マンドリュー・ラナープルとミモザ祭り

モンドリューラナープルは、ニースの西36キロの海沿いに位置していて、毎年2月に行われるミモザ祭りは、最近ではコートダジュールの主要な冬のイベントであるニースのカーニバルとマントンのレモン祭りと並ぶお祭りとして認識されるようになりました。昨年のミモザ祭りには、6万人以上が訪れています。 地元のタネロン山で栽培された9トンのミモザを使って山車が造られ花合戦が行われます。このように地元の民間伝承の面を保持しながら、地元のミモザ農園の人々の活動を支援しています。 ☆マンドリュー・ラ・ナプルとミモザの歴史 ミモザは実は、オーストラリアからきた常緑樹です。マンドリューラナプールに冬の間滞在していたVallombrosa公爵、モーレイズ侯爵またはイギリスの元大蔵大臣ブルーハム氏(Lord Brougham)のうち誰がこのミモザを植えたのかははっきり分からないのですが、ミモザはすぐにこの地に順化し、すぐに園芸家や庭師たちに経済的利益を与えるようになります。 20世紀の初頭にすぐにパリの公園でミモザが見られるようになります。また業界団体と最初の商用農園が造られます。そしてミモザを栽培する人々はどんどん増えていき、市場は発展して行きます。毎日の様にミモザの花を載せた電車がカンヌやラナープルの駅から北フランスや外国へと出荷していきます。 1929年2月13日、-9°という寒波がやってきて、ミモザの歴史の中で最初の打撃となります。農園は凍結してしまいます。その後、2年かけてミモザ栽培は元に戻り、Gandolphus市長のもとで1931年2月16日に最初のミモザ祭りがマンドリューラナプルで開催されます。 1956年、再び-12°Cという寒波がやってきて、ミモザ、柑橘類やオリーブの木が大きなダメージを受けます。いくつかの古いミモザの木は捨てられることとなります。そして、農園は比較的温かいタネロン(Tanneron)山地に集中していきます。 そして流行が変わり、新しい花が世界の市場に到着します。ミモザはすぐに枯れてしまうと批判を受けます。クリザール花栄養剤が見つかったことが革命をもたらし、ミモザは8日間咲き続けるようになります。残念ながら、1970年の巨大な火事に続き、1971年厳しい霜がすべての農園を破壊します。植林援助金を受けますが、再起動は大変困難となります。 今日では、ミモザの花がモンドリューラナプールの町のシンボルとなり、協力的な”ユーロップミモザ”を通じて切り花を栽培・販売し続けられています。 ☆ミモザ祭り 正式に1931年にミモザ祭が初めて開催され、今日では広く認識される盛大なフラワーパレードとなっています。モンドリューラナプールは、黄色いミモザの開花とともに賑やかになります。毎年冬1月〜2月の数ヶ月間ミモザは開花し、魅惑的な匂いを放ちます。ミモザが満開のときには丘や庭園が金色に輝き、「冬の太陽」だといわれています。毎年2月に「ミモザ祭り」が行われ、伝統と地元の民間伝承がなされています。 このミモザ祭りの機会に下記のイベントも行われます。 ・ミモザ女王の選挙 ・ミモザの森や温室、香水工場を訪れミモザの全てを学ぶバスツアー ・タネロン山へのガイド付きハイキング ・そして外せないのが週末のパレード 祭りの組織は自治体の住民、アソシエーションや実行委員会に委託されています。 採りたてのミモザを載せた山車が、毎年選ばれたテーマに沿って創られパレードとなって行進します。 毎年のだいたいのスケジュールは 最初の金曜日の夜にはイルミネーションパレード(見学無料) 土曜日の午後からミモザ女王選挙が行われます。 日曜日の午後14時30分にはミモザの花合戦(座席料13ユーロ程度) 翌土曜日にはイルミネーションパレード(座席料9ユーロ程度) 翌日曜日にはミモザの花のパレード(座席料13ユーロ程度) 有料席以外にも無料立ち見エリアもあります。 詳細はこちら 2020年は2月19日(水)~26日(水)に開催予定です。 マイコートダジュールツアーズでは、貸切チャーターでミモザ祭りの時期にミモザを満喫できるコースへご案内しています。 内容は下記のような流れを予定しています。 ミモザ街道の一部をタネロン山に向かってドライブ(途中で写真ストップ) ミモザの温室を訪問 マンドリューでランチもしくはお茶(自由時間) ニースへ戻る ご参加をご希望の方は、お問い合わせください。 ミモザ街道 (La Route du Mimosa) ミモザ街道は、Bormes les Mimosasから Le Rayol, Ste Maxime, St Raphaël, Mandelieu-La Napoule, Tanneron, Pégomas, Grasseまでの8つのステップに分けられた1月から3月までミモザの魅力を満喫できる130キロに渡る道です。 ☆ラ・ナプール城 (Chateau de La Napoule) 海沿いにラ・ナプール城があります。14世紀に造られた塔を基礎に、アメリカ人彫刻家ヘンリー・クルー (Henry Clews)夫妻が改造したお城で素晴らしい建物です。夏の間は海沿いのテラスのカフェでコーヒーやお茶が飲め気持ちがいいです。詳細はこちら 電車の駅から近くです。カンヌからは22番のバスで「port de la napoule」下車。 ☆レストラン ナプル港近くにあるL’Oasisロアジスは、24年間ミシュランの2つ星がついているガストロノミーレストランです。地元の人にも旅行者の方々にも人気です。このレストランのビストロはお手軽な料金で美味しい料理が食べられます。 La Palméaも評判です。 ☆ホテル 海沿いにあるPullman Cannes Mandelieu Royal Casinoは景色もよくサービスもよいと評判です。レストランもあります。 ⭐︎アクセス マンドリューの中心街と電車の駅は離れていますので、中心街に行かれる場合は駅からバスをご利用下さい。ミモザ祭りのパレードは海沿いで行われるので駅から歩いて行ける距離です。 ・電車:カンヌからマルセイユ方面行きのTERで10分程度「マンドリュー(Mandelieu)」下車 2.30ユーロ 電車の時刻表はこちら(2016年) ・バス:①マンドリューの中心街へ行くには、カンヌ駅もしくはカンヌ市庁前からPalm Expresseというバスで30分程度「Gare Routière de Mandelieu マンドリューのバスターミナル」下車 1.50ユーロ  Palm Expresseのバスの時刻表はこちら(2016年9月) ②パレードの行われる海沿いやラ・ナープル城に行くには、22番のバスで「port de la napoule」下車 1.50ユーロ 22番のバスの時刻表はこちら(2016年9月) ☆リンク マンドリュー・ラナープル観光局のサイト カンヌ近郊の路線バス Palm Bus

子どもと楽しむコートダジュール

素晴らしい景色と野外の遊び場のあるコートダジュールは、フランス語を話さなくても、小さいお子さん達と一緒に楽しむことができる場所です。 日本やヨーロッパからのお客様がお子さん達と一緒にコートダジュールで楽しむことができるように私達の経験をシェアさせてもらえたらと思います(ヨーロッパ在住の日本人のお子様連れのお客様がたくさんいらっしゃいます)。 子どもと楽しめる場所 ☆プチトラン ☆ビーチ ☆モナコ ☆ニース ☆カンヌ ☆アンチーブ周辺 ☆他の地域 ☆洞窟 ☆海で楽しむ ☆動物 ☆ショッピング ☆便利な情報 ☆日本から持って来ると便利な物 ☆プチトラン 観光用のプチトランは、子ども連れで親子ともに楽しみながら街を見て回るのに便利だと思います。マントン、ニース、モナコ、カンヌ、グラースなどにあります。車では入れない旧市街を廻り、様々な言語で説明を聞くことができ(日本語で聴けることもあります)1時間かからないのでちょうどいい長さだと思います。 ☆ビーチ もちろん海はコートダジュールで子どもにとって格好の遊び場です。7月や8月には問題なく泳げますし、寒がりでなければ6月と9月にも泳げます。地中海は通常とても静かで波は少ないです。しかし、コートダジュールのビーチは小石の砂利浜が多くニースも砂利浜です。裸足だと歩きにくく、横になるにもダオルを敷くだけではあまり快適ではないと思います。砂でお城を作ったりして遊ぶことは難しいです。また近場でも海が深くなりますので気をつけないといけません。 ニースから一番近い砂浜は、電車で10分、駅から徒歩で数分のヴィルフランシュのビーチです。景色も素晴らしいです。入江なので比較的遠くまで浅瀬で足がつく、とても小さな小石のビーチです。ビーチのすぐ後ろにトイレと無料のシャワーがあり、食事ができるお店もあります。母親として私の一番のお気に入りのビーチです。モナコにも公共のビーチがLarvottoにあり、こちらも砂浜です。カンヌのビーチとアンチーブの中心街近辺も砂浜です。 他の選択肢としては、プライベートビーチがあります。1日もしくは半日(1名15ユーロ程度)、マットレスとパラソルが借りられます。トイレ、シャワーがあり、レストランのサービスも受けられます(マットレスの上もしくはレストランの中で飲食ができます)。砂利浜の場合は、とても便利だと思います。 ホテルの中にはプールがついている所もあります。ニースではメリディアン、パレ・ド・ラ・メディテラネ、ラ・ペルーズなどにあります。プールがついていなくても海辺のホテルはプライベートビーチがある所があります(ネグレスコやボーリヴァージュ)。ホテルにご宿泊されていても料金がかかるようです。モナコでは、フェアモンにプールがついています。ビーチとプール両方を堪能されたい方は、メリディアン・ビーチプラザもしくはモンテカルロベイをお勧めします。カンヌではマルティネスとマジェスティックにご宿泊されているお客様用のプールがあります。 ☆ モナコ 海洋博物館・水族館はお子さんにも大人にも楽しめる場所です。昔からの展示物と大きな水槽などの新しい展示物があります。屋上には、お子さんが楽しめる遊具があって、その横でお茶やお食事をとれるお店があります。屋上からは海が見渡せます。モナコの動物園はとても小さく、捨てられた動物や他の動物園から譲り受けた動物がいます。一番印象的なのはカバです。また下の中庭で放し飼いにされている動物も興味深いです。ここからLarvotto港の景色は素晴らしいです。 10月26日から11月19日には、Hercule港には移動遊園地がきていて、様々な乗り物があります。もちろん景色が素晴らしいです。11月26日から1月5日までイルミネーションで光るモナコが見られます。ノエル村 Village de Noël 12月5日から1月5日まであり、アイススケート場は3月9日までオープンしています。 ☆ニース 城跡のある丘(Colline de Chateau)の上からは港とニース湾の素晴らしい景色が見られ、子どもが遊べる大きな公園があります。小さい子にはブランコと滑り台、大きい子には高く登れるネットがあります。売店もあるので便利です。徒歩で登ることもできますし、階段の左側にある無料エレベーターで登ることもできます。 プロムナード・ドュ・パイヨン (Promenade du Paillon)という旧市街と21世紀の街を結ぶ12ヘクタールに渡る遊歩道・公園は2013年10月にオープンしました。この中には遊具やトイレ、噴水等があります。トイレ以外は全て無料です。 マチス美術館の裏にアレーヌ・ド・シミエ庭園がありピクニックができます。また、その横にある修道院にはマチスのお墓がありますが、ここの庭園は無料(トイレは有料)で花も眺めも綺麗です。その近くにベランダ公園(Avenue de Bellanda)があり、子供の遊具が少しあります。夏はミストシャワーが出ていて、遊ぶことができます。 空港近くのフェニックス公園では、フラミンゴやワニなど動物が見られたり、広い植物園があり、小さな水族館もあります。芝生も広く遊具も 充実しています。外にカフェもあるので便利です。大人のみ2ユーロ、14歳以下は無料です。 ニース市植物園 は3ヘクタールの広さがあり、3000種以上の植物が見られます。植物園内に子どもが遊べる公園があります。 LUNAPARK は、12月から1月頭までの間限定オープン(2013年12月7日〜2014年1月5日)のヨーロッパ唯一の室内遊園地です。24個以上の乗り物があります。 Kid’s city Niceは空港から更に北にある室内遊戯場です。車がないとアクセスがしにくい場所にあるのが残念です。 ☆カンヌ カンヌ映画祭の会場として知られているパレ・デ・フェスティバルの前の遊歩道の生に遊具やメリーゴーランドなどがあります。またクロワゼットの端にもう少し大きな公園があります。 Fun city Cannesは、室内遊戯場です。Mandelieu近くにあるので車がないとアクセスしにくい所です。 ☆アンチーブ周辺 マリーンランド MARINELAND アンチーブの1駅手前のビオットが最寄り駅です。水族館ではイルカのショーが見られます。リュック・ベッソンの映画「グランブルー」にも出てきた所だそうです。 ポニーに乗ったり、動物と戯れたり、乗り物にものれるKID’S ISLAND、アドベンチャーミニゴルフAVENTURE GOLF、夏はプール・アクアスプラッシュAUQASPLASH などもあります。料金はこちら Le parc de la Pinède de Juan-les-Pins は、アンチーブの隣のジュアンレパンにある公園です。リスがいて遊具もあります。 ☆他の地域の遊べる場所 Le Bois des Lutinsは、 Villeneuve Louvetの自然の中にあるアスレチック遊技場で、1日遊べます。2月11日-11月10日までバカンス期間と水曜・土日オープン。アクセスはcagnes sur mer駅からグラース行きバスで15分程度。 他に3歳から楽しめるPitchoun Forest プチュンフォレストや、迷路のLaby Folie 8歳以上向けアドベンンチャー・アスレチックCanyon Forestも同じ敷地内にあります 。 Ecoparc は、ムジャンにある公園で、木でできたアスレチックが外にあり無料で遊べます。室内には、展示物があり子ども向けのアトリエも開催されています。 PARC DEPARTEMENTAL DE LA VALMASQUEは、ムージャンにある県立自然公園です。池があったり、自転車やローラースケート等で遊べます。車、もしくはカンヌからバスを乗り継いでアクセス可能です。 Ludiparcは、ニースから車で25分程度(19キロ)サンポールドバンスの近くにあるアスレチック遊技場です。サンポールへ行かれた際に車で行ける場所です。開館日:3月16日-12月22日の水・土・日・祝日、バカンス期間。入場料4.5ユーロ、3歳未満無料。 リヴィエラ・ナチュールは、グラースから10分、自然の中のアドベンチャー・アスレチック場です。要予約コアラランド マントンにある遊園地です。 グラースの花畑:Au Pays d’Audreyでは訪問だけではなく様々なアクティビティも豊富です。子ども向けの物もあるので、お子様連れのファミリーにおすすめです。アクセスは車でのみです。 カーニュシュルメールの海沿いのプロムナード(散歩道)では、複数で乗れる自転車を借りられます。ニースから電車で15分、駅から徒歩12分程です。 ☆洞窟 サンセゼール洞窟 (Grottes de St Cézaire) は(1481 route des grottes – SAINT CÉZAIRE) ニースから55キロに位置します。600万年前にできた洞窟を探検できます。 開館時間:2月1日-5月31日 10時-12時、14時-17時、6月1日-8月31日 10時-18時、9月1日-11月11日 10時-12時、14時-17時 閉館20分前に最後の案内があります。大人7.5ユーロ、6歳-12歳5.5ユーロ。サンヴァリエの洞窟 (Le Souterroscope Grotte de Baume Obscure St Vallier de Thiey)は、音楽やイルミネーションを楽しめる洞窟です。グラースからバスか車で20分 開館時間:2月-3月火-日 10時-16時、6月-8月毎日10時-18時、9月-11月中旬火-日 10時-16時、11月中旬-12月15名以上の団体のみ予約でオープン可能(1月は閉館)。大人8.5ユーロ、4歳-14歳4.5ユーロ。 ☆海で楽しむ Trans Côte d’Azur ニース港から、ヴィルフランシュ、モナコ、レランス諸島、サントロペまでミニクルーズも楽しめます。 Activoisir 6月-9月 ニースから電車で10分のヴィルフランシュ港から4時間かけてクルーズしながらイルカやクジラを探しに行きます。イルカと一緒に泳ぐコースもあります。 Visionbulle 4月—9月 Juans les pins 発着 1時間かけて海をクルーズしながら船の底から海の底を見学します。 ☆動物 ニースにも猫カフェLa Ronronnerieがあります!猫が自分のところに来るのを待つルールです。でもすごく綺麗で、バンズ、サラダ、手作りのスイーツなどの食べ物も悪くないです。すぐに満席になってしまうので、12時前に行かれることをお勧めします。 ALPHA オオカミのいる自然公園 メルカントゥール国立公園内 ニースから車で1時間30分(70キロ) オープン日時:こちらの青の日に10時-17時(15時30分までに入場可)、オレンジ色の日に10時-18時(16時30分までに入場可)オープン。大人12ユーロ、4歳-12歳10ユーロ。 野生のバッファローがいる保護地域公園 ニースから車で1時間10分程度(55キロ)4月1日-11月11日 水-日 10時-17時、12月13日-3月31日 金-日 10時- 17時、バカンス期間毎日10時-18時(11月12日-12月12日閉館)ネットやメールにて予約をされた方がよいでしょう。 コートダジュール競馬場 ニースから13キロ 夏の間は、ポニー、メリーゴーランド、木製遊具などがあります。 ☆ショッピング フランスにはかわいくてお手頃な子供服のお店がたくさんあります。日本でよく知られているプティバトーなどのブランドもありますが、Du Pareil au même、Vert Baudet、Sergent Majorなどはお手軽でどこの街にもあります。H & Mもとても人気があります。洋服はシックで大人の物に近いデザインです。 おもちゃやインテリアもとてもかわいいです。たくさんのフランスのメーカーが日本に輸入されています。近年木製のおもちゃがとても流行っていて、数多くのお店で売られています。ニース市内にあるデパート“ニースエトワル”の中にはたくさんのおもちゃ屋がありますが、私のお気に入りはOxybulです。教育的で木製のおもちゃが多く置いてあります。より一般的なおもちゃはla grande récré やトイザラスで買うことができます。 ☆便利な情報 ・レストランでは、子供用の椅子を用意してくれる所がありますので、念のため聞いてみるとよいと思います。子供用のフォークやナイフ、お皿を出してくれる所はほとんどないです。星付きレストランでなければ、だいたいどこのレストランにも子連れて行くことができます。あまり静かにしていなくても、隣の席の人に注意されることはほとんどないです。 レストランにはよく子どもメニューがあります。しかしナゲットとフライドポテト、ステーキとスパゲティ、飲み物とデザートなど(6ユーロ程度)の栄養バランスはあまりよい物ではないです。パスタ1皿のみ子ども用にご注文されてもいいですし、ご自分の物を取り分けてあげるのでも大丈夫です。お子さんのために無理に注文する必要はないです。 ・レンタカーされる場合は、チャイルドシートが必要だとご予約の際に伝えてください。 ・デパートなどでは通常、日本の様にベビーカーレンタルや子供用トイレなど子供向けの特別なサービスは少ないです。“ニース・エトワル”には、おむつかえ台のあるスペースが日本の3階(フランスの2階)、地上階の受付にてベビーカーがレンタルできるようです。動物園やお店などでベビーカーレンタルサービスはほとんどないです。 ベビーカーで移動するのはどこの大きな街でもそうですが、楽ではないです。バスやトラムへの乗り降りは簡単ではないですが、時々助けてくれる人もいます。 ・ベビーカー、チャイルドシート、折りたたみ式ベビーベッドなどお子様連れの向けのレンタルショップがあります。 FAMILIB ネット上で事前にご予約をされて、受取場所(ニース駅から北へと帆15分もしくはトラムで2駅)まで取りに行くことになります。Familib chez Maman Bulle 12 rue Edouard Dalmas – NICE KIDELIO こちらのサイトでもレンタルのご予約をされ、当日受取場所へ行かれるか(ニース駅から徒歩9分)、1 avenue de VILLERMONT 06000 NICE 郵送料がかかりますが滞在先まで配達も可能とのことです。 ☆日本から持って来ると便利な物 食べ慣れた食べ物 […]

