでは夏の間はフランスではとても珍しいアイスコーヒーを飲むことができます。 ☆お勧めホテル 村にはシャトーエザとラ・シェーヴル・ドールの2つの大きなホテルがあります。 私は個人的にはラ・シェーヴル・ドールのほうが好きです。お部屋は村の中に点在していて、まるで自分の家に帰るような印象を与えてくれます。 エズ村にはあまり住んでいる人がいませんので(エズの観光局に伺った所20人ぐらいだそうです)夜になると人影は少なくなり、エズに宿泊されるととても静かな夜を過ごすことができるようでしょう。 ☆『ステファニーのお勧め』レストラン ラ・シェーヴル・ドールのレストランは思わず息を呑む景色が見える見事な庭にあって、3段階の値段に分かれた3つのレストランがあります。私は、この素晴らしい環境でクラブサンドイッチを食べるととても幸せな気分になります。 よりお手軽なレストランとしては『ルガスコーニュ(le gascogne)』がバス停のすぐ前にあってオススメです。 ☆お土産 残念ながらエズの典型的なお土産は特にないのですがフラゴナールという有名な香水の工場があります。たくさんの現地の材料を使ってエズにある工場で石鹸や化粧品が作られています。 (フラゴナールについての記事はこちら).村への坂道の途中にもお店があって、家の中で使う物や洋服などがおいてあります。 ☆マイ コートダジュール ツアーズは、『絶景エズ村とモナコ公国半日ツアー』を毎日運行しています。 ミニバスの特徴を生かして4時間でまわります。短時間で、しかし決して急ぐこと無くエズとモナコ両方に行かれたい方におすすめの、当社一番人気のツアーです。詳細はこちら ☆アクセス バス:エズ村ヘ公共交通機関を使って行く場合には、バスをお勧めします。ニースからですとトラムに乗ってVauban駅にVaubanバスターミナルがあります。朝7時から19時ぐらいまで1時間に1本程度出ているようです。トラムで1度使ったチケットをそのままバスでも使用できます(乗換1回可能)。所要時間は30〜40分程度ですが、交通状況によって時刻表どおりでないことがあります。 モナコからもバスが通っていますが、本数が限られていて日曜祝日は運行しないためご注意ください。こちらも1.50ユーロで行くことができます。 (最新の時刻表はこのページの下のリンクからご確認ください) ・ニースからバス 『Nice Vauban』バスターミナルから 82番Plateau de la Justice行きか112番Beausoleil行きのバスに乗り、『Eze Village』下車 所要時間30分程度 時刻表(2013年夏時点) 06:30 07:00 * 08:00 09:00 * 10:00 11:00 * 12:00 13:30 14:00 * 15:00 16:10 * 17:10 18:30 * 19:10 *112番のバス エズ村(Eze village)発 ニースVaubanバスターミナル行き 07:12 08:15 * 09:02 10:10 * 10:47 12:10 * 12:47 14:17 15:25 * 15:52 17:30 * 18:07 19:07 19:40 * 19:57 *112番のバス 時刻表どおりにバスが運行されないこともありますのでお時間に余裕を持ってお出掛けください。 ・モナコからバス モナコ・モンテカルロSNCF駅バス停『Pont Ste-Devote』から 112番Nice Vauban行きバスに乗り『Eze Village』下車 所要時間15分程度 電車:エズ村の最寄りの電車の駅は『Eze bord de mer』ですが、村までは1時間半ほどかけて「(哲学者の)ニーチェの道」と呼ばれている登り道(山道、400メートルの高さ)を登っていかないといけませんのであまりお勧めしません。この坂道を歩きながらニーチェが『ツァラトゥストラはこう語った』の何部かを構想したと言われています。下りは50分程度かかるようです。 電車の駅からバスがエズ村まで出ていますが、10時頃から18時頃まで1時間に1本程度で少ないので要注意です。タクシーは駅前にあまり止まっていないようです。 ・エズSNCF『Eze bord de mer』駅バス停からバス 83番Plateau de la Justice行きのバスに乗り『Eze Village』下車 所要時間16分程度 バスの時刻表はこちら、サイト上右側にある時計のマークの下にあるTimetablesにバスの番号を入力すると表示されます。(82番の時刻表には112番のEze Villageまでの時刻表も含めて表示されているようです。) *時刻表どおりにバスが運行されないこともありますのでお時間に余裕を持ってお出掛けください。 電車の時刻表はこちら *電車の駅から村までは徒歩では1時間半程度かかります。 車:車で行く場合には村の入り口に駐車場があります。夏の間はいつも満車ですので、もう少し離れた場所にも駐車場があって、そこから村まではシャトルバスのサービスがあります。 ☆リンク 旧エズ観光局サイト日本語はこちら 新エズ観光局サイト 英語はこちら