優雅なリゾート地 モナコ公国

コートダジュール観光で絶対に外せないモナコ公国は、街がF1グランプリのコースになっていることやコージャスなモンテカルロのカジノ広場、グレース・ケリー、安全なこと、高級リゾート地としてよく知られています。 タイトルをクリックするとその内容へジャンプできます。 ☆ 地理・人口 ☆ 歴史 ☆ 観光案内 ☆ イベント ☆ ホテル ☆ レストラン ☆ ショッピング ☆ アクセス ☆ リンク *こちらのページは、観光ガイドの代わりとすることが目的ではなく現地ガイドの経験から便利で役に立つ情報を提供できたらという思いから作りました。 *お勧め情報はステファニーの個人的な意見です。 ☆ 地理・人口 ニースから東へ19キロに位置するバチカンの次に世界で2番目に小さな独立国モナコ公国、ベルエポックの優雅な建物やゴージャスなカジノが並び、世界中のジェットセッター達が集うモンテカルロは言わずと知れたリゾート地です。人口は、約3万人程度で、土地は、2平方キロメートルです。面積は小さいのですが、住民はとても多いので、人口密度はとても高いです。コートダジュールと違って、高層ビルが建ち並び、建物と建物の間が狭いのが特徴といえます。また、モナコ居住者のうちモナコ人は20%のみで、とても国際的な街です。 フランスからモナコへ入る際にパスポートは必要ありません。残念ながら国境でパスポートにスタンプは押してもらえませんが、市役所か観光案内所へ行くと押してもらえます。 19世紀末にモナコにカジノが作られたのをきっかけにモナコは裕福な国となりました。当時は95%の収入は、カジノから得ていましたが、現在では5%です。モナコ居住者(5年以内モナコ在住のフランス人を除く)には所得税はかかりません。裕福な人たちがモナコに住む理由はそこにあります。 ☆ 歴史 モナコの地にはまずリグリア人が住んでいたと言われています。そしてローマ人によって、その後当時のイスラム教徒達によって支配されます。1297年にジェノヴァのグリマルディ家がモナコに住み始めます。そのご子孫たち、貴族、公たちは700年に渡ってモナコを統治します。1489年にモナコは独立し1524年にスペインの保護下となり、1641年にはフランスの、そして1815年から1860年までサルディーニャ王国の保護下に入ります。1860年にはSpélugues台地にモンテカルロを建設し始め、1868年には鉄道を開通させ、発展していきます。 1906年にはモナコ公アルベール1世が海洋学の研究を行い海洋研究所を創り、その後海洋博物館を建設し世界中で有名となります。1949年に就任したモナコ公レニエ3世が1956年にハリウッドの有名女優グレース・ケリーと結婚し、さらに経済的・国際的に発展していきます。現在はグレース・ケリーの長男アルベール2世が持続可能な発展や地球上の生物の多様性を維持していくための取り組みを行っています。 グレース・ケリーは、交通事故で亡くなったのですが、フランスでは自殺だったという説や単なる事故だったという説がありますが、実際の所事故の原因は分かっていません。日本の若い女性でグレース・ケリーの名前を知らない方でも、エルメスのケリーバックはおそらくご存知だと思います。このカバンはグレース・ケリーのためにデザインされたのではなく、既に当時販売されていました。グレース・ケリーは妊娠初期にすぐには公表せずに、この40センチの大きさのあるカバンでお腹を隠しパパラッチにすぐに分からないようにしていたと言われています。それ以来彼女の名前でこのカバンは有名になりました。 ☆ 観光案内 モナコは世界で最も安全な国の一つです。おそらく、たくさんの裕福な人たち住んでいますしたくさんの銀行があるためでしょう。住人60人に対して1人の警察官が配置されていて、どこにでも防犯カメラがあります。モナコではスリはいません。住人や観光客は安心して過ごす事ができます。高級バックや宝石を身につけて夜散歩することができます。 モナコには、雰囲気の違ういくつかの地区に分かれています。旧市街地を含むモナコ・ヴィル(Monaco Ville)、カジノや高級ホテルのあるモンテカルロ(Monte-Carlo)、港の近くのコンダミーヌ(Condamine)、ショッピングセンターや住宅街のあるフォンヴィエイユ(Fontvieille)、ビーチのあるラルヴォット(Larvotto)などの地区に分けられています。 モナコ・ヴィルはロシェ(Rocher)とも呼ばれていて、岩の上にあるため歩いて行くのは少し大変です。1番か2番のバスで行かれることをお勧めします。 Le Rocher 旧市街地 ロシェ(岩山)と呼ばれている旧市街地の見所をご紹介します。 旧市街地は外せない場所です。大聖堂は、グレース・ケリーが結婚をし、埋葬されている場所です。いつも花が手向けられているお墓を見る事ができます。宮殿の一部は、訪れる事ができます。衛兵は11時55分に交代します。観光客に人気です。夏の間は、観光客がたくさん集まり何も見えなくなりますので、なるべく前の方に場所を確保することをお勧めします。 旧市街地は、よく手入れされていて古い建物だという印象はありません。観光でいらした方は、よくディズニーランドに似ていると言われています。生活感はあまりありませんが、この街に住んでいる人たちもいます。 お時間がおありでしたら、モナコ海洋博物館は特にお子さんには面白いと思います。水族館はとても近代的です。見て回るのには最低1時間は必要です。 平日でしたら旧市街地にある市役所へ行かれるとパスポートにモナコのスタンプを押してもらえます。観光案内所でももらえます。 宮殿の横からはモナコの素晴らしい景色が見られますので、写真スポットとしてお勧めです。 ・大公宮殿 Palais princier (グランアパルトマン) 大公宮殿は1215年にジェノヴァ人による要塞跡に建てられています。 16世紀のフレスコ画や巨大なルネッサンス様式の暖炉で飾られた王冠室など見所がたくさんあります。 公開日: 4月2日-10月31日 10時-18時 1月-4月1日、11・12月閉館 料金(歴史博物館とセット料金):大人: 8€、子供(8歳-14歳): 4 € アクセス:1番か2番のバスで終点Monaco ville Place de la Visitation 詳細はこちら(英語・仏語) ・歴史博物館 Le Musée des Souvenirs Napoléoniens et des Archives du Palais この博物館には特にナポレオンのフランス帝国の時期の貴重な古文書や資料が展示されています。 毎日開館(変更されることがあります) : 12月-4月1日(12月25日、1月1日):10時30分-17時(16時30分までに入場) 4月2日-10月:10時-18時 (17時30分までに入場) 入場料 12月-4月1日大人: 4 €、子供(8-14 才) ・学生: 2 € 4月2日-10月 (歴史博物館と大公宮殿の両方に入場可) 大人:8€、子供(8-14 才) ・学生: 4 € アクセス:大公宮殿の左端 詳細はこちら(英語・仏語) ・モナコ旧市街博物館 Le Musée du Vieux Monaco 陶磁器や絵画、服飾などが展示され、当時のロッシェの日常生活をかいま見ることができます。 開館日:6月-9月末 水曜日金曜日11時-16時、無料 ・海洋博物館・水族館 Musée océanographique de Monaco et aquariums プリンスアルベールI世(アルベール王子の曽祖父)によって1910年に科学と芸術のため宮殿として設計された博物館と水族館です。モナコ・ヴィル(ロシェ)の端にあり、眺めがとてもいい所です。 毎日開館(12月25日とF1グランプリの週末を除く): 10月-3月:10時-18時、4月-6月・9月10時-19時、7月-8月10時-20時30分 料金: 大人:14€、13歳-18歳と学生:€10、子供4-12歳:7€ 住所:Avenue Saint-Martin – Monaco-Ville アクセス:1番、2番のバスで終点Monaco ville Place de la Visitation 詳細は こちら(英語・仏語) 大公宮殿と海洋博物館・水族館の入場券セット(4月2日-10月31日のみ)があります。 大人: 18 euros、子ども (4-18歳) : 8 euros ・モナコ大聖堂 Cathédorale 1875年に建設されたロマネスク・ビザンチン様式の聖堂で、歴代の大公の墓石があります。 グレース公妃とレニエ3世の結婚式が行われた場所で、グレース公妃もこちらに眠っています。 入場無料 (日曜日の午前のミサ時は除く) 8時30分から19時まで(冬季は18時まで) モンテカルロ ・カジノとオペラ よく知られているのはカジノ広場のあるモンテカルロ地区です。 2016年末から工事が行われ、オテルドパリが改修され、映画館が壊され、ブティックが他の場所へ移動しています。今は工事中なので騒音があります。 そんなカジノ広場ですが、こちらにもかなりの人たちが住んでいます。オペラと同じ建物にとてもよく知られているグランカジノがあります。カジノでゲームをされたくない場合でも中を一見する価値のある建物です。最近改装されたので、さらに「輝いて」います。午前中も写真を撮るために中を見学することができます。実際にカジノがオープンするのは14時からです。午後や夜に行くとたくさんのスポーツカーや高級車が前に並んでいます。モナコは、車好きの方々にはパラダイスです。パスポートをお忘れなく。 モナコで最も知られているモンテカルロのカジノとオペラは、パリのオペラ座を建てたシャルル・ガルニエが設計し1878年に建てられます。 カジノの「ゲーム室」はステンドグラスや彫刻などで装飾されています。 カジノの中にあるオペラでは、現在も有名なコンサートやダンスなどが上演されています。 18歳以下入場禁止、入場にはパスポートが必要です。 入場料金: 17 € アクセスSNCF鉄道の駅から徒歩で12分、1、2、6番のバスでCasino下車 カジノのHP : 、オペラのHP フォンヴィエイユ地区 Fontvieille ・レニエ大公クラシックカーコレクション Collection des voitures anciennes 車好きの方には外せない場所で、レニエ3世のプライベートコレクションであった100以上の名車と6台の馬車が展示されています。 毎日開館:10時-18時 12月25日休館 料金:大人: 6 €、子供(8-14歳): 3 € アクセス:SNCF鉄道の駅から、徒歩5分、カジノスクエアから徒歩20分 5番、6番のバスでCentre Commercial Fontvieille下車 ・切手とコインの博物館 Musée des Timbres et des Monnaies モナコ公国の郵便歴史や1885年のシャルル3世から現代までの切手印刷に関する資料などや1640年からの公国の通貨が展示されています。 毎日開館:10月-6月9時30 時-17 時、7月-9月9時30 時-18 時 料金:大人: 3 €、子供(12-18歳)・退職者・学生: 1,50 € アクセス:クラシックカーコレクションの斜め前 詳細はこちら(英語・仏語) ・海洋博物館 […]

ニースから行けるイタリアの小さな美しい村ドルチェアクア

イタリアのドルチェアクアという美しい村をご紹介したいと思います。フランスではありませんがニースから行き易く、私たちのニース発のツアーにも入っています(ニース発、一日で3国巡り)。 ☆地理・人口 ニースから約1時間の内陸にある、海抜51メートル、人口2100名程度のイタリアの小さな村です。 こちらで村を上空から撮影したビデオをご覧になれます。 ☆歴史 ドルチェアクアという名前の一般的な意味 は »甘い水 »ですが、この名前は古代ローマにDulcius 氏に属する農場があったことが起源だと言われています。後に Dusàigaそして Dulcisacquaとなります。他の説では、ケルト人の村Dussagaが起源だと言われています。後にDulsàgaとなり、Dolceacquaとなります。 この地域で最古の人々が住んでいた痕跡は、鉄器時代のカステララスという乾いた石を重ねた囲いです。考古学的にも、紀元前5世紀から4世紀のローマ時代に、Intemeliが村々や牧草地、畑を守るために防衛の地として使っていた痕跡が見つけられています。1151年なるとドルチェアクアの名前が記録されます。それは、その頃の12世紀に渓谷が狭まる最初の地点と分岐地点を見下ろすことができる岩の頂上にお城の最初の部分をヴァンティミリア伯が建設しているためです。Meloriaの戦いでピサを破ったジェノバの船長であるオベルト・ドーリア氏が1270年に城を購入し、後継者が何年かかけて増築していきます。その後のドルチェアクアの歴史は、アンドレア・ドーリア提督の母であるカラコサ・ドーリアなどのドーリア家の歴史と同一といえます。ドーリア家は、サヴォイア家の保護下に入り、1652年にドルチェアクア侯爵となります。 城のふもと岩の周りに同心円を描いてに村が広がっていきます。ドルチェアクアの村はネルヴィア渓谷のネルヴィア渓流に沿っていて、ネルヴィアNervia川の水は噴水や村の畑のために使われます。村の一番古い部分はドーリア城に見下ろされたテラTerraという地区で、Rebuffao山のふもとにあります。村がどんどん広がっていきテラ地区にスペースがなくなると、今度は家を上に高くしていきます。7階まである家もあり、現在でも中世の雰囲気が残っています。一番新しい地区は、ボルゴBorgoという所で川を挟んで反対側の岸にあります。15世紀の中頃にこのボルゴBorgoが造られ、この二つの地区をつなぐために33メートルに渡る単一のアーチ型の石でできた太鼓橋が造られます。この橋は1884年にクロード・モネによって描かれ、作品はパリにあるマルモッタン美術館に展示されています。 城は何度か改築され、ルネッサンスの時期には、とても大きな要塞化した住居となります。1744年7月、オーストリア継承戦争の時期にはフランスとスペイン軍の大砲の攻撃を受け一部が壊されてしまいます。ドーリア侯爵は、教会の近くにある16世紀に建てられた宮殿に移動します。そして1887年の地震によって城は壊れてしまいます。現在この城はドルチェアクア市が所有していて夏のイベントに使われています。現在改修中ですが、文化的な活動に使われる予定です。 ☆観光案内 クロード・モネによって描かれた橋と廃墟となったお城、旧市街地が見所です。この村で特に印象的なのが、旧市街地です。私はコートダジュールやプロバンスの小さな村をいくつも見てきましたが、この旧市街地は特別だと思います。路地は薄暗く、アーチを使って建てられていて、丸天井の地下室には小さなブティックがあって、たくさん人々がこの旧市街地に住んでいます。まるで過去に遡ったような印象があって、独特の雰囲気です。また、道や建物など全て石でできているので夏でも涼しいです。旅行ガイドブックにはほとんど村の情報が載っていないので夏でも旅行者はあまりみられません。 テラ地区の足元には15世紀に建てられたSt.-Antoine le Grand教会、村の入口の墓地の横には11世紀にロマネスク様式で建てられたSt.-Georges教会がゴシック様式とバロック様式に改築されて現在も訪れることができます。St.-Bernard礼拝堂には15世紀のEmanuele Maccari de Pignaという画家の描いたフレスクが現在も保存されています。 一番古い礼拝堂としては、St.-RochとSt.-Christopheがあります。 ドーリア城の見学ができる時間帯は下記の通りです。入場料は7ユーロです。 2013年1月12日-3月24日 土曜日、日曜日 10時-17時 (入場は16時30分まで) 3月29日-4月7日(イースターのバカンス)毎日10時-13時(入場は12時30分まで)、14時-18時(入場は17時30分まで) 4月13日-5月26日 土曜日、日曜日 10時-13時(入場は12時30分まで)、14時-18時(入場は17時30分まで) 6月1日-9月15日 毎日 10時-13時(入場は12時30分まで)、15時30分-18時30分(入場は18時まで) ☆イベント ドルチェアクアでは、8月16日に伝統的な地元のお菓子michetta祭りを現在も行っています。このお菓子はブリオッシュのようなもので、村の路地で繰り広げられる音楽祭の際に若い男の子たちが若い女の子たちから好意の印としてもらうという特徴があります。また、クリスマスの時期には、大きなたき火をする習慣があります。 ☆お土産 この地域は農業が盛んで、オリーブオイルやワインを生産しています。Rosseseというドルチェアクアのワインはよく知られていて、まろやかで香り高く、甘口です。特別なブドウの品種で造られていて、数も限られています。またミモザやカーネーションなどの花も栽培されていて、市場で売られています。 ☆レストラン お勧めのレストランは »Casa e bottega« です。とても美味しいこの地域の家庭料理が食べられます。 お値段もお手頃です。ピザはIl borgoで出来立てが食べられます。 A Viassaでは近代的でシックなイタリア料理が食べられます。その他レストランの情報はこちら ☆アクセス ニースから電車でイタリアのヴェンティミリアVentimigliaまで行き、バスで20分程度です(ヴェンティミリアから約7キロ)。バス停はヴェンティミリア駅を出て広場を抜け、道を50メートルほど下り、左に曲がってすぐにあります。道路上に黄色い線でバスが止まる箇所やBUSと書かれています。 電車の時刻表はこちら バスの時刻表(2013年9月16日〜2014年6月15日)はこちらの9ページ、LINEA 7をご覧下さい。 6月16日以降は本数が増えます。こちらの下の方にある表をご参考にして下さい。 ☆ リンク ドルチェアクア観光案内所(英語)

国際映画祭で有名な高級リゾート地カンヌ Cannes

毎年5月に行われるカンヌ国際映画祭で有名なカンヌの町をご紹介します。 タイトルをクリックするとその内容へジャンプできます。 ☆地理・人口 ☆歴史 ☆イベント(カンヌ国際映画祭) ☆観光案内 ☆ホテル ☆レストラン ☆アクセス ☆周辺(レランス諸島) ☆リンク *こちらのページは、観光ガイドの代わりとすることが目的ではなく現地ガイドの経験から便利で役に立つ情報を提供できたらという思いから作りました。 *お勧め情報はステファニーの個人的な意見です。 ☆地理・人口 ニースから南西に34キロにある海沿いの町カンヌは、毎年5月に開催されるカンヌ国際映画祭で有名です。普段の人口は7万人程度ですが、フェスティバル(国際映画祭)の時期には、3倍の21万人を超える人がカンヌに滞在しています。また映画祭以外にも世界の不動産関連業界関係者が集まるMIPIMやMAPIC、世界のテレビ業界関係者が集まるMIPTV、国際映像コンテンツ見本市のMIPCOM、国際音楽産業見本市のMIDEM、国際広告祭のカンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル(Cannes Lions)、Tax Free World Exhibition、カンヌ・ヨットフェスティバル(Cannes Yachting Festival)、富裕層向け旅行商談会ILTMなどの国際展示会やSalon de la Gastronomieなど一年を通して行われています。見本市やイベント開催中は、いつもよりも街中が賑わっていて、人気のレストランの予約がなかなか取れないこともあります。 ☆歴史 現在、原史時代に最初にやってきたのはリグリア人だったと言われています。現在シュケ(Suquet)のある岬に定住し、要塞を作ります。見晴し台からサント・マルグリット島にある岩の上にあるVauban要塞をお互いに見張り合っていたと言われています。実は、古代では島の方が重要だったようで、島の記録の方が残っています。航路の交わる場所にあり、断崖と岬によって防御することが比較的簡単で、西からやってきた帆船にとっては最後の安全な停泊地として使われます。 この島には考古学の研究によると新石器時代から人々が住んだ形跡があり、鉄器時代にはかなりたくさんの人が住んでいたようです。ギリシャの地理学者が、大きい島をLeroと名付けます(そこから現在はレランス諸島:Lerinsと呼ばれています)。 カンヌという名前は、リグリア語の単語で「高さ」という意味があり、CannetやCagnesなどの名前も同じ起源があります。(1030年にRodoard氏の息子が大修道院長へ寄付した時にカンヌという名前が記されます。) 古代ローマ人もこの重要な場所を見逃すことはなく、紀元前5世紀頃に共和政ローマになるとすぐに島を占領し、要塞を強化します。同時にカンヌの地もローマに占領され、“ローマの平和”をしばらく享受します。ローマ帝国時代にキリスト教が力を持つようになり、ヨーロッパ中に布教活動が始まり修道院を建てるようになります。4世紀の終わりにオノラという修道士(後に聖オノラ Saint Honorat)がレランス諸島にやってきて修道院を建て、弟子がどんどん集まり、2世紀に渡り西キリスト教の威信のある場所として知れ渡ります。 476年にローマ帝国が崩壊するとともに北の異国人(西ゴート族、ブルグンド族, ロンバルディア人)やイスラム教徒のサラセン人によって攻撃を受けます。サラセン人がもっとも強力となり、レランス諸島とカンヌでは虐殺が行われ大きな被害を受けます。修道院長や僧侶たちも被害を受け、その数は500人に登ったと記されています。 950年頃プロバンス伯ギヨームがサラセン人を追放します。その後、町や生活を再建していきます。まずは海からくる攻撃に対する防衛を強めます。プロバンス伯は、(現在シュケの位置する)崖の上に城を再建します。 シュケの時代 カンヌの町の頂上にローマの要塞があります。1000年にレランス諸島の僧侶に所有権が渡されます。僧侶たちはサラセン人から身を守るため、鐘楼や城壁を作ります。900年から15世紀の終わりまでは、シュケの歴史は、レランス諸島の大修道院と密接な関係を持ちます。(photo : Abbaye de Lérins) 1388年にはニースがサヴォイア家に属し、カンヌが国境の町となります。1447年には、カンヌの町は市となりますが、僧侶たちの影響は強く残ります。 1481年にプロバンスはフランスに併合します。カンヌは、サヴォイア家との国境にあることから様々な侵略を受けます。カール5世によってサヴォイア家との30年戦争の際、18世紀のオーストリアの継承戦争の際、そしてイギリス人も島々を短期間占領します。1635年にはスペイン人が島々を占拠し、サント・マルグリット島に要塞を建てます。この要塞は、刑務所として使われ、レオナルド・ディカプリオが主演し映画にもなった「鉄仮面の男」が、1687年から11年間収容されています。1689年には、プロテスタントのパスターも収容されています。 そのような中でも主に農業を中心に、規制された漁業も行いつつ人々は生活を送ります。貧しい生活でしたが「カンヌ人は仕事に没頭し勤勉だ」と17世紀の王室の報告に記されています。 革命の後、1815年ナポレオンがエルバ島を脱出し、カンヌに野営します。 カンヌの発見 1834年にはヨーロッパ中でコレラが流行します。同年にイギリスの元大蔵大臣ブルーハム氏(Lord Brougham)がイタリアへ行く予定だった所、プロバンスでコレラが流行していたため入国を拒否され、戻って来た時にカンヌに立ち寄り、大変気に入ったため邸宅を建てます。その後毎冬にイギリスの貴族たちがカンヌに集まるようになり、たくさんの高級邸宅が建設されます。皇帝、王、王妃、王子、ブルジョワなどが冬を過ごしにやってくるようになります。現在でもクロワ・デ・ギャルド (Croix des Gardes)と呼ばれる緑豊かな丘に、当時の大邸宅が建っています。 この時期に、モーパッサンはヨットに「Bel Ami」と名付け、海の上で本を書き、詩人Stephen Liegeardが「コート・ダジュール(紺碧海岸)」と名付けます。 1838年には、港がやっと作られ、ヨットがあふれます。1863年には駅ができます。当時はパリまで22時間20分でした。村が町へと変容して行き、西側のla Bocca地区まで広がって行きます。人口は、1814年には3000人だったのが1914年には3万人を越え、現在では7万2千人強となります。 世界大戦が始まると人口増加は止まり、ホテルは病院となります。その後、カンヌは夏の海水浴場としても使われるようになり、国際映画祭の開催地となります。 ☆イベント-カンヌ国際映画祭 1930年代後半にヴェネチア国際映画祭がファシズムの影響を強く受けていたことにショックを受けて、アメリカ人やイギリス人がフランスで国際映画祭を開催するように勧めます。候補地はいくつかあったようですが、太陽と海があって最も適した場所としてカンヌが選ばれます。映画祭の目的は「様々な映画の技術を発展させ、様々な国の映画製作者間でコラボレーションの精神を育てること」です。1939年に開催される予定だったのが結局戦後の1946年になってから初めての国際映画祭が行われます。1947年フランスにおいて最初の大会議場がカンヌに造られます。 最初の頃は、フェスティバルは観光と社交イベントという趣が強かったのですが、すぐに映画業界のプロにとって避けては通れないイベントとなり、現在では4000近くのジャーナリストが参加し最もメディアで取り上げられるようになります。 カンヌ国際映画祭の時期に訪れて雰囲気を味わうのは楽しいと思います。この時期には道路が大変渋滞しますので電車で行かれることをお勧めします。ホテルはとても高くて、映画祭の時期全ての日程を予約しないといけないこともあるようです。 2020年は5月12日(火)から23日(土)に開催予定です。 毎年カンヌ国際映画祭と同時期に香水の都グラースで国際バラ展示会(Expo Rose)が開催されています。一日で両方訪れることも可能です。グラースについてはこちらの記事をご覧下さい。 ☆マイコートダジュールツアーズでは、カンヌとアンチーブツアーをご提供しています。 公共交通機関の乗り継ぎで1日かかるところを半日でまわることのできるお得なツアーです。 カンヌ映画祭や世界の不動産関連業界関係者が集まるMIPIMやMAPIC、世界のテレビ業界関係者が集まるMIPTV、国際映像コンテンツ見本市のMIPCOM、国際音楽産業見本市のMIDEM、国際広告祭のカンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル(Cannes Lions)、Tax Free World Exhibition、カンヌ・ヨットフェスティバル(Cannes Yachting Festival)、富裕層向け旅行商談会ILTMなどの国際展示会やSalon de la Gastronomieなどにご参加されるお客様のために、ニース空港送迎やカンヌ発着の貸切チャーターサービス(日本語ドライバー)なども行っております。 ☆観光案内 カンヌは一年中訪れることができ、人々が生活している町なので、エズとは違って冬の間もお店が開いています。しかし、やはりたくさんの別荘があり、冬の間は雨戸が閉まっているのをよく見かけます。 国際映画祭が行われる会場パレ・デ・フェスティバルを起点に、海沿いのクロワゼット大通りには高級ブティックが立ち並びます。華やかなカンヌで上級リゾート気分を満喫します。残念ながら、赤いじゅうたんは一年中は敷かれていません。会場の前の広場に映画祭に参加した俳優や監督たちの手形がありますので、ぜひ黒澤明氏の物を探してみてください! カンヌの旧市街地からの景色は素晴らしいのですが、シュケの丘の上まで上がらないといけません。丘の上にあるNotre Dame d’Espérance教会は、16世紀に建てられ、近年改修されています。中はゴシック様式で、ポーチはルネッサンススタイルで、パイプオルガンは1857年の物です。第二次世界大戦中には、教会は病院として使われていました。今日では、毎年7月にシュケのミュージカルナイトが教会前の広場で行われています。教会前の城壁は、16世紀に旧墓地に造られ、隣の県のエステレルまでの見晴らしは素晴らしいです! また丘の上にあるラ・カストル博物館は、オセアニア、ヒマヤラ、アメリカ、地中海のアンティークなどのコレクションが展示されています。中のサンタンヌ礼拝堂には、世界中の音楽楽器が展示されています。また19世紀のプロバンスの絵画、カンヌや沿岸の景色が描かれた絵画なども3つの部屋に展示されています。9世紀に造られた109段の階段のある塔の上からの眺めは最高です。 開館(10月-3月)10時-13時 / 14時-17時(月曜日休館) (4月-6月、9月)10時-13時 / 14時-18時(月曜日休館) (7月、8月)10時-19時 6月-9月の水曜日は21時までオープン 入場料:6ユーロ 丘の下にあるサンタントワンヌ通り(Saint Antoine)は、カンヌで最も古い道の一つです。40の商店が並んでいます。1500年には、旧市街地には階段はなく、全て坂道で道の真ん中に汚れた水やゴミをすてる水路が流れていました。19世紀には、町を清潔にし、廃墟を壊しました。今日では、地元の郷土料理屋の通りとなっています。 少し東へ行くとForvilleプロバンス市場が開かれる建物があり、月曜以外の毎朝、地元産の新鮮な野菜、果物、魚などが売られていて、週末は大変な賑わいようです。 市場のすぐ南を東西に通っている細いメナディエ通り(rue Meynadier)にはお土産やなどが並んでいます。 クロワゼット通り(bd de la Croisette)には有名高級ブランドが並んでいます(ニースよりもお店の数は多いです。)パリに本店のあるマカロンのお店Ladurée とダウンジャケットで有名なMonclerもオープンしました。 またクロワゼット通りと平行して北側に通っているアンチーブ通り(rue d’Antibes)にはファッションブランド、シューズ、アクセサリーなどを扱う様々なお店が並んでいて華やかな雰囲気の中ショッピングが楽しめます。 バスで10分でつく丘の上にある隣町のル・カネには、2011年6月にオープンしたナビ派を代表するボナール美術館(Musée Bonnard)があります。アクセス方法は、カンヌ駅前のバスターミナルか市役所から1番か4番のバスに乗って10分「ボナール美術館・市役所前(Musée Bonnard, Marie du Cannet)」で降り、市役所の入口を背に左に少し歩くとすぐ左手にあります。 開館(10月中旬-4月中旬)10時-18時 木曜は20時まで (4月中旬-10月中旬)10時-20時 木曜は21時まで 休館 月曜日、1月1日、5月1日、11月1日、12月25日 入場料:5ユーロ  臨時展示のある時は7ユーロ ボナール美術館の左側を上がり教会の横を通りさらに上がるとSaint Sauveurというギャラリーや可愛いお店が並ぶ道に出ます。右に下るとレイモン・ペイネの壁画「恋人たちの壁 (Le Mur des Amoureux)」があって、左に上がった所にあるPlace bellevueからはカンヌの海が見えます。 隣村のマンドリュー・ラナープルの素敵なナープル城もカンヌから22番のバスでアクセスしやすくなって、観光にお勧めです。マンドリュー・ラナープルの記事をよむ ☆ホテル 映画祭の時期に有名人たちが宿泊しているカンヌのホテルは、マジェスティック(Majestic Barriere)、カルトン(Carlton)、マルティネ(Martinez)です。カンヌにはたくさんのホテルがあり、国際映画祭の時期を外せば、それほど高くはありません。 カンヌからルカネに向かって徒歩20分の静かな住宅街にあるキミ・レジデンスは、ホテルよりも割安で部屋を借りられ、小さなキッチンや冷蔵庫が付いていて自炊もできて便利です。16部屋あるのでグループでの宿泊も可能です。スーパーも近くにありますし、日本語が少しわかるスタッフがいるのでお勧めです。 カンヌの市場から徒歩5分、ビーチにも近くてとても便利なAir Bnbのアパルトマンもお勧めです。居間のソファーでくつろぐこともできますし、キッチン道具も揃っていて自炊もでき、ゆっくりゆったり過ごせます。日本人オーナーなので日本語でやりとりができて安心です。 ☆レストラン レストランは、ミシュランガイド2つ星のお店が2つあって、1つはクロワゼットのホテル・マルティネの中にあるラ・パルムドール(La Palme d’Or)です。もう一つはカンヌから車で10分の隣町ル・カネにブリュノ・オジェー氏が営むVilla Archangeがあります。一つ星は、クロワゼットにあるGrand hotelの中にあるLe Park 45です。2つ星シェフのブリュノ・オジェー氏は、ビストロ Bistrot des Angesもル・カネの同じ敷地内に営業していて、美味しい料理をお手軽な料金で食べられます。 映画祭会場の近くにあるプロバンス料理のレストランとしてはLa Potinière、フランス料理のスタンダードな物も食べられるLE CAVEAU 30はお勧めです。 CAVEAU 30 45 Rue Félix Faure 06400 Cannes 04 93 39 06 33 映画祭の会場からは少し離れますが、地元の人もよくいくお店は、La Caveがあります。少し狭く感じられるかもしれませんが、活気があって賑やかなビストロです。 La Cave 住所:9 Boulevard de la Republique, 06400 Cannes 電話:04 93 99 79 87 他にも地元で人気のフランス料理のお店は、 L’affable 住所:5 Rue la Fontaine, 06400 Cannes 電話: 04 93 68 02 09 DA BOUTTAU – AUBERGE PROVENCALE 土日もオープン 住所: 10 Rue Saint-Antoine, 06400 Cannes […]