人気のオリーブ・オイル ALZIARI アルジアーリ

お勧めのコートダジュールのお土産の記事でオリーブのおみやげをご紹介しましたが、オリーブを使う食料品で昔から有名で地元の人にも大変人気なのはALZIARIアルジアーリというオリーブオイルのショップです。 ALZIARI はニースの旧市街入り口にあり、オペラ座より手前の右側にあります。ショーウインドーにはオリーブオイル缶、オリーブのせっけんなどが飾られていて、こちらのお店の前を通られると気が付かれるかと思います。木の食器も実はオリーブの木でできています。 ニースで人気のおみやげといえばオリーブを使った食料品です。 昔からオリーブの木は丈夫で、いい香りがするものとして評価が高く、食器にもよく使われてきました。まな板やサラダボールをお料理に使うと、当然オリーブの香りと味が食材にも染み込みます。さらにオリーブの木香が特に好きなのは・・・フランスの猫たちです。オリーブオイルを飲む猫もいて、私の実家に昔からあったオリーブの木でできたローテーブルは何匹もの猫が代々舐めていました。日本の「またたび」と同じです。アルジアーリではオリーブの木でできたボール、サラダに便利な大きいフォークとスプーン、小皿などが買えます。 ショップの中に入ると、正面にあるいくつかの大きなタンクが印象的です。地元で作られた名物のオリーブオイルが入っているのです。他にもいろんな種類のオリーブが買えます。グリーン、種抜き、ガーリック味、プロバンスのハーブの味、ピリ辛のオリーブ等があります。「カユチエ・cailletier」と呼ばれる黒くて小さいのがニース独特のオリーブです。 他にオリーブから作られたタプナードというオリーブのペスート、オリーブを使った化粧品、マルセイユ石鹸なども販売されています。 最近フランスで流行っているのはオリーブオイルのスプレータイプです。小さくて軽いためお土産に丁度良く、値段は一本が7ユーロ位です。ナチュラルなオリーブオイルの他にもフレーバーオイルもあり、トリュフ味や唐辛子味は日本人に大人気です。スプレーが人気になった理由は、色んな味が楽しめるだけでなく、ダイエット効果もあるからです。スプレーなので大量に出ない所が良いです。オリーブオイルとバルサミコ酢のスプレーセットを食卓に置くととってもお洒落で私のお勧めです。日本へは手荷物で持って帰れませんが、缶入りなのでスーツケースに入れても割れる心配がありません。私も大好きなので、2009年に「にじいろジーン」という日本の番組でも紹介しました。 アルジアーリは1868年から家族で経営されていて、旧市街のショップは1936年からです。今のオーナーも仕事にはとっても情熱を注いでいます。家族の伝統、ニースの伝統を大事にしてお店を経営するのがモットーとのことです。 Alziari 14 rue Saint François de Paule 06300 Nice Tel 04 93 62 94 03 http://www.alziari.com.fr/ 営業時間 月曜日から土曜日まで8時半から12時半まで、そして14時半から19時まで 祭日はお休み オリーブの収穫時期の11月から3月までは、オリーブオイルを作っているところがムーランがある工房で見学できます。 ・Alziari(ニース)住所318 Bd de la Madeleine Nice 月曜-金曜9:00-12:30(入場は 11:45まで) /14:00-18:00(入場は17:00まで) アクセス:ニース市内から3番のバスの終点 La Madeleine下車徒歩10分弱

スミレで有名なトゥレット・シュル・ルー

温暖なコートダジュールでは春から秋まで香り高い花があちらこちらで咲き乱れます。その代表格にはバラ、ジャスミン、ミモザ、ラベンダーがあり、観賞用にとどまらず香水の原料としても活躍しています。 香水の都グラースについての記事はこちら あまり観光客には知られていないものの、スミレの栽培も盛んです。11月から3月にかけて花が咲き、町の花屋ではスミレの小さなブーケが手に入ります。スミレのブーケには、「秘めた愛」という意味合いがあります。民家の庭でも咲いているのが見られますが、一番確実なのはトゥレット・シュル・ルー村に行くことでしょう。地元では、スミレといえばトゥレット・シュル・ルー、という位スミレで有名な村なのです。 毎年2月末から3月にスミレ祭りが開かれています。 2020年は2月29日(土)~1日(日)の予定です。 コートダジュールとスミレの歴史は古代ローマにさかのぼります。古くからブーケとして観賞用に売られたり、その薬用効果から、塗り薬やお茶として使われてきました。お茶として服用すると頭痛に効果があると言われています。トゥレット・シュル・ルーでは1880からスミレの栽培が主要産業となりました。スミレの多くがグラースに運ばれ、そこでエッセンシャルオイルの原料となりました。しかしスミレの栽培は非常に困難で、収穫は手作業であるため、近年めっきり生産量が減ってしまい、現在では6農家のみがスミレの栽培を続けています。 ブーケや香水の他に、スミレの花びらはお菓子の原料としてよく使われます。フロリアン(Florian)というお菓子工場は有名で、ここではスミレやバラの砂糖漬けが作られています。収穫された花はすぐに工場に運ばれ、その日のうちにキャンディーが作られます。 花びらはこのように主に食用として使われ、香水に使われることはありません。香水の精油として使われるのは茎のみです。茎は「緑っぽい」香りを出すのに使われ、実際「スミレ」らしい香りを出すのにはアイリスの根が使われます。 トゥレット・シュル・ルーでは、スミレ関連のお土産が沢山見つかります。スミレの砂糖漬けはもちろんのこと、スミレのアイス、スミレのジャム、スミレの蜂蜜、スミレのお茶など。フロリアンではさらにスミレのパスタから、ヌガ、カリソン、チョコなどが売られています。 毎年2月の終わりに有名なスミレ祭りが開かれます。 村の中は、エズ村のような急な坂はないですし、もっと小さいので、歩きやすいです。しかし、石畳なので滑りやすいので、ヒールでの散策はお勧めしません。 村の中にあるブティックの多くは、地元の人々のアトリエです。オリーブの木、陶器、機織り、革製品、ろうそくなど、とても可愛らしいお店が並んでいます。猫もよく見かけるので、私ステファニーののお気に入りの村です。 マイコートダジュールツアーズでは、スミレ祭り当日の日帰りツアーを開催しています。 またコートダジュールの小さな村々巡りツアーでは、公共交通機関ではアクセスの難しいトゥレット・シュル・ルーへご案内しています。 ご希望があればフロリアン(Florian)にお連れできますので事前にお申し出ください。食用のスミレ商品は、現地の者にとってもまだ珍しく、「洗練されたシックな」お土産として人気があります。 ⭐︎リンク トゥレット・シュル・ルーの村のサイト スミレ祭りのサイト ⭐︎アクセス ニースからは400番のバスで一度ヴァンス(Vence)まで行き、ヴァンスから511番グラース行きのバスで10分程度Tourrettes-sur-Loup下車 乗り換えがスムーズにいっても2時間はかかります。

お勧めのコートダジュールのお土産

コートダジュールに旅行にきて、何をお土産に買っていったらよいか迷われることもあると思います。 こちらでコートダジュールならではのお勧めのお土産をご紹介します。 ☆オリーブオイル ☆オリーブの形をしたチョコレート ☆ソッカ・チップス ☆フルーツの砂糖漬け ☆ジャム ☆マルセイユ石けん ☆香水・アロマ ☆セミの置物 ☆ラベンダー ☆プロバンスの生地 ☆プロバンスのサントン人形 Les santons de Provence ☆モナコのF1グッズ ☆モナコのチョコレート専門店 ☆モナコ産オレンジ・リキュール ☆オリーブオイル 地中海沿いの街ニースでは、オリーブは食卓の主役です。ニースの街中でオリーブオイルの専門店を見かけたらぜひ入ってみてください。 素敵なパッケージのオリーブオイルはおみやげにぴったりです。物珍しさで勝負するなら、スプレー式のオリーブオイルはいかがでしょうか? その名の通り、オリーブオイルがスプレー容器に入ったもので、サラダやパスタにシュっと振りかけて使います。少量で広範囲にかけられるのでダイエットには最適ですね。たいていはパッケージのデザインがかわいいので、テーブルの上に常備しておくと素敵です。実際、これをテーブルに置いてあるおしゃれなカフェがニースにあります(Alberti通りにあるEmilie’s Cookiesという、手作りのクッキーがおいしいカフェです)。 このスプレー式オリーブオイルにはいろいろなフレーバーがあります。バジル、レモン、マンゴーなど。