イタリアとの国境近くのレモンの町マントン

「フランスの真珠」とも呼ばれているイタリアとの国境近くのレモンの町、マントンについてご紹介します。 タイトルをクリックするとその内容へジャンプできます。 ☆地理・人口 ☆歴史 ☆気候 ☆観光案内 ☆イベント ☆お土産 ☆レストラン ☆ホテル ☆周辺 ☆アクセス *こちらのページは、観光ガイドの代わりとすることが目的ではなく現地ガイドの経験から便利で役に立つ情報を提供できたらという思いから作りました。 *お勧め情報はステファニーの個人的な意見です。 ☆地理・人口 コートダジュールの最も東にある町マントンはイタリアとフランスの国境近く、モナコとイタリアの間に位置します。マントンはアジェル山(Mont-Agel 1149 m)、ウルス山(Mont-Ours 1249 m) 、ベルソー(Berceau 1200 m)などの険しい山々に囲まれています。 人口は、だいたい3万人程度で、安定しています。傾向としては、若い人が増えてきて、労働人口が増えています。夏の間は8万人以上がマントンを訪れています。 ☆歴史 マントンという名前の起源や最初に住んだ人たちのことはあまりよくわかっていません。確実に分かっていることは、11世紀の終わりにヴァンチミリア伯爵領にPodium PinumもしくはPuypinと呼ばれた要塞化した小さな都市が現在ラノンシアード修道院がある丘の頂上にあったということです。その後、より海の近く、イタリアからつながる旧ローマ街道沿いに新たな村ができます。現在の旧市街地であるお城やサン・ミッシェル教会の辺りが当時の都市の中心でした。 12世紀頃からジェノヴァのヴェントファミリーがマントンの領主となり、14世紀半ばにモナコ領主のグリマルディファミリーが領主となります。モナコ王子オノレ2世がrue Longueに宮殿を持ち、現在ジャン・コクトー美術館である城の要塞を町の防衛のために17世紀初めに建設します。 18世紀には、主に漁業や農業を生業とする住民約4000人が暮らす街となります。 19世紀半ばには、マントンはサルディニア共和国の庇護の元、モナコから離脱し自由都市であると宣言します。1860年には、フランスに帰属することを選び、モナコのシャルル3世はナポレオン3世にマントンの権利を譲り、フランスのアルプ・マリティム県に属することとなります。 1880年からマントンはイギリスやロシアの貴族や観光客の間で人気となり、高級ホテルや高級別荘が建ち並ぶようになります。避寒や避暑のためにフランス皇帝ナポレオン3世の皇后やベルギーのアルベルト1世、ロシアのアレクサンドル、イギリスのヴィクトリア女王などの王族たちやアーティストでは彫刻家ロダン、ピアニスト作曲家のリスト、作曲家シャルル・グノーなどが訪れます。 第1次世界大戦中には、ホテルや高級ホテルは病院として使われます。第2次世界大戦中には、マントンはイタリアに、その後ドイツに帰属します。1944年9月8日に解放された後、再建を続け1960年代には再びコートダジュールの観光地としての地位を築きます。 ☆気候 マントンは、コートダジュールの温暖な気候で、特に亜熱帯の傾向があります。西からの風はアジェル山に遮られ、北や東北からの風からは、アルプス山脈の支脈によって守られています。冬の間も温暖で、晴れています。0度以下になることはまれで、1月の平均的な最低気温は11.3度です。マントンにある植物で代表的な物は、ヤシの木、レモンの木、バナナの木、ジャスミンなどで、温暖なことがよく分かると思います。夏の間は暑くなりますが、7月と8月の平均気温は25度で、海からのそよ風が気持よいです。年間快晴日数は、316日です。 ☆観光案内 マントンは、1991年にコートダジュールで最初、フランス国内で110番目に「芸術と歴史の町」として国に認定された町です。 旧市街は、小さな道が迷路のようにColla rognaという丘から港までつながっています。1993年から旧市街は保護地区と認定され、600の建物は修復対象となり、住民をさらに受け入れより活気のある歴史的地区になる予定です。 丘の上にあった城の跡地が墓地になっていて、ロシアやイギリスの貴族たちなどが眠っています。 サン・ミッシェル教会(Eglise St-Michel)はコートダジュールに残っているバロック様式の建造物としては最も美しい物の一つといわれています。 他にもアデマール・デゥ・ランタニャック邸宅(l’hôtel Adhémar de Lantagnac)や 白色苦業会(Pénitents-Blancs)礼拝堂、黒色苦業会(Pénitents-Noirs)礼拝堂なども見学できます。 ・ジャン・コクトー美術館 2011年11月にオープンしたジャン・コクトー美術館で、セヴラン・ワンダーマン氏が集めた豊富なコレクションが展示されていています。 ・コクトー美術館(要塞美術館) 海を見下ろす17世紀の小要塞の中にある美術館で、毎年違ったテーマの展示がされています。 両方とも火曜日と1月1日、5月1日、11月1日、12月25日以外の10時-18時オープン 入場料は、(Bastion)要塞美術館と新コクトー美術館の両方で8ユーロ(2016年8月時点) 詳しくはこちら ・市庁舎の結婚の間 コクトーは、1957年から58年の間にマントンの市庁舎の結婚の間の壁と天井にカラーの大壁画を作りました。 市庁舎は月曜-金曜8時30分-12時、13時30分-16時30分オープン 日本語の解説を聞くことも可能です。入場料2ユーロ ・庭園 19世紀に、特にイギリス人の植物学者たちがマントンに他では見られない素晴らしい庭を造り、今日でも見学することができます。また花も栽培していて、花が咲く村に与えられる最上級の「4つの花」ラベルが授与され、2008年に金の花という最高の賞をもらっています。 1990年に歴史的建造物として認められたJardins Serre de la Madone (住所 74 route de Gorbio)や国立自然史博物館所有で700種以上の熱帯や亜熱帯の植物のコレクションがあるJardin du Val Rameh (住所 Avenue Saint-Jacques)などがよく知られています。 ☆イベント マントンの街の中で行われるレモン祭り(Fête du Citron®) がとても有名で、ニースのカーニバルと同時期に行われ、両方見ることができます。レモン祭りについてはこちらの記事をご覧下さい。 他にはクリスマスの時期に行われるイベントもあります。 ☆お土産 マントンは温暖な気候のため柑橘類の生産で有名です。お土産には、マントンのレモンを専門としているお店Au Pays du Citronをご覧になるようお勧めしています。このお店では、地元産の柑橘類を使ったジャムやレモンを使ったリキュール「リモンチェッロ」、オリーブオイル、レモンを使ったアルコールなどを販売しています。 ジャムのお店は、 confiture Herbin 2 rue du vieux collège à menton です。 お店のすぐ隣にある工場で無料見学もできます。もちろんお勧めは、マントンの柑橘類のジャムです。みかん、レモン、オレンジ、ゆずの他、キンカンのジャムまであります。 1974年創業で、60%は果物、40%は砂糖で保存料は含まれていません。値段も比較的お手頃だと思います。 マントンの近くで収穫されたオリーブで作られたオ リーブオイルのお店L’huilerie Saint Michelもオススメです。レモンやバーベナの香りのするオリーブオイルなどがあって、たくさんの星付きレストランのシェフがここのオリーブオイルを使っています!パリにも支店が出ているんです。店内はとても綺麗で、サービスもよくて、味見もできます。 そして、おしゃれなフランスの魚の缶詰屋さんLa belle iloiseも日本の皆さんに人気です。 特にハーブとマントンのレモンが入っているサバの缶詰がオススメです。 市場(マルシェ)も素晴らしく、地元産の果物がたくさん店先に並んでいます。 ☆レストラン マントンの料理は、典型的な地中海料理です。地元産の太陽をいっぱい浴びて育った野菜や地中海の美味しい魚、地元のオリーブオイル、山のチーズ、果物、そしてもちろんマントンのレモンなどの材料を使って作られています。 マントンは、イタリアすぐ近くなので、とても美味しいイタリア料理を食べることができます。 広場のすぐ横にあるle café Siniでは、手軽においしいピザやモナコ料理のバルバジュアン(Barbqajuan)が食べられるので、軽食をご希望の方にはお勧めしています。 ミシュランガイドで2つ星レストランLe Mirazur もあります。 イタリアのヴァンチミリアの国境から50メートルにあるBaldi Rossiというイタリアン・レストランは、テラスが海の真上にあって、近代的な洗練されたイタリア料理が食べられます。 ☆ホテル マントンには、観光案内所によると約30のホテル、計1023部屋(4つ星ホテルは1つ、3つ星ホテルは16、2つ星ホテルは7つ、1つ星ホテルは3つと旅行者用ホテルが3つ)、ユースホステルは1つ、シャンブルドットは5つ、家具付き貸し部屋は108部屋ありま す。詳細はこちら ☆周辺 周辺には、鷲ノ巣村やアルプスの中にあるメルカントゥール国立自然公園、モナコ公国、ヴィルフランシュシュールメールなど散歩に適した道や訪れる場所がたくさんあります。 ・マントンのリヴィエラの鷲ノ巣村たち マントンの近くの沿岸地帯に5つの鷲ノ巣村が点々と並んでいます。バロック様式の教会、ロマネスク様式の礼拝堂、プロヴァンスの噴水の中世の館など歴史的な建物やアートギャラリーなどが見られます。 特にロクブリュヌ・カップ・マルタン(Roquebrune-Cap Martin)は標高225メートルにあるマルタン岬の上にある中世の鷲ノ巣村で、20世紀から王族や名士の隠れ家として有名です。他には、Sainte-Agnès (標高800m)、Gorbio (標高503m) 、Castellar (標高365m) 、Castillon (標高782m)の村々がマントンの周辺の鷲ノ巣村としてよく知られています。 ☆マイコートダジュールツアーズでは、ニース発一日で4国巡りでマントンの町を訪ねるツアーをご提供しています。 一日でフランス、モナコ、イタリア・セボルがの4カ国の魅力を満喫する欲張りなツアーです。ニース発だからできる世界でも珍しい一日4国ツアーは、「自慢になる」こと間違いないでしょう。 ☆アクセス バス: ・ニース市内のSEGURANE停留所から100番マントン行きのバスに乗り1時間15分程度(1.5ユーロ)このバスは、沿岸の街 (Roquebrune Cap Martin, Cap d’Ail, Beaulieu sur mer, Villefranche sur mer) やモナコにも停まります。15分から20分ごとに出ています。 時刻表はこちら(右側にあるTimetableに100と入力し、downloadを押すとPDFで時刻表をダウンロードできます。) ・ニース空港からは、110番のマントン行きのバスが出ています。1時間30分程度です(1.5ユーロ)。時刻表はこちら ・近郊の村々を訪れる際には、バスで行くこともできます。時刻表はこちら 電車: ニースからイタリアのヴァンチミリア行きの電車に乗りMenton Centreで下車、40分程度 ニースからは片道4.90ユーロ 時刻表はこちら 電車の駅から5分歩けば海岸に着きますし、街の中心にも徒歩で行けます。 コートダジュールの公共交通機関の情報はこちら ☆リンク マントンの観光局のサイト レモン祭りについての記事

香水の都グラース 世界に誇る香水産業

タイトルをクリックするとその内容へジャンプできます。 ☆歴史 ☆観光案内 ☆香水工場・調香体験 ☆花畑見学 ☆オリーブオイル ☆イベント ☆お勧めレストラン ☆ホテル ☆アクセス ☆リンク *こちらのページは、観光ガイドの代わりとすることが目的ではなく現地ガイドの経験から便利で役に立つ情報を提供できたらという思いから作りました。 *お勧め情報はステファニーの個人的な意見です。 カンヌ国際映画祭で有名な南フランスのカンヌから20キロ内陸に入った山沿いに、香水で有名な街グラースがあります。 街に入ったとたん、どこからともなく良い香りがします。少し歩くとまた別の香りがするので、街の至る所に香水工場がある様です。 調べてみると、グラースには香水に関わる企業が60もあって、3500人もの雇用を生み出しているらしいのです。 グラース市の公式スローガンは「世界的香水の首都!」これも大げさではない様で、グラースの香水産業はフランス全体の香水産業の収益の50パーセントを占め、世界全体の収益の10パーセントをも占めるという数字がでています。 ☆歴史 フランスのグラースで香水が街の主要産業になったのは18世紀の終わり。その前まではなんと、革なめしが主要産業だったのです。 グラースで生産される革製品は質が大変良く、特に 革手袋が裕福な上流階級の婦人達に人気でした。しかし革手袋の欠点は、その臭い。手袋を外した後もしつこく手に残るので困る、という意見が婦人達から聞か れました。そこである なめし職人が香水つきの革手袋を考えつきました。早速商品化したところ、それが大人気商品となりました。 こうしてしばらく「香り付き革手袋のグラース」として名が売れましたが、革製品の税があがったことや、ニースの台頭によって競争力を奪われたことなどが原因で革なめし産業は衰退し、香水産業だけが後に残ることとなります。 グラースでは南仏らしい香り高い花々が生産されています。その代表格といえば、ラベンダー、ジャスミン、ローズ・センティフォリアという種類のバラ、野生オレンジの花、ミモザなどでしょう。 香水の主な原料となるジャスミンの生産は特に盛んでした。ジャスミンの香りは日の出とともに最高になります。生産者はその瞬間を狙って一つ一つ手作業で花を摘み、素早く工場に運び精油を抽出するのです。そんな田園光景が70年代頃までは当たり前に見られました。 当時の香料会社の様子がこちらでご覧になれます。 しかし変化は起こりました。 70年代から80年代にかけて大規模な外資企業が進出してきて、古くから続くファミリー企業を買収し始めたのです。 買収もとの企業は進んだ科学技術を持ち込み、グラースの企業は伝統とノウハウを提供しました。 結果、昔ながらの原材料の生産による収益が現在では半分以下になり、合成香料(とくに食品香料)の生産に取って代わられました。 近年のフランスでは人件費の安い海外に産業が流れがちです。 そんな中でもグラースの香水産業は生き残りをかけて柔軟に変化している、とても良い例なのではないでしょうか。 ☆弊社ではグラースで香水作り体験と香水工場巡りができる1日ツアーをご提供しています。 マイコートダジュールのグラースと香水ツアーへ ☆観光案内 グラースの旧市街地の中心には、他のコートダジュールの村々と同じように車で入ることができませんので、パレ・デ・コングレ(会議場)前のオノレ・クレスプ広場(cours Honoré Cresp)の駐車場や 旧バスターミナル横の駐車場などに車を止めて歩いてまわることになります(土曜日は1日無料)。電車の駅にある駐車場は無料(Parking Relaisはバスや電車に乗った時のチケットを出る時に見せれば朝6:30から21:30まで無料で駐車可能)ですので、駅に駐車して FUNIXというバスで旧市街地まで1.50ユーロで上がってくることも可能です。なおメインのバスターミナルは2012年夏から旧市街地から電車の駅の横「Pôle intermodal 」へ移動になり、旧バスターミナルはビュアンドリ広場(洗濯場広場:place de la Buanderie)と呼ばれるようになりました。ニース-グラース間のバスは以前と同じように旧バスターミナルが現在(2013年 1月)も終点となっています。2013年8月にこの広場に観光案内所がオープンしました。こちらで、地図と香水会社のブティックの割引券をもらっておくといいでしょう。 グラースの旧市街地を見て回るのはだいたい徒歩で1時間ぐらいでしょう。博物館や美術館もまわると半日、旧市街から離れた香料工場の見学や香料作り、お花畑を見学する場合は、一日過ごすこともできます。18世紀の貴族の邸宅 や香料会社が旧市街地の中や周りに残っていて、美術館などは貴族の邸宅を使っている所があるので、当時の雰囲気を見学することができます。香料産業が盛んだった頃、旧市街地は人口過密だったため道路を狭くして住宅を増築していたため道は比較的細くなっています。坂道が多く滑り易いので歩き易い靴を履かれることをお勧めします。旧市街地の地下には、当時の有力な香料会社の社長が自分用に作った通勤用の地下道が今でも残っていたりするそうです。 メリーゴーランドが常設されているオノレ・クレスプ広場(cours Honoré Cresp)からはカンヌや地中海が見渡すことができ、お勧めの場所です。 パレ・デ・コングレの前の道Jeu de ballonを上がって行くと右手に国際香水博物館(MIP:Musée International de la Parfumerie)があります。2008年に改装が終わり再オープンし4階に渡り5万点の香りに関するコレクションがあります。見学は4階からスター トし、出口は1階です。展示してある物やビデオを見ながら世界における香りの歴史をたどったり、実際に様々な香りを楽しむことができます。マリー・アント ワネットのために作られた旅行用の化粧箱やアンティークの香水のビン、昔ながらの香水を作る道具などが展示され昔と今の香水の作り方も知ることができます。残念ながらまだ日本語のガイドはないのですが、英語で説明を読むことができます。入場料は4ユーロ(臨時展示がある場合は5ユーロのこともあるそうです)。 博物館の出口を出て左に坂を少し下がるとCafé des Muséesがありいつも観光客でにぎわっています。カフェのある角を左に曲がると旧市街地に入ります。カフェの目の前にフラゴナールのブティック(観光案内所でもらった割引券を提示すると10%引き)があり、さらに少し下がるとフラゴナール歴史工場と香水美術館がありこちらでも香水の歴史を英語のガイド付きで無料見学できます。 フラゴナールの工場を出て右にある階段を少し下がった所にプロバンス美術・歴史博物館があり、こちらも無料見学できます。フランス革命の立役者ミラボーの妹の夫クラピエ・カブリス伯爵が建てさせた邸宅で当時の様子が今でも伺えます。 カフェが角にある道(rue Jean Ossola)に戻り旧市街地へ入って行くとプロバンス民族衣装・宝石博物館があり18、19世紀の衣装やアクセサリーを見学できます。2016 年末にオープンしたフルーツの砂糖漬けやチョコレートの専門店フロリアン(Florian)のブティックもあります。さらに下って行くとラベンダーや石けん、生地屋さん、カフェなどがあり、薬局の手前にあるMaison Venturiniという小さなお菓子屋さんでグラースの名物のオレンジの花の香りのするブリオッシュ「フガセット(Fougassette)」を買うことができます。 薬局の前の道を右に入ると大聖堂へ着きます。その手前の邸宅に1815年エルバ島からパリへ向かう途中ナポレオンが立ち寄ったと言われています。 ノートルダム・デュ・ピュイ大聖堂については、12世紀に一番古い記録があり、イスラム教徒たちの侵略にあっていたアンチーブから司教区を13世紀にグラースに移動させ発展してきました。丘の上にあり、敵から身を守りやすいことからグラースはここから始まったと言われています。大聖堂の中に入って右手にはルーベンスの絵画が3点展示されています。フラゴナールの作品の中では珍しい宗教画「洗足」は、お見逃しなく。 13世紀に建てられた市役所の塔が横にあり、さらに奥へ行くと8月24日広場(place du 24 Août)から素敵な景色が見られます。 Rue Jean Ossolaを先に進みRue de l’Oratoireを左に上がりきると左手にあるSalon de Thé(ここではフルーツの砂糖漬けやショコラがお土産に売っています。バラの紅茶やショコラショーがとても美味しくてお勧めです)の手前を左に曲がるとエール広場(Place aux Aires)がありここにもお土産屋やレストランがあります。2014年8月に老舗香水会社モリナールのブティックが、そして、2018年にMicallefという香水のブティックがオープンしました。このブティックは20年ぐらい前からあるオリジナル香水メーカーのブティックです。特に香水の瓶(フラコン)が素敵で私のお気に入りです。マダムMicallefが作ったもので、香水の瓶をご自身でデザインするアクティビティも行っています。 革なめし業が盛んだった頃は、この広場で作業が行われていたそうです。 広場を左に上がるとJeu de ballon通りに出るので、下っていくとオノレ・クレスプ広場に戻ります。広場から駐車場に入る階段を下りて行くと、右手下に「フラゴナール美術館」があります。この美術館には、1732年グラース生まれのロココ時代の代表的な画家ジョン・オノレ・フラゴナールが当時のフランス国王ルイ15世の愛妾デュ・バリー夫人の依頼によって制作した4連作「恋の成り行き」の複製画やその家族が描いた作品が展示されています。入場料無料です。 ナポレオンの妹のプランセス・ポーリンヌが散歩に来ていたというプランセス・ポーリンヌ公園が旧市街地から更に上がった丘にあって、眺めは 素晴らしいです。徒歩では30分ほど急な階段や坂を上がっていくことになります。 またグラースには、ヴィクトリア女王やロスチャイルドファミリー、フランスの歌手のエディット・ピアフも滞在していました。大聖堂は日本のドラマの撮影で使われたこともあります。 ☆香水工場・調香体験 19世紀末に火を使って香料を作るようになり、香料工場は旧市街地から離れた所に移動しています。香水を作る体験ができる香料工場は、旧市街地から徒歩かバスで行きます。 ・モリナールMolinard は、オノレ・クレスプ広場かVictor Hugo通りを徒歩で15分程下っていくと右手にあります。無料の工場見学と体験(有料)ができます。 ・ガリマールGalimardの香水作り体験ができる工房は、旧バスターミナルから20番のMouans-Sartoux行きバス、もしくは600番のカンヌ行きのバスに乗り「Quartre chemins」下車(10分程度)、ロータリーを右に曲がりすぐの左側にあります。こちらの工房には、日本語対応可能なガイドさんがいるので、予約をされる際に日本語でのセッションを希望されるとよいでしょう。セッションの終わりには、ご自分の香水を持って帰ることができ、調合されたオリジナルレシピはガリマールに永久保存されるため、日本からインターネットで同じ香水を注文することができます。 無料の工場見学は、同じバスでさらに下り「LES FLEURS DE GRASSE」下車(20分程度)さらに徒歩で下ると左手にある工場で可能です。 ・Fragonard工場の無料見学は、同じバス停で下車しマクドナルドの2つ先の道を下っていくか、同じバスで「Quartre chemins」の次のバス停「LE NEROLI」下車3分程道を戻ると、右手にある工場で可能です。 ☆花畑見学 香水の原材料である花を生産している畑を見学することが可能です。 ・Domaine de Manon 住所 36 Chemin du Servan – 06130 GRASSE Plascassier クリスチャンディオールの香水の原料のお花を栽培しています。花栽培について様々な説明をしてくれ、花摘み体験ができます(フランス語のみ)。説明の後、畑で作られた無農薬のバラやジャスミンのジャムなどを買う事ができます。 ローズ・センティフォリア(5月初-6月中旬頃):とても香りの豊かなバラです。個人での見学は火曜日の10時 (入場料6ユーロ) ジャスミン(8月初-10月中旬頃)個人での見学は火曜日9時(入場料6ユーロ) アクセス:旧市街地からはFunixバスで電車の駅横のバスターミナルまで行き、17番のCimetière de Plascassier行きバスで「Grasse Plascassier」下車、徒歩3分程度です。このバスは始発が9時30分着なので、ローズの見学のみ可能です。ジャスミンは、車で行かれた方がよいでしょう。 ・国際香水博物館(MIP)の庭園・花畑 住所 979 chemin des Gourettes 06370 Mouans-Sartoux グラースの隣村Mouans-Sartouxにあります。 ローズ・センティフォリア、ラベンダー、ジャスミンなど香料に関係するお花や植物がたくさん。ピクニックができるテーブルもあってゆっくり過ごせます。 5月にはローズ・センティフォリアのイベントがあって、バラを好きなだけ持ち帰れるので、地元の人たちに人気です。 行き方は、旧バスターミナルから20番のMouans-Sartoux行きバスで「Les jardins du MIP」下車(40分)1分、もしくは600番Cannes行きバスにのり「Les Gourettes MOUGINS 」下車(30分)から徒歩5分。 ☆弊社ではグラースで香水作り体験と香水工場巡りができる1日ツアーをご提供しています。ご希望のお客様には、国際香水博物館(MIP)の庭園・花畑や香水工場へもご案内できます! マイコートダジュールのグラースと香水ツアーへ ・Au Pays d’Audreyでは訪問だけではなく様々なアクティビティも豊富です。子ども向けのものもあるので、お子様連れのファミリーにおすすめです。アクセスは車でのみです。 ☆オリーブオイル ・Huilerie Sainte-Anne 住所138 Route de Draguignan 06130 GRASSE 月曜-土曜9:30-12:30 / 14:00-18:00 オリーブを伝統的な木の歯車装置によって動く石のひき臼でつぶして作っている所を見学できます。 アクセス:旧市街地から1時間半から2時間に1本出ている30番のバスに乗り「Pont de Sainte Anne」下車(15分程度)徒歩 ・Moulin à huile du Rossignol 住所 41 Chemin des Paroirs 06130 GRASSE 月曜-土曜9:00-12:00 / 15:00-18:00 1760年に作られたオリーブオイルを作るひき石があります。現在は、洗練された新しい器具を使って作っています。オリーブオイルなどを作っている所を見学できます。 アクセス:旧市街地から徒歩30分程度に位置し、バスだとバス停「Palais de Justice」から徒歩で15分以上かかり、少し分かりにくい所にあります。車で行かれた方がよいと思います。 ・Moulin d’Opio 住所2, route de Châteauneuf 06650 OPIO グラースの隣村に位置し、1848年から受け継がれ7代目のオリーブオイル屋で、オリーブオイルを作っている所を見学できます。 4月-9月 月曜-土曜9:00-12:30 / 14:00-19:00 10月-3月 […]