いくつかの種類をテーブルに置いておいて、それぞれ好きなのを使ってもらう、というのは素敵だと思います。同じシリーズでバルサミコ酢も売られています。 お勧めのオリーブオイル専門店は、オペラ座のすぐ近くにある老舗、ALZIARIです。こちらの記事でお店の紹介をしています。品揃えが良く、旅行者とニースっ子両方に人気の店です。また、専門店に行く時間が無い方には、スーパーも心強い見方です。ニースの中心街で品揃えが良いスーパーは、モノプリとギャラリーラファイエットのグルメ館でしょうか。特にギャラリーラファイエットは、贈り物に適した素敵な商品が多いです。オリーブに限らず、塩やジャムやクッキーなども素敵なパッケージ入りでおみやげにできます。 オリーブオイル専門店ALZIARIの商品。250ml入りが6,6ユーロから。フレーバー付きは100ml入りが6,9ユーロ。 大型スーパーで買える一般的な商品。250ml入りが6ユーロ台から。 香水瓶の形をしたもの。ギャラリーラファイエットのグルメ館で買える。100ml入りで16ユーロ。 ☆オリーブの形をしたチョコレート ニースらしいおみやげの一つに、オリーブの形のチョコレートがあります。オリーブの様に緑色で、中には種の代わりにアーモンドが入っています。これが買えるお勧めのお店は、旧市街にあるAUER。伝統のある人気パティスリーです。こちらでお店の紹介しています。 ☆ソッカチップス ニースらしいおみやげの食べ物として、ソッカチップスもあります。ニースの名物ソッカはひよこ豆の粉とオリーブオイルで作られていて、見た目は大きめのクレープみたいです。ソッカチップスは、それが一口で食べやすいサクサクのチップスになっていて、甘くなくて塩・コショウで味付けをしてあるので、アペリティフにオススメです。私も大好きです。 ☆フルーツの砂糖漬け フルーツの砂糖漬け(フリュイ・コンフィ)は、四季折々の果物を使って作られていて南仏の名産です。ニースにあるAuerやFrorianが有名で、Frorian では工場見学もできます。 ☆ジャム 南仏ならではの果物で作られているジャムがお勧めです。マントンのレモンやゆずのジャムもあります。 ☆マルセイユ石けん ニースというよりプロバンスらしいおみやげですが、ラベンダーやオリーブなど南仏らしい香りのする石けんは人気があります。ギャラリーラファイエットなどで、一個2ユーロ台で買えるので、会社で大人数に配るといった場合に最適なおみやげだと思います。 ☆香水・アロマ 香水の都グラースにはフラゴナールをはじめとする老舗パフューマリーがいくつかあり、有名ブランドの香水と良質のものを比較的安価で購入できます。フラゴナールはグラースの他にエズ村やサンポール村にも店があります。香水以外にも石けんや化粧品などが買えますが、ここ数年フランスの女性に人気のアルガンオイルは特におすすめです。こちらでフラゴナールの紹介をしています。 南仏では、精油・エッセンシャルオイルも作られていて、オーガニックのものもあります。お勧めはやはりラベンダーでしょうか。薬局で買えます。 ☆セミの置物 二-スにいらっしゃる日本人観光客から「なぜお土産やさんにセミの形のものが多いですか」という質問が多いのでこれにお答えします。確かにニースの旧市街や南仏の観光地のたくさんの店にセミの形をしている物やせみの柄を使っている物を沢山見かけます。ランチョンマット、テーブルクロス、マグネット、石鹸、エプロン、入れ物・・・一番多いのは陶器ですね。なぜでしょうか? フランス人、特に南仏の人にとってセミはとても親しみのある虫です。 6月から8月まで、22度になると鳴き日本とは違う種類で、見た目も鳴き方も違います。暑い時期にしか生きない夏の虫です。 18世紀に有名なラ・フォンテーヌというフランスの詩人が「セミとアリ」という詩を書きました。現在でも小学生が必ず暗唱している詩です。内容は主に「夏はずっと歌って遊んでいたセミは冬になると食べ物がなくて困って、働き者のアリのところに行って餌を分けてくれと頼むのです。」(日本の蟻とキリギリスの話がフランスだとキリギリスではなくてセミなのです)ですからセミといえば夏、夏といえばフランス人にとって大好きな夏休みを意味するのです。 20世紀のはじめから南仏の陶器屋さんにはセミの形をした物を作り、之が地元の人に人気になり、多くの家庭で飾るようになり、幸せを呼ぶ縁起物にもなりました。70・80年代から観光が発達するとともにセミのシンボルも増大したのです。 今でもセミといえば「夏」「夏休み」「のんき」「安逸」のシンボルです。 そしてセミが一番多くて気候が合うのは南仏ですから、南仏の主なシンボルになり、時々こわい顔をしていても無視できないおみやげの一つです。 ☆ラベンダー お土産やさんでセミと同じくらい良く見かけるのがラベンダー。有名な南仏みやげです。プロバンス生地の袋にラベンダーを詰めたものは、タンスの中に入れて虫除け&芳香剤として使います。また、ラベンダーの香りには鎮静効果があるので、この袋を枕の下に置けばぐっすり眠れるかもしれません。 ☆プロバンスの生地 プロバンス・プリントは、ソレイヤード(souleiado)は日本でも有名ですね。 元々はインド更紗にプロバンスの花やオリーブなどのモチーフをプリントしたものから始まったそうですが、今ではプロバンスの特産となっています。 生地だけではなくて、テーブルクロス、ナプキン、鍋つかみ、鍋しき、ランチョンマット、エプロン、カバンなど様々なものがあります。 ☆プロバンスのサントン人形 Les santons de Provence プロバンス・南仏で特徴の有る素敵なお土産はサントン人形です。 こちらではクリスマスになるとツリーの下によく飾るかわいいお人形です。 サントンはキリストの降誕を表現している粘土の10センチほどの人形です。 通常5点セットで飾られます。生まれたばかりのイエス、お母さんのマリア、お父さんのヨセフ、赤ちゃんを息で暖めるうしとろばです。そのセットをクレッシュと言います。 クレッシュの起源は中世時代にあります。もともと人間が役を勤めていましたが、徐々に色んな材料を使ってお人形を作り、現在の形になったのは16世紀です。 革命時代にはクリスマスのミサがしばらく禁止になったため、プロバンスの各家庭でクレッシュを作るようになりました。 プロバンス人はイエスがプロバンス地方で生まれたと信じているのでクレッシュの背景はプロバンスだと言います。 サントンの種類には限がなく、地方によっては独特のサントンがあります。カマルグ地方では馬とフラミンゴ、アルルではアルルの衣装を着たおばさん、エックスではミストラル風で背中を曲げ歩くおじさんのサントンがあります。人形のほかにも井戸、家、木、風水などのサントンもあり様々です。毎年皆が少しずつで買って代々数を増やすのです 。 南仏はサントンの生産所です。アトリエが100箇所以上あり、すべて伝統を守り手作りです。 もともとはパンのみから作られましたが、現在はプロバンスの赤い粘土でできています。 サントンを作るのはプロバンスの伝統的な職業です。 サントンの製造には次のステップがあります。 1. タイプを作る 2. セッコウの鋳型を作る 3. 鋳造 4. 余分な部分を切り落とす 5. 乾燥させる 6. 800度のオーブンで焼く 7. 手でデコレートする 伝統的なサイズは7センチですが、2.5から15センチのもあります。 クリエーターによって値段が違いますが、1個が10ユーロから25ユーロ前後でしょう。 通常12月にツリーの下で飾るのですが、お部屋に飾って一年中楽しむのも良いでしょう。 ニースなどの旧市街などで年末になると販売しているのを良く見かけます。 他にもちょっとかわったサントンを販売しているお店はトゥーレット・シュル・ルーにあります。 ☆モナコのF1グッズ 帽子やTシャツなど、中には結構素敵なものもあります。フェラーリのロゴが入ったお土産など、男性が喜びそうですね。 ☆モナコのチョコレート専門店 モナコの旧市街に、ショコラトリ・ド・モナコという、モナコ王室御用達の有名なチョコレート屋さんがあります。モナコ土産として一番有名ではないでしょうか。ここのチョコレートはニースのギャラリーラファイエットなどでも買えます。ここでしか買えない「ツウな」お土産に、「モナコブレンド」という名の紅茶があります。お店の紹介はこちらから。 ☆モナコ産オレンジ・リキュール もう一つオススメなのが、モナコ市内で収穫されたオレンジで作られたオレンジのリキュールです。モナコならではのおみやげです。L’Orangerieというお店で買うことができます。小さいサイズが可愛くておみやげにちょうどいいと思います。 住所 9 Rue de la Turbie ☆マイコートダジュールでは、ショッピングの同行サービスも行っています。地元の人たちと会話をしながらお買い物をご希望される方にはピッタリです。お問い合わせください。

香水の老舗フラゴナール

別記事で香水の都グラースの紹介をしました。 グラースには旅行者に人気のパフューマリーの老舗がいくつかあります。その中の私のお気に入り、フラゴナールをご紹介したいと思います。 旧市街の中心に、ひときわ目立つプロバンス風のかわいらしい黄色いファサードがあります。それがフラゴナールのショップです。