ニース Nice

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アンリ・マチス 「毎朝この光を見られるのだと分かった時、自分の幸運を信じられなかった。私はニースを去らないことに決め、私の人生のほとんどの時間をここで過ごした。」 タイトルをクリックするとその内容へジャンプできます。 ☆地理・人口など ☆ニースとニース伯領の歴史 ☆気候 ☆ニースにある美術館 ☆お勧めの観光スポット ☆ニースのイベント ☆お勧めのホテル ☆レストラン ☆ニースでショッピング ☆公共交通機関 ☆リンク *こちらのページは、観光ガイドの代わりとすることが目的ではなく現地ガイドの経験から便利で役に立つ情報を提供できたらという思いから作りました。 *お勧め情報はステファニーの個人的な意見です。 ☆地理・人口など ニースは、フランス南東の端、地中海に面していて、 背後には最高峰が標高3000m以上のアルプスの支脈がつらなっています。 現在は人口35万人程度で、フランス第5の都市です。毎年400万人の観光客が訪れ、パリに次いで第二の観光都市です。ニースには、ホテルの部屋数にして全部で1万部屋近くあります。 ☆ニースとニース伯領の歴史 ニースの歴史は、約40万年前まで遡ります。人々が住んでいたテラ・アマタ(Terra Amata)遺跡があり、当時の生活を復元した博物館が現在もあります。先史時代にもラザレ(Lazaret)洞窟やニース近郊で見つけられた痕跡から所々に人々が住んでいたことが伺われます。紀元前数世紀にはリグリア族やヴェディアン族がニースのシミエの丘や城に住みます。 紀元前6世紀にギリシャ人との商業が始まり、紀元前4世紀と2世紀の間にマッサリア(現マルセイユ)から来たフォカイア人によってニカイア (Nikaïa)が作られます。ニースという名前は、このニカイアに由来しています。ニカイアは現在の旧市街地の一部、海辺の近くに位置しています。 西暦の初めにローマ人がアルプ・マリティム地方の首都としてCemenelumという都市国家を現在のニースのシミエ地区に創ります(現在も円形競技場などの遺跡が残っています)。3世紀には、アンブランという都市にアルプ・マリティムの首都が移されます。5世紀後半にローマ帝国が衰退してから、侵略による混乱の時代が始まります。 カロリング王朝の復興によって、サン・ポンス大修道院が造られます(現在のパスター病院)。フランス王国を3分割相続することと定めた843年のヴェルダン協定後、ニースは様々な王国、とりわけプロヴァンス、そしてブルゴーニュに属します。プロヴァンス伯の一人ギヨームが972年にサラセン人(当時のイスラム教徒、813年にニースに大損害を与えます)を追い返しブルゴーニュの保護下にあった地域を解放します。 中世 その後、プロヴァンスは名目上は神聖ローマ帝国に属しつつ、5世紀にわたって独立国家として存続します。 城のある丘(現在の城跡のある丘)の上に築かれたささやかな街は12世紀半ばからコンスル(行政官)によって管理されます。城壁内には数千人の住民の住む住居や教会、市場、病院、貴族たちが豊かさを競って建てたという塔のある街となります。13世紀には丘の下の現在の旧市街地がある辺りが発展してゆきます。ニースは、プロヴァンスの県庁所在地で、丘の上に城があり軍事的にも重要な役割を担い、プロヴァンスに完全に統合され平和な時代が1382年まで続きます。 1382年から1388年までルイ・アンジュー派とシャルル・デュラ派の市民戦争が行われ、それから(短期間を除いて)1860年までニースとプロヴァンスの一部の地域は、(後にイタリア統一を主導するサルデーニャ王国の前身)サヴォイア公国に属することになります。1482年にヴァール河以西のプロヴァンスがフランス領となり、1526年からニース伯領と呼ばれます。 ルネッサンスとバロック時代 イタリア戦争中フランスがイタリア半島の所有権を主張するのに対抗してサヴォイア公は神聖ローマ帝国皇帝カール5世と同盟を結びます。 1538年にカール5世とフランソワ1世、ローマ教皇パウルス3世で有名なニースでの会議を開き、10年間の休戦に至ります。しかし1543年にバルバロス提督が率いるオスマン艦隊とフランス艦隊がニースを攻撃し、占領します。ニースの伝説のカトリーヌ・セグランのお陰か、丘の上のお城までは占領されずに済みます。サヴォイア公は、ニースの街を守るため城のある丘全体を守る砦をさらに高くことにします。大聖堂と住民は街の下の方に移されます。18世紀初めにシャルル・エマニュエル1世は港をつくることそして元老院(法廷)を造ることを決めます。旧市街地は、バロック様式(大聖堂やLascaris宮殿、le Jésusなど)が優勢な現在の姿に少しずつ近づいていきます。 17世紀末と18世紀初めに2度、フランスのルイ14世によってニース伯領は占領され、砦や城壁を破壊されます。サヴォイア公は、サルデーニャ島を領有しサルデーニャ王国を統治します。18世紀にはニースの街は、宮殿広場、Saint-François-de-Paule通りと Alexandre Mari通り、Garibaldi広場や港などが発展します。バロック様式の建築が続きます(傑作は、Miséricordeチャペルです)。 18世紀中頃に、初めてイギリスから冬期リゾート客(避寒客)がニースに訪れます。そして年々数が増えて行きます。18世紀末にフランス革命の軍隊がニースまできます。 サルデーニャ王国とフランス 18世紀末にニースはフランス領となります。イタリア征服を準備するためにナポレオンが3日間ニースに滞在します。 19世紀初めパリ条約によってニースはサヴォイア公国へ返されます。イギリスや他の国からも避寒客が少しずつ戻ってきます。シャルル・アルベール王は北イタリアにいたオーストリアを追い出そうとした所、敗退し、退位します。後継者のヴィクトール・エマニュエル2世はナポレオン3世に軍事的な助けを受ける見返りとして、サヴォイアとニース伯領をフランスへ併合するプロジェクトが19世紀半ばに生まれます。ニースでは、親フランス派とガリバルディ率いる親イタリア派が対立します。 1860年4月に7912人の登録されている選挙人(21歳以上の男性)のうち6810人がニースのフランスへの併合に賛同します。1860年6月11日にニースは正式にフランスのアルプ・マリティム県の県庁所在地となります。1864年には鉄道が開通し、観光客が増加します。1815年には人口は2万3千人でしたが、1861年には5万人ほどになり、1911年には14万人となります。ニースはたくさんのイタリアからの移民を受け入れます。 ニースの街は貴族や資本家によって管理されます。20世紀の終わりにはヴィクトリア女王などヨーロッパの王族、貴族がニースを訪れるようになります。1925年からは冬シーズンだけでなく夏にも観光客が訪れるようになります。第2次世界大戦中にはニースはイタリアに、その後ドイツに占領され、レジスタンス活動の取り締まりが厳しくなります。ニースの街はアメリカからの爆撃を受け、1944年夏連合軍のプロヴァンス上陸作戦が成功し、ドイツ軍はイタリア国境方面へ撤退し、1945年5月8日終戦となります。 その後は、富豪、著名人、芸術家たちがニースを訪れるようになります。ルノワールやマチスなど20世紀を代表する芸術家たちが、訪れ、定住し、創作し、現在も美術館という形でニースに残っています。 歴史的に、1388年から1860年までニースは後にイタリア統一を主導していくサルデーニャ王国の前身であるサヴォイア公国に属していたため、イタリア文化に強い影響を受けていて、今日でもニースの建築や料理、ライフスタイルにみることができます。 また地理的にもイタリアに近いため、現在でもニースの人たちは買い物や食事をするためにイタリアへ頻繁に行っています。そのため北イタリアではフランス語が通じますし、ニースでもイタリア語は通じます。ニースにはたくさんのイタリア人観光客がいるため、ニースのお店の店員さんたちは、イタリア語と英語が話せることが前提となっています。 ☆気候 ニースは、コートダジュールのように一年中温暖な気候です。フランスの街の中で一番降水量が少ない訳ではありませんが、雨が降ることは比較的少なく、太陽が一年中照っています。フランスで最も太陽に恵まれた(日照時間が長い)街です。 冬も温暖なため、ニースは18世紀に海水浴場となりました。イギリス人やロシア人が冬を過ごしに来ていました。朝と夜は冷えますが、日中は太陽が出てくるので気温が上がります。夏は暑すぎず、湿気は少なく、32度以上になることはまれです。ニースの気候は、プロヴァンスの気候とはまた異なります。プロヴァンスでは、冬はとても寒く、夏はとても暑く、季節の違いが明らかです。 ニースでは、8月の終わりから雷雨が頻繁にあります。9月はとても快適です。夏は日がとても長く6月21日には22時まで太陽が出ています。11月には雨がよく降ります。この時期に水を貯めておくことになります。日がとても短い時期です。特に沿岸地域では雪が降ることはまれです。アルプス山脈は近くにあって(車で2時間、スキー場も近くにあります)、毎年雪が降ります。ニースのお店ではロングコートは売っていませんし、手袋や毛糸の帽子も滅多に使うことはありません。時々ブーツを履くことはありますが、温暖なので数日間だけです。 夏には太陽の光がとても強いので、直接に陽を浴びていなくてもいつの間にか日焼けしてしまいますのでご注意ください。 ☆ニースにある美術館 ニースには多くの美術館がありますので、アート好きの方々には満足して頂けるのではないかと思います。 ・まず国立マーク・シャガール美術館は絶対に外せません。シャガール自身が美術館の計画の段階から参加し、テーマを決めたり、作品を選んだりしたため他では見られないものとなっています。テーマはとても宗教的なため、作品の理解は容易ではありませんが、世界中からの訪問者に高く評価されています。フランスの美術館にしては、入場料は高めといえますが、日本語のオーディオガイドを借りることができます(借りる際にはパスポートを預ける必要があります。オーディオガイドを返却する時にパスポートは返してもらえます。)。日本語のオーディオガイドでシャガールの作品の説明を聞かれると理解しやすくなると思います。フラッシュなしであれば写真を撮ることも可能です。美術館の庭にある小さなカフェで休憩すると気持ちがいいと思います(2月から11月にオープン)。ウブティックでは、日本語でのカタログや現代美術に関する書籍、シャガールの複製、様々な文房具などが置いてあります。 ☆マイ コートダジュール ツアーズは、ニース市内観光ツアーでシャガール美術館・ロシア正教会大聖堂などニースの見どころへご案内しています(入場料込)。 詳細はこちら ・マチス美術館は、シャガール美術館の近くにあります。市の美術館です。写真撮影は完全に禁止されています。美術館では、マチスの全キャリアを通した作品が展示されていて、ヴァンスのロザリオ聖堂の模型が見られます。また建物自体が素敵です。 ・ジュール・シェレ美術館(Jules Chéret)、正式名はニース美術館(Musée des beaux arts de Nice)はあまり知られていませんが、ニースで火曜日に開いている唯一の美術館です。マイコートダジュールツアーズのニース市内観光ツアーでは、火曜日にはシャガール美術館の代わりにこちらにご案内しています。複数の時代にまたがった何人もの芸術家の作品が展示されていて、ロダンの彫刻も見られます。ニースの芸術家デゥフィーの絵画も展示されています。 ・近代・現代美術館(MAMAC:Musée d’Art Moderne et d’Art Comtemporain)はモダンアートがお好きな方には外せません。60年代にアメリカのポップアートと同時に誕生したアートでニース在住かニース生まれのアーチストを集めている「エコール・ド・ニース」の数々のアーチストの作品が展示されています。特にアルマン(Arman)、ベン(Ben)、セザール(Cesar)、ニキ・ド・サンファル( Nikki de Saint Phalle)が有名です。ニースのアートに興味がある方、ポップアートがお好きな方にはこの美術館はお勧めです。この美術館は実に見事です。 ・最後に、マセナ美術館(Musée Masséna)は、ニースの歴史についてもっと知りたい方にはお勧めです。ネグレスコのすぐ隣にあって、市の美術館です。ニースの街の発展や都市化の様子が写真や絵画で見ることができます。ニースをまた違った視点で見ることができると思います。 シャガール美術館、マチス美術館、 ロシア正教会大聖堂へ1日で行かれる場合は、 Open Tourのバスの1日チケットを利用されると便利です。 ☆お勧めの観光スポット お時間があまりない場合でも、ニースの街は大きくはないので短時間で簡単に見て回ることができます。ニースの人たちは、街中を歩いて移動することがとても多いです。街を見て回るためには、タクシーやバスに乗らないで歩いて移動する方がよいでしょう。ただ、シャガール美術館とマチス美術館は中心街から離れていて大きな坂の上にあるため歩いて行くのは難しいと思います。マチス美術館へは特にバスで行かれることをお勧めします。バスは、15, 17, 20, 25番で、下車するバス停は »Arènes / Musée Matisse »です。公共交通機関の詳細はこちら)。 電車の駅の周辺や、海辺の周辺、マセナ広場周辺のホテルにお泊まりの場合は、徒歩で(シャガール美術館とマチス美術館以外の)観光スポットへ移動することが可能です。 一日あれば、ニースの街を見て回り堪能するのには十分だと思います。私がお勧めするプログラムはこちらです。 朝8時からサレヤ広場のマルシェへ行きます。旧市街地内の見つけやすい所にあります。道はまっすぐなので迷子になるリスクはないと思います。月曜日は骨董市で、お花や果物、野菜の市場は火曜日から日曜日まで毎日出ています。途中でカフェのテラスで一息つかれるとよいでしょう。 サレヤ広場の奥へまっすぐ進みます。海辺の近くのホテル・スイスの辺りにあるエレベーター(無料です)に乗り城跡のある丘に登ります。ニースとニースの旧市街地の町並みが見渡せる眺めはびっくりするほど素敵です。 その後、海辺を廻ってみるのもよいでしょう。ランチには、また旧市街地に戻ります。ニースの人たちは、可能な時には日差しと外の雰囲気を味わうためにテラス席で食事をします。真夏でも暑さは耐えられる程度で湿度は高くありません。冬には、外の雰囲気を楽しめるように暖房が炊かれたテラスもあります。旧市街地では迷子になってみてもよいと思います。たくさんの可愛らしい典型的なニースの通りや可愛いお店を偶然に見つけることができると思います。コート・ダジュールのお土産を買われるにはニースの旧市街地はよい場所だと思います。 午後には、シャガール美術館もしくはマチス美術館へ行きます。閉館後、歩行者ゾーンになっていてたくさんのお店のあるジャン・メデゥサン通りで少しお買い物をします。もう少しお時間があるようでしたら、港の方へお散歩へ、ニース発のクルージングに参加されるのもいいと思います。 海水浴、海に足だけでも浸けられることももちろんお勧めします!通常は6月から9月まで海に入ることができます。勇気がある人たちは一年中海水浴をしています。ニースへは海好きな人たち、特に日焼けしたい人たちが集まってきます。夏の間は美術館巡りをするよりも日光浴を好む観光客もかなりいます。 ジョギングがお好きな方にはプロムナード・デザングレは理想的な場所です。どんなに方向音痴な方でも迷子になることはありません。一年中時間を問わずたくさんの人たちがジョギングをしたりサイクリングをしたりしています。 ☆ニースのイベント ニースカーニバルはこちらをご覧ください。 トライアスロンのアイアンマンはこちらをご覧ください。 ☆お勧めのホテル コートダジュールを旅行する際にニースに宿泊されるのは賢明だと思います。ニースの街を観光するのにもちろん便利ですし、モナコやアンチーブ、カンヌに行くのにも便利です(電車やバスで移動すると短時間で行けます)。 まず、一般的には駅周辺に宿泊されることはお勧めしません。日本の方には駅周辺はとても便利に思われるようですが、ヨーロッパでは駅周辺の治安はよくありません。あまり安全ではないため、女性がお一人歩きをされると少し危険に感じられるかもしれません。他の地区にもお手頃な価格のホテルがあります。 いくつかの宿泊プランがあります。 私たちのお勧めのお手頃な価格のホテルは、ホテル・アルベール・プロミエール(Hôtel Albert 1er)です。3つ星ホテルで、マセナ広場の近くにあり、海辺や旧市街地からも歩いてすぐ近くです。とても便利で、この質でこの価格はお得だと思います。 4つ星ホテルの中では、立地がよく雰囲気もよいホテル・ボー・リヴァージュ(Hôtel Beau Rivage)が好きです。メルキュールホテル(Mercure)の マルシェオフルール(marché aux fleurs) と プロムナードデザングレ(promenade des anglais)も立地がとてもよく、信頼できるサービスです。ホテル・ウェストエンド(Hôtel West End)もプロムナード・デザングレにあり立地がよいです。ホテル・ラ・ペルーズ(Hôtel La Pérouse)は中心から少し離れていますが、景色は素晴らしく、ユニークな場所にあります。 高級ホテルとしては、ハイアット・リージェンシー・ニース・パレ・ド・ラ・メディテラネ(Hyatt Regency Nice Palais de la Méditerranée)は、サービスは完璧ですし、スタッフがとても親切で、現代的な雰囲気で、立地もよいのでお勧めします。 ニースの人たちに出会いたい方や少し違った経験をされたい方には、シャンブルドットヴィラ・メッゾ・モンテ(Villa Mezzo Monte)という一般家庭のゲストルームへの宿泊をお勧めします。オーナーはとても親切な夫妻です。中心街の外側のとても奇麗な景色ととても奇麗なお庭があるお宅です。美味しい朝食込みで、ムッシュが駅や必要であれば他の場所まで車で送ってくれます。料金は、お一人もしくはお二人で1泊140ユーロです。特にフランス語を学んでいる方には、ご夫妻は喜んでゲストとお話しをしますので、お勧めです。 ☆レストラン ニースは過去にイタリア領だったこともありイタリアンレストランがたくさんあります。初めていらした方々はびっくりされるようです。野菜を主に使ったニース料理のレストランやもちろんフランス料理のレストランもあります。 代わりにアジア料理レストランは少なく、ほとんどが中華料理です。ファーストフードのアジア料理屋がありますが、中華料理やベトナム料理、タイ料理をまぜた物で、味はあまり美味しくないです。韓国料理やベトナム料理のお店はありません。本物のアジア料理を召し上がるのはパリへ行ってからにされた方がよさそうです。 代わりに、数年前から本物の美味しい日本料理レストランがニースにあります。 私たちの好きなお店をご紹介します。 ・ニース料理: ラ・メレンダ« La Mérenda »は旧市街地にありますが、観光客狙いのお店ではないです。予約する電話番号はありませんし、クレジットカードは使えず、コカコーラも置いてありませんし、椅子は小さくて座り心地はよくありません。しかしニースの人たちには素晴らしいと評判のお店です。メニューのバリエーションは少なく、季節によって、仕入れた新鮮な食材によって変わります。定番のピストゥ・パスタ、モントネーズ・タルト(ピッサラディエール)、季節にはラタトゥイユ、ストックフィッシュ、もしくはドーブ(肉の蒸し煮)を、デザートには、ニースの典型的なタルト・デ・ブレットをお勧めします。 ・ラ・カンティーン・デゥ・ルル« La cantine de Lulu »も同じようなお店ですが中心街にあります。様々なニース料理を味わえる前菜のファランドル・ドントレをお勧めします。店内からシェフのルルさんがキッチンで料理している姿が見られます。 このふたつのレストランは地元の人たちで賑わうお店なため、週末は閉まっています。 ・ビストロ・デゥ・レコール・デゥ・ニース« Le bistrot de l’Ecole de Nice »は2012年秋に、星付きシェフの松嶋啓介さんのビストロです。お手頃な料金で、ニース地方の料理を提供しています。 ・« le Safari »は、旧市街のマルシェの開かれるサレヤ広場の奥にあって便利なのでオススメです。広いテラスがあって、12時から23時までノンストップでオープンしています。ニースの前菜盛り合わせ(l’assortiment d’entrées niçoises)がオススメですが、量が多いのでそれだけでお腹いっぱいになってしまう方もいます。 ・イタリアレストラン オーソドックスなのが旧市街地にある« La voglia »と歩行者天国エリアにある« Villa d’Este » です。とても美味しい料理が頂けますし、量がとても多いので、たくさん注文しすぎないようにご注意ください。取り分けることになると思いますが、人数分の1皿の料理(2人分や3人分と注文できます)で一人当たり十分な量が出されます。ビザやパスタがとても美味しいです。前菜には、ミックス前菜(antipasti misti)を注文されると野菜をたくさん食べられますし、多彩な料理を味わうことができます。 ・海の幸、魚料理 海の幸と魚料理については、« Boccaccio » が昔からある有名なお店です。特に年末には牡蠣がとても美味しいのでお勧めです。 ガリバルディ広場にあるLe « café de turin » も海の幸で有名です。こちらは観光客にはあまり知られていないお店です。 ・フランス料理 一番有名なお店はネグレスコ(Negresco)のレストラン« chantecler » でしょう。2つ星を再びもらった所です。 もう一つ最近2つ星をもらったレストランがあります。« Flaveur »です。 1つ星レストランは、« Jan »と« L’aromate »があります。 ・他の料理 松嶋啓介さんのレストラン« […]

「フランスの最も美しい村 」グルドン Gourdon

*こちらのページは、観光ガイドの代わりとすることが目的ではなく現地ガイドの経験から便利で役に立つ情報を提供できたらという思いから作りました。 *お勧めのレストランやお店に関するコメントはステファニーの個人的な意見です。 グルドン(Gourdon)と全く同じ綴りの村がミディ・ピレネー県にもあり、リュベロン地方(アヴィニョンの東約38km)にはゴルド(Gordes) という鷲の巣村もありますが、こちらではコートダジュール、アルプ・マリティム県のグルドン(Gourdon)村についてご案内します。 グルドン(Gourdon)は、香水の都グラース(Grasse)から北へ約14キロ、標高760メートルの目がくらむほどの絶壁の頂上にある鷲の巣村です。村からは、ルー峡谷(Gorges du Loup)の素晴らしい景色と地中海が見渡せます。 コートダジュールには、厳しい選考基準をクリアし「フランスの最も美しい村」認定を受けている村が3つありますが、グルドンはまさにその中の一つです。 日本語のガイドブックには情報がほとんど掲載されていないため、日本の旅行者の方々にはあまり知られていないようです。 ☆歴史 グルドンの起源は、古代ギリシャ・ローマ文明までさかのぼります。村の名前は、岩の絶壁の上の要塞化した場所という意味のプロバンス語、ゴルドンヌ“Gordone”から由来しています。二重の城壁に囲まれ要塞化した町の遺跡は古代ローマ人が居たことを示しています。 4世紀から6世紀の間には、イスラム教徒のサラセン人が侵略してくるのを追い払うために要塞が造られます。グルドン城はその後改築されます。7世紀には、プロバンス伯が本格的な要塞を造るために城を取り壊します。乗り越えがたい城壁と3つの望楼と主塔で上部を覆われた城が1235年までプロバンス伯に属します。 1598年には、ルイ・ド・ロンバールがグルドンの領主となり、宗教戦争の際に壊された城を改修します。フランス大革命の際にはグルドンにも波がやってきますが、争いや戦うことなく行われます。 1891年4月にはイギリスのヴィクトリア女王がグルドンを訪れたため村のメイン広場はヴィクトリア広場と呼ばれています。1907年には、ルー峡谷に道を建設したために地崩れが起き17名が犠牲となります。1942年〜45年にはドイツ軍に支配され、城は監視所となります。1945年8月21日に村はドイツ軍から解放されます。 今日の城は1997年にロラン・ネグロ氏が有名なフランスのビジネスマンの父親から遺産相続し、所有しています。歴史的建造物として指定されたため、2010年10月4日からは見学ができなくなります。アンドレ・ル・ノートル(ベルサイユ宮殿の庭園も造った造園家)によって設計された庭園だけが10名以上のグループで事前予約をされた場合に見学が可能です。 ☆観光案内 グルドンは、地理的な位置の関係上、コートダジュールとプロバンスの間にいる印象を与え、とても独特な雰囲気です。メインストリートとメインストリートから入れる小さな道がいくつかある程度のとても小さな村なので、1時間以内で廻りきれます。先ほどコメントしたル・ノートルの庭園の他に、7世紀に建てられたサン・ヴァンソン教会、サン・ポンチャペルとその中世の庭、サン・ヴァンソンチャペルなどがあります。ヴィクトリア広場からは、びっくりするような見晴らしの景色が見られます。小さなお店はたくさんありますし、大きなお土産屋さんもいくつかあって、レストランもあります。グルドンは、ラベンダーと蜂蜜で有名で、お土産として人気です。スパイシーで甘いパン・デピス(Pain d’épice)もとても美味しいです。 夏の間はとても涼しくて、空気がきれいで、グルドンを訪れると私はいつもほっとします。人ごみやコートダジュールの景色とはずいぶん変わって、自然に囲まれています。冬の間は寒くて、道が凍結したり、落石の危険があります。お店も冬の間は閉まっているのでグルドンへは春から秋に行かれることをお勧めします。 ☆マイ コートダジュール ツアーズは、コートダジュールの小さな村々巡りツアーを運行しています。 グルドンには夏期(4月~10月)に、冬期(11月~3月)は凍結、落石の危険がある為 グルドンの代りにヴァンス(自由散策)に行きます。 公共交通機関でまわるのがほぼ不可能なこれらの村々をワンボックスカーで効率よく1日でまわります。詳しくはこちら ☆アクセス 村までのアクセスは車がないとかなり難しいです。 公共交通機関としては、 ・アンチーブからEnvibus 11番に乗り、シャトーヌフ(Châteauneuf)まで行きます。1時間程度 時刻表はこちら ・グラース、ニースからは500番のバスに乗り、シャトーヌフ(Châteauneuf)まで行きます。グラースから20分程度、ニースから1時間15分程度 時刻表はこちら シャトーヌフ(Chateauneuf)からはEnvibusの”icilà”というバスを事前電話予約(遅くても乗車希望の2時間程度前までに)をしてグルドンまで行きます。このサービスは予約希望の方々何名かまとめて同じバスに乗車してもらうことになるためご希望の時間に沿えない事もあるようです。詳しくはこちら(フランス語のみ) ☆リンク グルドン村のサイト(観光局のサイトも含む)はこちら グルドン城の様子をネット上でみることができます。リンクはこちら

サン・ポール・ド・ヴァンス Saint Paul de Vence

*こちらのページは、観光ガイドの代わりとすることが目的ではなく現地ガイドの経験から便利で役に立つ情報を提供できたらという思いから作りました。 *お勧めのレストランやお店に関するコメントはステファニーの個人的な意見です。 サン・ポール・ド・ヴァンスは、私の好きなコートダジュールの村のひとつです。カーニュ・シュル・メールの海辺から内陸へ7kmの海と山の間にあって、ニースとアンチーブの間、ニースから20kmアンチーブから17 kmに位置し、村からは海と山が見えます。 ☆サン・ポール・ド・ヴァンス« Saint-Paul de Vence »  の名前の由来 2011年3月まで正式にはサン・ポール(Saint-Paul)というのが村の名前でした。キリスト教で最も人気のある聖人の一人の名前で、フランス国内で60ほどの村や町にこの名前がついています。村の名前が正式にはSaint-Paulだった1940〜50年代に、サン・ポール・ド・ヴァンスという名前で、歌われたり、詩に書かれたりしていました(ジャック・プレヴェールやシャルル・トレネなど)。サン・ポール・ド・ヴァンス(Saint-Paul de Vence)と呼ぶと近くにヴァンス(Vence)という町があることが思い起こされますし、詩人にとっては韻が踏みやすかったのではないでしょうか。サン・ポール・ド・ヴァンス(Saint-Paul de Vence)というアーチストによって一般に知られるようになった名前は 、2011年3月22日の省令で正式に自治体の名前となります。 ☆歴史 古代ローマ時代から(現在墓地のある)Plateau de Puy に防衛施設が築かれます。丘の高い位置にある旧Saint Michel du Puy教会と城の近くにだんだんと人々が移り住みサン・ポールの地が生まれます。 中世には、地域を治めていたプロヴァンス伯はサン・ポールに数々の特権を与え、14世紀には地域の中心的な場所となります。ニース伯は1388年にサン・ポールをサヴォア家に属させ、プロバンスの東の国境が再び引きなおされます。サン・ポールは国境にある重要な防衛の地となり、14世紀の後半には壁を高くします。現在でも当時の名残として、石落としが残っているVenceの扉とEsperonの塔を見ることができます。 16世紀にはイタリア戦争の政治的状況からフランソワ1世が町の防衛を強めることにし、1538年にサン・ポールを訪れ新しい城壁を建設することになります。当時最新式の城壁の作り方で、城壁の4つの角に頑丈な突角部である稜堡(りょうほう)があるのが特徴的です。 17世紀のサン・ポールはバロック芸術の時です。17世紀から18世紀にかけて、ヴァンスのアントワーヌ・ゴドー司教によって宗教活動が復活します。教会は、祭壇画や見事な家具で飾られます。同時に軍事的役割も継続して持ち続けます。 19世紀には、画家たちがサン・ポールを発見します。1920年の初めに画家たちがやってきて、豊かな色や光に魅せられます。ポール・シニャック、ラウル・デュフィやシャイム・スーティンも村でキャンバスを広げます。1911年にカーニュからヴァンスまでのトラムが開通しサン・ポールも経由していたため、画家たちはアクセスしやかったと言えるでしょう。このトラムのおかげでサン・ポールの農作物をニース、アンチーブ、グラースへ輸出することができるようになります。画家であり収集家で小ホテル「ロビンソン」(1932年にLa Colombe d’Orとなる)の持ち主のサン・ポール出身のポール・ル宅に画家たちはよく集まります。その時から、壁は彼らの絵画で飾られています。マチスやピカソなどの他の画家も先駆者にならいサン・ポールへやってきます。 20世紀は、俳優、詩人、作家などがサン・ポールにどんどん集まってきます。詩人で映画作家のジャック・プレヴェールがサン・ポールに15年ほど住んでいたため、映画監督たちもこの村に惹かれることとなります。訪れるだけの人たちもいますが、アメリカの作家のジェイムズ・ボールドウィンは17年、マーク・シャガールは20年ほどサン・ポールに定住します。 ☆観光案内 おしゃれなお店がいっぱいで、夏の暑い日でも比較的涼しく歩きやすい路地 サン・ポール・ド・ヴァンスの村の中心には、他のコートダジュールの村々と同じように車で入ることができませんので、村の入口の駐車場に車を止めて歩いてまわることになります。雰囲気はかなりエズと似ていて、夏の間はたくさんの観光客や観光バスで賑わっています。お店はエズのよりもおしゃれで、何よりも歩きやすいと思います。道は、縦に長く坂道が少ないです。狭い路地は夏の暑い日には比較的涼しいので歩きやすいと思います。とてもシックで素敵なお店やギャラリーがたくさんあって、絵画や洋服、ファッションの小物類、アクセサリー、プロバンスの食料品、装飾品などが買えます。村を見て回る時間は短くて1時間ぐらいでしょう。エズを見て回るのは短時間で済みますが、サン・ポール・ド・ヴァンスでは半日や一日過ごすことも可能です。冬の間もいくつかのお店は開いていて、楽しむことができます。 シャガールのお墓 アートがお好きな方は見逃してはいけない村です。 マーク・シャガールが、サン・ポール・ド・ヴァンスに20年間ほど住み、村の墓地にはシャガールのお墓があります。墓地に入ったらすぐに右に曲がり、一番奥の並びの左側にあります。入り口にある地図で確認されてから行かれるとわかりやすいと思います。シャガールはユダヤ人だったので、お墓の上にはお花ではなく小さな石が供えられています。シャガールの二番目の奥さんのヴァランティーヌ・ブロツキー(ニックネームはヴァヴァ)も一緒に眠っています。 20世紀の絵画や彫刻、グラフィックアートのヨーロッパ最大のコレクションを所有するマーグ財団美術館 マーグ財団美術館も近代・現代アートがお好きな方にはとても興味深いと思います。ヨーロッパにおいて20世紀の絵画や彫刻、グラフィックアートの最も大きなコレクションを所有している私立美術館のひとつです。マーグ夫妻が全面的にアイデアをだし出資して、スペインのカタロニア地方の建築家ホセ・ルイ・セルトと、画家や彫刻家、陶芸家が協力して建物や自然の中に溶け込んだ作品(ジャコメッティの中庭、ミロの迷路、シャガールのモザイク、ブラックのステンドグラスとモザイクを敷き詰めた池など)を作り上げ1964年にオープンした他にはない美術館です。現代画家としては、黒田アキなどの作品が展示されています。サイトはこちら 美術館のブティックでは、マーク・シャガールやジョアン・ミロのオリジナルのリトグラフなどが販売されています。詳細はこちら (2012年9月現在)入場料 : 14 €、10歳以下の子ども: 無料 、写真、ビデオ撮影 : +5 € 10月−3月: 10時-13時 / 14時-18時、4月-6月 : 10時-18時、7月-9月: 10時-19時 入場は閉館の30分前までです。 アクセス:“Colombes d’or”のある村の入口から村の外に出て、15分程度青い「La Fondation Maeght」とかいてある看板に従って坂道を上がっていくと自然の中にあります。もしくは、ニース発ヴァンス行きの400番のバスで「(St Paul) Village」のひとつ手前「Fondation Maeght」で降りて徒歩すぐ。ヴァンス発ニース行きの400番のバスに「(St Paul) Village」から乗るとひとつ目のバス停が「Fondation Maeght」です。 「オランジーナ」のCM撮影ロケ地 日本でもサン・ポール・ド・ヴァンスはよく知られているようです。日本の元アナウンサーが結婚式を挙げたり、フランスのジュース「オランジーナ」のCMが撮影されたりした場所でもあります。このCMが撮影されたカフェはとても有名なカフェです。ペタンクというフランス発祥の球技をしている人たちの姿がカフェから見えプロバンスの雰囲気がよく出ているので、数多くの映画も撮影されています。CMはこちらでご覧になれます。 また、フランスの俳優イヴ・モンタンがよく通ったカフェや住んでいた家があります。 ☆ステファニーのお勧めレストランは 村の入り口にあるコロンブ・ドール(La Colombe d’Or)が村とても有名です。たくさんのアーティストは絵画やデッサンをレストランに置いていったので今でも見る事ができます。残念ながら食事は以前に比べると評判ではありませんが、テラス席はとても快適です。詳細はこちら 村の入り口の左側にあるLe Tilleulもオススメです。Le Tilleulは菩提樹という意味で、菩提樹の下のテラス席はとてもここちがよいです。何品か注文してシェアもできます。私はここのボンゴレスパゲッティ、リコッタチーズと野菜のラザニアが好きです。サンポール産の数限定のワインも飲めます(注文できる量にも制限があります)。詳細はこちら アラン・ロルカ(Alain Llorca)が村の出口にあります。ミシュランガイドで1つ星です。レストランから見える村の景色がびっくりするぐらい素敵で、食事もおいしいです。詳細はこちら ・ホテルは 村の中ですと、ル・サン・ポール(Le Saint Paul, relais et chateaux)の部屋から見える村の景色はとても奇麗ですし、何よりも心もこもったサービスが受けられ自分の家に居るような気持ちになります。食事もとてもおいしいです。詳細はこちら 村の外ですと、ホテル ラ グランド バスティード(Hotel la grande bastide Saint Paul)があります。村まで無料のシャトル(素敵なシトロエン2CV)がでています。 詳細はこちら ・カフェは ペタンクをしている人たちのいる村の入口にあるカフェのテラスが雰囲気があります。夏にはロゼかお好きな方(通な方)はパスティスを! ・お勧めのお土産 一番のオススメはla Maison Godetの香水です。サンポールの香料会社で3代目のお孫さんの娘さんが継いで経営されています。地域の花と果物を原料に作られた希少な香水を作られています。トゥレットシュルルー村産のスミレ花の香水や、サンポール産のオレンジの花の香水”voyage à saint Paul”(サンポールへの旅)など素敵な香水があります。 村の中には他にも素敵なお店がたくさんありますのでお好みの品が見つかるのではないかと思います。 ☆マイ コートダジュール ツアーズは、ルノワールの家、ロザリオ礼拝堂、サン・ポールツアーを運行しています。 サン・ポール・ド・ヴァンスでは1時間フリータイムを設けています。詳細はこちら ☆アクセス バス:ニース市内発400番Vence行きのバスに乗り、「(St Paul)Village」まで1時間程度。 30分から45分ごとに出ています。こちらのHP上で400の時刻表をword かPDFで見られます。 電車:最寄りの電車の駅はカーニュ・シュル・メール(Cagnes sur Mer)です。 ・カーニュ・シュル・メール「Cagnes sur Mer」SNCF駅のバス停「Square du 8 mai」から400番Vence行きのバスに乗り「(Saint-Paul) Village 」下車 所要時間15分〜20分程度 ・パリからTGVの場合は、最寄り駅はアンチーブ(Antibes)かニース(Nice)駅です。 「Cagnes sur Mer」SNCF駅まではローカル電車(TER)でAntibes駅から13分程度、Nice駅からは16分程度 ローカル電車(TER)の時刻表はこちら TGVの時刻表はこちら サン・ポール・ド・ヴァンス観光局 サイト 英語版はこちら

絶景エズ村

エズ村は、コートダジュールへ観光にいらした際には外せない場所です。短い滞在でもニース、エズ、モナコは最低限訪れて頂きたいです。 タイトルをクリックするとその内容へジャンプできます。 ☆地理・名前の由来 ☆鷲の巣村 ☆エズの歴史 ☆エズ村(旧市街地)の観光案内 ☆お勧めホテル ☆お勧めレストラン ☆お土産 ☆アクセス *こちらのページは、観光ガイドの代わりとすることが目的ではなく現地ガイドの経験から便利で役に立つ情報を提供できたらという思いから作りました。 *お勧めのレストランやお店に関するコメントはステファニーの個人的な意見です。 ☆地理・名前の由来 エズ村はニースとモナコの間にあって、ニースから12キロ、モナコから8キロ、海から垂直に切り立つ崖の上の海抜420mの所に位置します。 エズという名前はSaint-Laurent d’Eze湾にあるAvisio港に由来しているか、もしくはフェニキア人が岩山の上で崇めた(エジプト神話の女神)イシス女神に関係すると言い伝えられています。 ☆鷲の巣村 エズ村は鷲の巣村の代表的な村といえますが、コートダジュールやプロバンス地方、イタリアなどに多数の鷲の巣村があります。鷲の巣が、卵や雛を守るために山や崖の頂上や他の動物にはアクセスできない所にある様子と村の様子が似ているため鷲の巣村と呼ばれています。 その背景としては以下の3つが挙げられます。 1. 天候:全ての鷲の巣村は南向きとなっています。南にある太陽に向かって作られた家は北と北西に背を向け、特に冬の風から身を守ることができるようになっています。 2. 防衛:山の頂上にあるので遠くから敵(造られた当時はスペインの海賊や北アフリカの異国人など)が攻撃してくるのを早くみつけることができます。住民や家畜を守るための手段だったといわれています。たいていの鷲の巣村には頂上に城塞やシャトー(城)があります。11世紀に農民が保護を求めて領主の周りに集まったためだと言われています。 3. 宗教:鷲の巣村は鉄器時代の遺跡といわれています。ケルト系イグリア族の文明で紀元前350年から600年頃に造られたのではないかと言われています。 ☆エズの歴史 エズの地域に残る一番古い人々の住んだ痕跡はバスティード山にあって鉄器時代、紀元前2000年までさかのぼります。この地域にいた遊牧民のケルト系リグリア族が数多くのカステララスという乾いた石を重ねた囲いを現在のエズ村のある辺りや標高567メートルのバスティード山などの高い所に作ります。その後、古代ローマ人やガロ・ローマ人に占領されます。 ローマ帝国時代が終わるとこの辺りは外からの侵略にさらされるようになり、防御を強めることになります。エズ村を造り少し経ってから10世紀には、80年近く北アフリカのイスラム教徒であるムーア人に占拠され、プロバンス伯ギヨームが10世紀末に奪い返します。 12世紀に城が建設され、13世紀には領主であるプロバンス伯のレイモンド・ベランジェー5世に占領され、13世紀半ばから14世紀はアンジュー・プロバンス伯に属します。14世紀末にはサヴォア家に属し、城塞を修理補強し2重の扉のある要塞を作ります。15世紀初頭には”Communautas”「共同体」として自由になります。16世紀半ばにはバルバロス提督率いるオスマン艦隊とその連盟フランス艦隊に占領されます。18世紀初頭にはスペインの継承戦争の際にフランス軍によって城を破壊されます。18世紀末には一度フランス領となりますが、19世紀初頭には再びサヴォア家に戻り、19世紀半ばにフランス領となります。 第1次世界大戦の終わり頃までは、エズの人々は畑で野菜や果物を栽培したり山羊や雌羊、小規模な養蚕で生活してゆきます。 現在は、城の遺跡が熱帯植物園の上に残っていて、そこからとても美しい地中海を望む景色が見られます。 ☆エズ村(旧市街地)の観光案内 エズの見どころは、景色と町並みです。エズ村は他のコートダジュールの村々と同じように中心街には車で入ることができませんので、村の入り口にある駐車場から村までの坂道を歩くことになります。村の中はとても静かで快適です。村自体は広くないので1時間あれば廻りきれます。村の中のお店に立ち寄ったりしてゆっくりする場合にはもう少し時間がかかるでしょう。 重要:駐車場から村までの道は急な坂道になっていて、村の中にはたくさんの階段があります。べビーカーやハイヒールはお勧めしません。滑りやすいので歩きやすい靴がよいでしょう。 村は迷路みたいなつくりになっていますが、迷子になるほどではありません。村のほうに向かって登り、入り口のほうに向かって下ります。 エズは観光地として有名になり、4月から観光客で賑わっています。あまり混雑せず、暑すぎない朝か夕方に行かれることをお勧めします。道を登ったり下りたりしないといけないので暑い時間帯ですと大変です。 11月から2月の冬シーズン中は、村の中にあるお店は(夏の間は休みをまったく取らないため)閉まっていることが多いです。お店に立ち寄る時間が省かれる分、村を廻りきる時間が夏より短くなると思います。レストランは冬シーズン中は、順番にオープンしています。 ガイドブックには熱帯植物園が必ず掲載されています。入場料は6ユーロ(2018年夏時)で城の跡地のある村の頂上へ行くことができます。植物をみるよりも景色を見るために皆さん登られているのが実情だと思います。地中海を背景に屋根の上から村が望め、最高の景色が見られます。植物園は年中無休で下記の時間帯にオープンしています。 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 09:00 16:30 09:00 16:30 09:00 16:30 09:00 18:30 09:00 18:30 09:00 18:30 09:00 19:30 09:00 19:30 09:00 19:30 09:00 18:30 09:00 16:30 09:00 16:30 曇っていて景色があまり見えない日には、同じ6ユーロを払うならば下の写真のシャトーエザのテラスでカフェを飲む方が快適かもしれません。シャトーエザでは夏の間はフランスではとても珍しいアイスコーヒーを飲むことができます。 ☆お勧めホテル 村にはシャトーエザとラ・シェーヴル・ドールの2つの大きなホテルがあります。 私は個人的にはラ・シェーヴル・ドールのほうが好きです。お部屋は村の中に点在していて、まるで自分の家に帰るような印象を与えてくれます。 エズ村にはあまり住んでいる人がいませんので(エズの観光局に伺った所20人ぐらいだそうです)夜になると人影は少なくなり、エズに宿泊されるととても静かな夜を過ごすことができるようでしょう。 ☆『ステファニーのお勧め』レストラン ラ・シェーヴル・ドールのレストランは思わず息を呑む景色が見える見事な庭にあって、3段階の値段に分かれた3つのレストランがあります。私は、この素晴らしい環境でクラブサンドイッチを食べるととても幸せな気分になります。 よりお手軽なレストランとしては『ルガスコーニュ(le gascogne)』がバス停のすぐ前にあってオススメです。 ☆お土産 残念ながらエズの典型的なお土産は特にないのですがフラゴナールという有名な香水の工場があります。たくさんの現地の材料を使ってエズにある工場で石鹸や化粧品が作られています。 (フラゴナールについての記事はこちら).村への坂道の途中にもお店があって、家の中で使う物や洋服などがおいてあります。 ☆マイ コートダジュール ツアーズは、『絶景エズ村とモナコ公国半日ツアー』を毎日運行しています。 ミニバスの特徴を生かして4時間でまわります。短時間で、しかし決して急ぐこと無くエズとモナコ両方に行かれたい方におすすめの、当社一番人気のツアーです。詳細はこちら ☆アクセス バス:エズ村ヘ公共交通機関を使って行く場合には、バスをお勧めします。ニースからですとトラムに乗ってVauban駅にVaubanバスターミナルがあります。朝7時から19時ぐらいまで1時間に1本程度出ているようです。トラムで1度使ったチケットをそのままバスでも使用できます(乗換1回可能)。所要時間は30〜40分程度ですが、交通状況によって時刻表どおりでないことがあります。 モナコからもバスが通っていますが、本数が限られていて日曜祝日は運行しないためご注意ください。こちらも1.50ユーロで行くことができます。 (最新の時刻表はこのページの下のリンクからご確認ください) ・ニースからバス 『Nice Vauban』バスターミナルから 82番Plateau de la Justice行きか112番Beausoleil行きのバスに乗り、『Eze Village』下車 所要時間30分程度 時刻表(2013年夏時点) 06:30 07:00 * 08:00 09:00 * 10:00 11:00 * 12:00 13:30 14:00 * 15:00 16:10 * 17:10 18:30 * 19:10 *112番のバス エズ村(Eze village)発 ニースVaubanバスターミナル行き 07:12 08:15 * 09:02 10:10 * 10:47 12:10 * 12:47 14:17 15:25 * 15:52 17:30 * 18:07 19:07 19:40 * 19:57 *112番のバス 時刻表どおりにバスが運行されないこともありますのでお時間に余裕を持ってお出掛けください。 ・モナコからバス モナコ・モンテカルロSNCF駅バス停『Pont Ste-Devote』から 112番Nice Vauban行きバスに乗り『Eze Village』下車 所要時間15分程度 電車:エズ村の最寄りの電車の駅は『Eze bord de mer』ですが、村までは1時間半ほどかけて「(哲学者の)ニーチェの道」と呼ばれている登り道(山道、400メートルの高さ)を登っていかないといけませんのであまりお勧めしません。この坂道を歩きながらニーチェが『ツァラトゥストラはこう語った』の何部かを構想したと言われています。下りは50分程度かかるようです。 電車の駅からバスがエズ村まで出ていますが、10時頃から18時頃まで1時間に1本程度で少ないので要注意です。タクシーは駅前にあまり止まっていないようです。 ・エズSNCF『Eze bord de mer』駅バス停からバス 83番Plateau de la Justice行きのバスに乗り『Eze Village』下車 所要時間16分程度 バスの時刻表はこちら、サイト上右側にある時計のマークの下にあるTimetablesにバスの番号を入力すると表示されます。(82番の時刻表には112番のEze Villageまでの時刻表も含めて表示されているようです。) *時刻表どおりにバスが運行されないこともありますのでお時間に余裕を持ってお出掛けください。 電車の時刻表はこちら *電車の駅から村までは徒歩では1時間半程度かかります。 車:車で行く場合には村の入り口に駐車場があります。夏の間はいつも満車ですので、もう少し離れた場所にも駐車場があって、そこから村まではシャトルバスのサービスがあります。 ☆リンク 旧エズ観光局サイト日本語はこちら 新エズ観光局サイト 英語はこちら

スミレで有名なトゥレット・シュル・ルー

温暖なコートダジュールでは春から秋まで香り高い花があちらこちらで咲き乱れます。その代表格にはバラ、ジャスミン、ミモザ、ラベンダーがあり、観賞用にとどまらず香水の原料としても活躍しています。 香水の都グラースについての記事はこちら あまり観光客には知られていないものの、スミレの栽培も盛んです。11月から3月にかけて花が咲き、町の花屋ではスミレの小さなブーケが手に入ります。スミレのブーケには、「秘めた愛」という意味合いがあります。民家の庭でも咲いているのが見られますが、一番確実なのはトゥレット・シュル・ルー村に行くことでしょう。地元では、スミレといえばトゥレット・シュル・ルー、という位スミレで有名な村なのです。 毎年2月末から3月にスミレ祭りが開かれています。 2020年は2月29日(土)~1日(日)の予定です。 コートダジュールとスミレの歴史は古代ローマにさかのぼります。古くからブーケとして観賞用に売られたり、その薬用効果から、塗り薬やお茶として使われてきました。お茶として服用すると頭痛に効果があると言われています。トゥレット・シュル・ルーでは1880からスミレの栽培が主要産業となりました。スミレの多くがグラースに運ばれ、そこでエッセンシャルオイルの原料となりました。しかしスミレの栽培は非常に困難で、収穫は手作業であるため、近年めっきり生産量が減ってしまい、現在では6農家のみがスミレの栽培を続けています。 ブーケや香水の他に、スミレの花びらはお菓子の原料としてよく使われます。フロリアン(Florian)というお菓子工場は有名で、ここではスミレやバラの砂糖漬けが作られています。収穫された花はすぐに工場に運ばれ、その日のうちにキャンディーが作られます。 花びらはこのように主に食用として使われ、香水に使われることはありません。香水の精油として使われるのは茎のみです。茎は「緑っぽい」香りを出すのに使われ、実際「スミレ」らしい香りを出すのにはアイリスの根が使われます。 トゥレット・シュル・ルーでは、スミレ関連のお土産が沢山見つかります。スミレの砂糖漬けはもちろんのこと、スミレのアイス、スミレのジャム、スミレの蜂蜜、スミレのお茶など。フロリアンではさらにスミレのパスタから、ヌガ、カリソン、チョコなどが売られています。 毎年2月の終わりに有名なスミレ祭りが開かれます。 村の中は、エズ村のような急な坂はないですし、もっと小さいので、歩きやすいです。しかし、石畳なので滑りやすいので、ヒールでの散策はお勧めしません。 村の中にあるブティックの多くは、地元の人々のアトリエです。オリーブの木、陶器、機織り、革製品、ろうそくなど、とても可愛らしいお店が並んでいます。猫もよく見かけるので、私ステファニーののお気に入りの村です。 マイコートダジュールツアーズでは、スミレ祭り当日の日帰りツアーを開催しています。 またコートダジュールの小さな村々巡りツアーでは、公共交通機関ではアクセスの難しいトゥレット・シュル・ルーへご案内しています。 ご希望があればフロリアン(Florian)にお連れできますので事前にお申し出ください。食用のスミレ商品は、現地の者にとってもまだ珍しく、「洗練されたシックな」お土産として人気があります。 ⭐︎リンク トゥレット・シュル・ルーの村のサイト スミレ祭りのサイト ⭐︎アクセス ニースからは400番のバスで一度ヴァンス(Vence)まで行き、ヴァンスから511番グラース行きのバスで10分程度Tourrettes-sur-Loup下車 乗り換えがスムーズにいっても2時間はかかります。